5話 働く気は有るんです①
これは一体、どう言う状況だろうか。
目を開けると、風景が変わっていた。
石壁に囲まれた、四畳程の広さの部屋に、立派な丸谷の柵が嵌められ、部屋の隅には、何やらキツい臭いを発する穴がある。
「……んんっ?」
柵の向こうには、長い棒を持った人が居り、怠そうにしながら、座っている。
「ここ、何処だ? あれっ? 俺って確か、ミルンに追われて、森の中を走ってた筈……?」
「おっ、ようやく起きやがったか」
「ようやく起きた? 痛っ……何で俺、頭に布を巻かれてんの? なああんた、ここ何処だ?」
訳が分からないとは、この事だろう。
今さっきまで、生死を賭けた追いかけっ子をしていたのに、どう見てもこの場所は、牢屋以外の何物でも無い。
「……お前さん、覚えて無いのか」
「何が?」
「俺らの巡回中に、魔物対策の罠に掛かってるのを見付けてな。村まで運んだんだぞ?」
「魔物対策の罠? 痛っ、あぁ……何となーく、思い出してきた。あの落し穴かっ」
ミルンから必死に逃げている最中、何かに躓いて、足を踏ん張ったんだ。そしたら、前方の地面がボコって凹んで、顔面からダイブ。
「……どうりで頭が痛い訳だわ」
「良くアレで、死ななかったな。あと少しズレてたら、顔面に穴が開く所だったぞ」
「ガチ罠かよっ」
豚野郎の様な、巨大な化物がいるのなら、それくらいの罠でないと、対処が出来ないのか。
「んで、起きて間も無いのに悪いが、色々と聞かないとならねぇ。お前は他国の者か?」
「他国?」
「ああ。見た事も無い服装だし、変な物背負ってたからよ。どう見ても、この国の人間じゃあないだろ。アルカディアスの者か?」
知らん国名が出て来たな。
日本人ですぅって言っても、何人だよって返らされそうだし、どう説明したものか。
「他国の者かって言われてもなぁ……そもそも、この国の名前も知らんし、出て来た村の名前も知らないんだけど……」
「何だそりゃ? 自分の村の名前も知らないって、どんな田舎者だよ。嘘を吐くつもりなら、止めといた方が良いぞ」
「いや、マジで知らないんだけど……」
本当に村の名前なんて、知らんからな。
嘘は吐いていないぞ。
「まあ良い。お前をどうするかは、村長次第だからな。呼んで来るから暴れずに、大人しくしておけよ」
そう言って男は、怠そうに台から立ち上がり、鍵を使って扉を開け、出て行った。
その扉からは、若干の光が差し込んでいたから、遅い時間では無さそうだ。
「何よこれ……俺、どうなるの?」
そうは言っても人間ですから、出るモノもある訳で。人生初のポッとんに、巨大なポッとんをして、置いていた葉っぱで拭きましたとも。
「……ウォシュレットが欲しいなぁ」
日本の我が家が恋しいです。
亡き両親から相続した、そこそこ立派な一戸建てや、パソコンやゲームなどの娯楽品。
そして何より、水洗便所。
異世界に来るのは良いんだけど、意味の分からない魔法よりも、どうせなら、素敵チートスキルなんかが欲しかった。
「まさか異世界に、来るなんてなぁ……テンプレの神様とかは、どこに居るのやら」
ぐてぇっとだらけて居たら、扉が開く音が聞こえた。どうやらさっきの男が、村長とやらを連れて来た様だ。
「どっこいせっ……」
体を起こして、村長とやらを見てみる。
村長とは、読んで字の如く、村の長。
イメージとしては、杖をつき、棺桶に下半身を突っ込んでいる様な、よぼよぼしおしおの、お爺ちゃん。
「お爺ちゃん……じゃあ、ないよなぁ」
目算二メートル越えの、高身長。
短髪で刈り上げられた頭。
筋骨隆々で、たっぷりと日焼けした肉体。
歯がやたらと白く、常に笑顔を向けてくる。
「えっと、あんたが村長?」
「うむっ! そうであるぞっ!」
その村長の皮を被った筋肉は、ゆっくりと腕を背中側へ回し、胸筋をピクピクとさせる。
「私がこのっ……」
腕をぐるっと前に出し、片足を爪先立ちの様にさせ、脹脛の筋肉を、モリッと膨らませる。
「ラクレル村のおおおっ……」
そしてそのまま、大胸筋が歩き出す。
「村長っ! ふぅぅぅ……」
腕を曲げ、力こぶを作り出し、白い歯を見せつつ、マッスルポーズをキメる。
「ヘラクレスゥゥゥウっ、ヴァントっ!!」
俺は牢屋に居る為、逃げる事が出来ない。だからこそ、余計な事は言わず、無心に徹さなければならない。しかしだ、コレだけは、ハッキリと伝えよう。
「気持ち悪い奴だっ!?」
ピンポンパンポーン(上がり調)
レベルが2上がりました(気持ち悪い奴だ!)
ピンポンパンポーン(下がり調)
「はっはっはっ! 良く言われるのであるっ!」
「言われてんのかよ……」
そんなこんなで、訳が分からないままに牢屋から出され、なぜか村長宅で、茶を振る舞われながら、事情聴取的な事をされています。
「ふむ。村の名前は知らぬ、国の名前も知らぬという事であるか。方角は分かるかね?」
「だから知らんて。土地勘も無いし、森で迷って目が覚めたら、あの牢屋だったからな」
「魔の森で彷徨うとは、良く無事であったな」
「何その魔の森って……」
村長曰く、この村の近くには、多数の魔物が存在する、山に繋がった森があるらしい。
その森の名前が、魔の森。
魔龍の川と言い、魔の森と言い、物騒な名前の場所ばっかりじゃん。というか、俺のスタート位置が、魔の森だったって事かっ。
「その様子だと、本当に知らぬのだな」
「本当に、知らない事だからけだよ」
「ふむ……森に居たのならば、一つ尋ねたいのだが。獣族の幼子を、見なかったであるか?」
おっとそれは、どう言う質問だ。
「獣族がどうかしたのか?」
「うむ。ここ最近村の作物が、盗まれる被害が出ていてな。目撃した者によると、獣族の幼子の姿が、見えたらしいのだ」
「へぇ……捕まえるのか?」
「迷っておる。以前にこの村は、獣族達に襲われ、多数の犠牲者が出なのでな。いまだ恨みが消えぬ者も……」
それだと、ミルンの事は言えないな。
作物が盗まれたって言ってるけど、あのミルンが盗むなんて、有り得ないだろ。
「ふーん。で、村長さんよ。一体俺は、どうなるんだ? また牢屋に入るのか?」
「そうであるな……監視は必要であろうが、牢に入れる事はせぬ。嘘を吐いている様には、見えぬのでな」
「そりゃ有り難いわ」
この村長、筋肉は凄いが、顔の皺を見るあたり、俺より歳上だろう。だからこそ下手な嘘は吐かずに、真実のみを話した。
こう言った年長者は、嘘に敏感だからな。
「有り難いんだけど、俺、住む所も金も無いんだ。荒屋でも良いから、貸してくんない?」
「持物を見たのでな、分かっておる。この鞄の中身は、見た事のない物であるが……君の持物であるからな。返しておこう」
「……やけに親切だな」
こう親切にされると、裏を読みたくなる。
「人に親切にせよと、亡き妻の遺言なのだ」
「そりゃぁ……良い嫁さんだな」
「そうであろう? 村の端に家があるから、住むならば、そこを使うと良い」
白い歯をキラッとさせて、良い奴じゃん。
「それなら、お言葉に甘えるとするわ」
「うむっ、そうしたまえ」
「っとそうだ。ついでだから、聞いて良いか?」
「何かね?」
この村の名前は、ラクレル村。
国の名前は、ジアストール国と言うらしい。
王都まで馬車で三日。
ラクレル村は、家屋が三十戸、人口凡そ百人程の、そこそこ大きな村だとの事。
「あんがとさん」
「この程度構わぬ」
「んじゃあ、家を見に行っても良いか?」
「勿論である。多少古くはあるが、雨風程度であれば、凌げるであろう」
そう言われたので、村長の家を後にして、ぶらぶらとこの村を、散策開始だ。
ラクレル村は、高さ五メートル程の木の塀で覆われており、いわゆる物見櫓と思われる建物が、村の四方に設置されている。
「異世界っていっても、のんびりしてるなぁ」
散策がてら村の中心に来たのだが、さっきからずっと、村人達の視線を集めている。
聞き耳を立てると────「ふむふむ」
見慣れない顔。
赤い服。
赤いわ。見慣れない。
どこか怪我。
頭がおかしい。
頭おかしい?
おかしいのね。
聞こえてますよ? そこの奥様方。
「誰の頭がおかしいだゴラァッ!?」
俺は颯爽と村長宅へ戻り、お願いする。
「頼む村長っ! 服を脱げっ!」
「何を言っておるのだ流君っ!?」
おっと、言い方を間違えた。
村長に頭を下げ、カクカクシカジカと理由を話たら、快く村人装備一式を貸してくれた。
その姿で外を出歩くと、さっきまでとは違い、視線を集める事無く、歩く事が出来た。
赤ジャージは、目立つらしいな。
「それじゃあ、使っても良いって言っていた家を、見に行くとしますか」
そうして彷徨う事、一時間程だろうか。
空家の場所が、全く分からない。
「村の端に来たけど……無いぞそんなもん」
村の出入口近くだからか、自警団っぽい人が、チラチラとこっちを見て来るし。
不審者じゃ無いですよーい。
「どうした、そんな所でうろちょろと」
ほら、職務質問しに来たじゃん。
「すみません。村長から、空家を使って良いと言われて、見に来たんですけど。空家って、どこにあるんですか?」
「空家?」
自警団の人が、首を傾げてますけど? これってもしかして、空家が無いパターンか?
「あぁ……あの家か」
どうやら、空家は有るらしい。
「ここからじゃ、分からないよな。あそこの林を抜けた先に、空家があるぞ」
「……林の先って」
どう見ても、小さな森なんですけど。
いや、確かにね。木々の上側に、家らしき屋根も見えるんだけど、ここを進むのか?
「……マジですか?」
「何だその言葉? この先に行けば良いぞ」
「あっ、はい」
マジが通じない異世界です。
自警団の人にお礼を言って、林の中を突き進んでいくと、空家らしき建物に行き着いた。
「おぉっ……コレが、家?」
家で間違いないのだが、この建物をいいあらわすとしたら、家では無く"屋敷"だろう。
豪邸でも、良いかも知れない。
「ここを貸してくれるとか……マジで何でよ」




