12話 ジアストール王国の女王①
真紅の瞳を閉じ、煌びやかな装飾のなされた王座に、もたれかかるようにして、女王・ルルシアヌ・ジィル・ジアストールは、退屈な時間を過ごしていた。
「……ふぅ」
王の間には、近衛以外に誰も居ない。
その近衛さえも、隠れている為に、側から見ればただ一人。ポツンとぼっちで、ただボーっと座っているようにしか、見えないだろう。
「もう……十年ですわね」
愚かな前王から、王位を簒奪して十年。
本来ならば、お兄様に王位を継いでもらう筈でしたのに、好きな女が出来たからと、行方を眩ませて、もう十年が経つ。
「お姉様は、元気かしら……」
当時の第一団騎士団長と、東の地へ駆け落ちしたお姉様からも、一切連絡はない。
「八歳の身で、よくやりましたわね」
八歳で女王となり、近衛を使って、各地の諸侯を脅し、纏め上げ、獣族達を奴隷から解放していたら、あっという間に十八歳。
「お父様も、お母様も、諦めの悪い事」
貴族の娘ならば、婚姻を結ぶのに遅過ぎる年齢ではあるが、女王という立場上、この年齢になっても、縁談が山の様にくる。
それを裏で行っているのが、前王夫妻。
「命は取らずに、隠居させているのに……いっその事、首を刎ねてしまおうかしら」
王位を簒奪した際、二度と国政には関わらないと、血判状で誓約させたが、婚姻の事までは書いていなかった。
「暇だわぁ……」
来季の予算も通しましたし、他国との会談もまだ先の事……なにか暇潰しが欲しいわね。
そんな事を考えていたら、ドバンッ──と合図もノックも無しに、大臣の一人が血相を変えて入って来た。
「へっ、陛下ああああああ──っ!」
ちょび髭大臣、トネリオスであるな。
「煩いわ馬鹿者がっ。場所をわきまえぬか」
「もっ、申し訳御座いませぬっ! ですがっ、一大事なので御座いますっ!」
トネリオスのこの慌て様、アルカディアス辺りが、宣戦布告でもしてきたのかしら。あの魔王ならば、あり得る話ではありますが……。
「ふむ……良い、申してみよ」
「はっ、ははあっ!」
さてさて、どの様な一大事かしらねぇ。
「こっ、この王都にっ、真心の水晶にて"赤"と判定された者がっ、侵入致しましたっ!」
王の間が──静まり返る。
トネリオス大臣が発した言葉を、ゆっくりと飲み込んで、女王は大臣に再度問う。
「トネリオス大臣。儂の前で妄言を吐くなど、許されぬ事であるぞ。それを踏まえた上で問う。間違いなく、"赤"なのであるな」
「ははぁっ、間違い御座いませぬっ。今先ほど、北門の兵より伝達があり、至急陛下にお伝えをとっ」
真心の水晶とは、触った者の脅威度を調べる為の物であり、犯罪を行い、"ステータスに悪しきモノ"があれば、緑、青、紫、赤色へと変わる、貴重な鉱石である。
これは、表向きの話。
本来の真心の水晶の特性は、"別"にある。
「"魔王級"の存在が、王都に侵入したとはのぅ」
真心の水晶、別名・紅玉水晶。
魔王又は、魔王に類する者に反応して、"赤く"輝きを放つ、看破の水晶である。
「陛下っ、それともう一点っ、御座いますっ」
「なんじゃ、勿体振りおって。早よう申せ」
「ははあっ。そのっ、赤と判明した者の特徴がっ、先のギルドからの報告書の者とっ……いっ一致するのですっ!」
先のギルドからの報告書……アレの事っ、ラクレル村に現れたという、出自不明の男っ!
「くくっ……まさか、儂が会いたいと思っていたところに、自ら足を運んでくれるとはのぅ」
「陛下っ! 笑い事では御座いませぬぞっ!」
「分かっておるわ。兵共から報告が来たという事は、確保には成功したのじゃろう」
「そっ、その様で……おかしな話では御座いますが、牢に閉じ込めているとの事……」
トネリオス大臣の考えは分かる。
魔王、魔王に類する"赤"と出た者が、大人しく牢屋に入るなど、あり得ない事だからだ。
魔王とは災厄そのもの。
隣国の、アルカディアスに居る魔王は、例外中の例外なだけで、他の魔王共であれば、即戦闘となるであろう。
「牢屋に入る魔王か……面白いのぅ、大臣」
「なりませぬっ、なりませぬぞ陛下っ!」
「まだ何も、言っておらぬじゃろうて」
「絶対に北門へ行ってはなりませぬっ!!」
この大臣とも、長い付き合いですからね。私の考えを、良く理解しておりますわ。正直言って、邪魔なのですけど。
「有能で助かったのぅ。無能ならば即刻、辺境の地へ飛ばすというのに……」
「陛下っ……後生で御座いますっ。どうか大人しくっ、大人しくしてくだされっ!」
「儂はいつも、大人しい淑女であろうて」
偶に職務を放置して、城下へと赴き、民達に混ざってこっそりと、お茶を嗜む程度ですので、完璧な淑女ですわ。それに城下ですと、口調も威張らずに済みますし、楽ですのよ。
「勝手に国庫からお金を抜きっ、重要書類を放置して遊びまわるのがっ、淑女にですとっ」
「ははっ、大臣も、面白い事を言うのぅ」
「何がで御座いましょうっ」
「国の金は、儂の金じゃ」
トネリオス大臣が──急に固まった。
信じられない者を見る様な目で、私を見ながら固まるなんて、不敬に値するわねぇ。
「やはり……辺境に飛ばそうかのぅ……」
大臣を脅して、北の門へ行こうかどうかと迷っていたら、ドバンッ──と扉が開け放たれ、またも違う大臣が入って来た。
坊主頭の、マッダリー大臣であるな。
「へっ、陛下っ! 一大事に御座いますっ!」
先程も聞いた様な台詞ね。トネリオス大臣と、同じ内容だったなら、どちらかを選んで、辺境に飛ばしましょう。
「ふぅ……良い、申せ」
「ぼっ、暴動ですっ!」
「……なんと?」
「きっ、北の門にてっ、聖女リティナ様が主体となりっ、暴動が起きておりますっ!」
静寂がこの場を──支配する。
誰も、何も、喋らない。
「……」
「……」
「……」
あの口の回る小娘は、その癒しの奇跡の力でもって、民衆から多くの支持を集めている。
そんな小娘が、一度暴動を起こしたとなれば、それは正に、国の根幹を揺るがす大事件となってしまう。
「マッダリー大臣っ! すぐに兵をっ……まて、北門? お主今、北門と申したか?」
「ははあっ!」
「赤が出た者はどうしておるっ!」
「っ……それはっ」
マッダリー大臣の顔色がすぐれない。
その顔を見れば、分かる事であろう。
「まさか……逃したのかっ!?」
腹の奥底からくる怒りを、手を力の限り握り締めて堪え、すぐに行動に移す。
「っ、くるのじゃっ! 影っ!」
女王の発した"影"の一言で、誰も居なかった女王の隣に、突如──黒外套を纏った者達が現れた。
「お呼びで御座いますか?」
「戯れておる暇はない。急ぎ近衛を総動員してっ、赤と出た者を探すのじゃっ!」
「畏まりました。では影達、行動開始」
「「「了解」」」
近衛の存在を、大臣達に見られてしまった。
しかしそんな事は、この大臣を達を辺境へ追いやってしまえば、どうとでも隠せる。
「北の門で赤が捕まり、同じ場所で、あの小娘が暴動……っ、小娘に話を聞かねばな」
聖女と"対等"に話せるのは、私しかいない。
それ程までに、聖女の立場は強いのだ。
それの意味する所は、一つ。
「マッダリー大臣っ!」
「ははあっ!」
私自らが出向いて、話を聞かねばならない。
「すぐに兵を召集せよっ! 儂も北の門へ向かうっ! これは王命であるっ!」
「っ、陛下自ら向かわれますのはっ、危険かと存じますっ! ここは何卒っ、我らにお任せいただきたくっ!」
「くどいっ! 儂の命を聞かぬと申すかっ!」
「めっ、滅相もございませぬっ!」
「ならば良しっ! 行くぞっ!」




