11話 異世界耐久マラソン②
気持ちの良い太陽の温もりを背に、俺達は、どれほどの時間、走り続けているのだろうか。
背後からは、『まっ、までぇっ、のじょぎまぁぁぁぁぁぁっ』と、ゾンビのような声を発しながら、貞操帯の人だけが、諦めずに追って来ている。
「ぜぃっ、ぜぃっ、しつこいっ、なっ」
かくいう俺も、脳内は元気なんですが、息も絶え絶えで、気力だけで走ってます。
他の兵士達は、鎧が重た過ぎたのか、途中で追いかけるのを、諦めてくれたっぽい。
いや……気を抜くのは早計か?
「体力がなさ過ぎるっ」
「なんでっ、ミルンはっ、元気なのっ」
「まだまだ走れるよ?」
流石、野生で生きてきたケモ耳。オークの斧を背負ってるのに、けろっとした顔で、俺の前を走り続けてんの。
「にしてもっ、俺もっ、しんどいっ、のにっ。異世界に来てっ、体力ついたのかねぇっ」
若しくは、ステータスの速力数値が上がったお陰で、村人以上になったからだろうか。
筋力はいまだに、子供以下だけど……。
「でもっ、もうっ、限界っ。景色もっ、見る余裕がないわっ、苦ひぃっ」
「もう少しなのお父さんっ!」
「なにがっ、もう少しってっ」
「あそこっ! あそこから下りられるよっ!」
ミルンが指差す場所には──この壁の補修用なのだろうか。木で組まれた櫓的な物が、立っているのが見えた。
「ミルンっ、マジですかっ」
見えたのだが、どう見ても"下"過ぎる。
今走っている壁の高さは、地上から二十メートル以上はあり、誤って落ちたならば、確実に死ぬことだろう。
「どっ、どうやってっ、あそこまで行くんだっ」
「飛び降りれば良いのっ」
「ふっ、ふっ……んっ?」
ミルンはなにを、言っているのだろうか。
「ええっと、ミルン?」
「飛び降りれば良いのっ」
ミルンはアレだ、勘違いをしている。
森育ちの肉好き娘、ケモ耳幼女ミルンの運動神経なら、ぴょいっと簡単ひとっ飛びだろう。
でも俺、ただの中年よ?
日本生まれの、ただのおっさんよ?
「それっ、無理だろぉぉぉっ」
この壁の高さ──凡そ二十メートル。
壁からの距離──目算斜め下二メートル。
俺の残り体力──雀の涙。
「お父さんのお顔がっ、しわくちゃっ!?」
この高さからジャンプして、万が一足を滑らせ着地に失敗したら、そのまま落下からの、潰れたトマトになるだろう。
よしんば上手く、櫓に飛び降りれたとしても、二メートルの高さの衝撃が、容赦なく腰を襲い、動けなくなってしまう。
色々と考えてはいるが……単純に怖い。
「お父さんお父さんっ」
ミルンは前を走りながら、チラチラとこっちを見て来るが、俺に死ねと言うのだろうか。
「お父さんお父さんっ」
「なんだっ、ミルンっ」
「うしろっ」
「うしろっ?」
そういえば、あの貞操帯の人の声が、聞こえないなぁと、足下に気を付けながら、後ろをチラッと振り向くと──「おいづいだばよおおおおおおっ」相対距離一メートル。
「……」
「ぶちごろじでやるばああああああっ!!」
「……」
鎧を脱ぎ捨て、剣も持たず、鍛え抜かれた腹筋が輝いている、下着姿の貞操帯の人。
村長と違って、細マッチョですね。
「……っ、痴女だあああああああああっ!?」
「だでがぢじょよおおおおおおっ!?」
「お父さんっ! 速く走るのっ!」
この光景を、もしも誰かが見ているのなら、さぞ不気味な光景に、見えるのだろう。
真っ直ぐ走る、犬耳ミルン。
ミルンを追い駆ける、パンイチの俺。
俺を追い駆ける、下着姿の貞操帯の人。
正に混沌。
「捕まってっ、たまるかああああああっ!」
残る力を振り絞り、目指す場所はただ一つ。
あの櫓に──飛び移るしかないっ!
苦しい胸をドンッと叩き、喝を入れ、震える足に力を込めて、速度を上げる。
「ミルンっ! 飛べえええええええええっ!」
「がぅっ!」
勢いを付け、斜め下の櫓に向かって、パンイチの男と、ケモ耳幼女が──空を飛んだ。
ミルンは器用に、空中でくるくると回転し、櫓の上へと見事、着地に成功。
そんで、俺はというと、踏み込みが足りず。
「あっ────」
ヒュン──と手が、櫓の端をからぶった。
櫓に手が、届かなかった。ミルンの"えっ"という表情が、一瞬だけ見えた。
「おあああああああああ────っ!?」
ミルンが遠ざかっていく。
ミルンも必死に手を伸ばし、「お父さあああああんっ!」俺を掴もうとするが、届かない。
俺はなんとか、櫓の柱を掴もうとするが──ガリッと弾かれ、なすすべなく落ちる。
「おっ、親方っ! 空から半裸の男がっ!」
「おいっ、それを広げろおおおおおおっ!!」
「「「へいっ!」」」
バサッ──と何かが広げられた音がしてすぐに、"軽い衝撃"が、背中全体に広がる。
「いっ、くふっ!?」
息が詰まる──が、死ぬほどじゃない。
「っ、本当に半裸じゃねえかっ!?」
「誰が半裸っ、げほっ! 半裸だけどさあっ!」
体を起こして即座にツッコミっ!
状況が上手く飲み込めない。
辺りを確認すると、四人の髭面が、布を掴んだまま、こっちをジッと見ている。
「えっと……」
これはもしかして、この髭面のおっさん達が、落ちてきた俺を、助けてくれたのか。
「おいあんた、なんで半裸なんじゃ」
「俺の所為じゃないっ……あんたらが、助けてくれたのか?」
「儂ら以外におらぬじゃろ。なんじゃ、あの上にいる女と、喧嘩でもしとるんか」
「上? あぁ……誤解だ誤解っ、ととっ」
立とうとしたが、上手く立てない。
これは、非常に不味い。
もしも今、兵士が追って来たなら、この足だと走れずに、すぐに捕まってしまう。
「おいおい、大丈夫なのかっ」
「大丈夫っ、助けてくれてあんがとさん」
櫓の方に目を向けると、ミルンが物凄い速さで、下りてくるのが見えた。
「済まんっ、ちょい急ぐからっ!」
重い足を引きずりながら、櫓の近くまで進み、柱に手を付いてミルンを待つ。
「おいあんたっ!」
「なん────」
急に何かを投げつけられ、反射的に握ったそれは──俺を助ける為に使ったであろう、大きな一枚布。
「何があったのかは聞かんが、それを羽織っておけば、半裸には見えんじゃろっ」
「えっ、貰って良いのか?」
「ふんっ、儂らが作業中で良かったのうっ。アルテラ神にでも感謝せいっ」
俺は少しだけ、ほっとした。
王都に来てすぐ、意味の分からないままに、牢屋へとぶち込まれ、逃げ出せたと思ったら、兵士達とのマラソン地獄。
んで、挙げ句の果てには、落下体験。
「ははっ、なんで俺……助かったんだろ」
一生分の運を、使っている気がする。
「お父さああああああ──んっ!」
「っと、ミルンが来たな。髭面のおっさん、助かった。ありがとう御座います」
「髭面は余計じゃっ! 早よ行けっ!」
大きな一枚布を、ぐるぐると体に巻き付け、上手く縛れば……これ、ローマの服装じゃね? スニーカーの違和感が凄いわ。
「お父さん怪我してないっ!?」
「っと、今は肩車出来ないからねっ! 太ももがぷるぷるで、歩くのがやっとだからっ!」
「分かってますっ!」
髭面のおっさんに手を振り、震える足を動かして、ゆっくりと路地裏を進んで行く。
こうして、俺達は無事、ジアストール王都内へと、入る事が出来たのである。
「そういやミルン。村長達は、どうしてるんだ」
「正門で暴れてるのっ」
「……えっ?」




