11話 異世界耐久マラソン①
どこからか、ふと──愛しのもふもふ幼女コト、ミルンの声が、聞こえたような気がする。
「……幻聴?」
現在、燭台が置いてあるテーブルの下で、ドカドカと走り回る兵士達をやり過ごし中。
いやぁ、案外見つからないもんだわ。
「あの兵士達……俺を探しているのか?」
にしては、槍の穂先が外されて、ただの棒を持ってるし、危ないらしい赤判定の俺を、探しているようには見えない。
「さっきの笛の音……おっとまた来やがったっ」
息を殺して、兵士が通り過ぎるのを待つ。
「そっちはどうだっ!」
「いやっ、こっちにはいないっ!」
やっぱりこの感じ、俺を探している訳じゃあなさそうだな。一体誰を探してるのか……ていうか、立ち止まらずどっか行けっての。
「チッ、あの獣族の子供っ、中々すばしっこいな。怪我をさせる訳にもいくまいし」
「獣族に危害を加えては、陛下の命に背く事になるからな……っ、やりずらい」
獣族の子供を追っている?
ここの兵士達が?
なぜに?
「おいっ! そこの二人っ! ここは良いから向こうを探すぞっ! さっさと来いっ!」
「りょっ、了解っ!」
「ははあっ!」
隊長格っぽい人に呼ばれて、ようやく近くにいた二人組が、離れて行ってくれた。
耳を澄ませても、近くに足音は聞こえない。
「どっこいせっ……あぁ、腰痛いっ」
テーブルの下から出て立ち上がり、腰をくねくねと回して、軽くトントンと叩く。
三十半ばでこの腰は、不味かろう。
「ふぃ……さっきの二人組の話……」
物凄く嫌な予感がする。
この異世界で、ミルン以外のモフっ子に、出逢った事がない俺としては、獣族という言葉を聞いて、一番最初に思い浮かぶのは、可愛いミルンただ一人。
「しかも……アレだよなぁ」
こんな物騒な所に、平然と突撃をかましてくるケモ耳なんて、俺はミルン以外に知らない。
「いや、待て待て待てっ、冷静になれっ、俺」
いくら野生育ちのミルンといえども、村長や聖女様、ニアノールさんが側にいるのだ。突撃しそうなミルンを、止めてくれる筈っ。
「村長やニアノールさんなら、ミルンが暴れても大丈夫だろうし……大丈夫だろう……しっ」
ここは一旦冷静に、深呼吸だ。
「すぅぅぅ──っ、はぁぁぁ──っ、ふぅ」
駄目だっ、不安が拭えないっ!
寧ろ不安が増したわっ!
膝を曲げ頭を抱え、「うぬぅぅぅっ」と唸る。
考えれば考えるほど、ミルン以外の選択肢が頭から離れないし、さっきの幻聴よっ!
「ミっ、ミルン……なのか?」
立ち上がって再度、耳を澄ませる。
この場所は石造りなだけあって、音を良く反響させ、兵士達が着ている革鎧の金具の音が、結構聞こえてくるのだ。
「……」
近くに足音は聞こえない。
どこからか、『そっちに行ったぞっ!』と、誰かを追いかけている声は聞こえるが、誰を追いかけているかまでは──『お父さんどこーっ!』っ、はいはい聞こえましたとも。
「やっぱりミルンかよっ!?」
今の声はどっちから聞こえたっ!
さっきの兵士達が向かった方か、それとも逆側の通路からかっ、声が反響し過ぎてて、これじゃあ場所が分からんっ。
「それならっ」
兵士達に気付かれてしまうが、ミルンが追われているのならば、助けなきゃな。
大きく息を吸ってええええええっ……っ!!
「ミルウウウウウ────ンっ! どこだああああああああああああっ、げほっげほっ!?」
異世界に来てからというもの、大声を出しまくってる所為で、普通に喉が痛いんです。
「っ、ぷは、あぁっ、苦しっ……っ」
無理矢理息を止めて、耳を澄ます。
ミルンの可愛い犬耳が、人間の聴覚よりも優れているのなら、俺の声が届いたはずだ。
どっちだ……右か、左か……『お父さああああああ──んっ!』っ、反響が酷過ぎるだろっ!
「クソっ! 走って探せってかあっ!」
床を蹴っての猛ダッシュ。
兵士が向かった先を左に曲がり、その先の十字路を右に進んで、T字路を右に直進。
「マジで道が分からんわっ!」
またまたT字路に差し掛かり、左右どちらの先にも扉があるようだが、迷っている暇などない。右の扉へと近付き、開けようとする。
ガチッとしっかり、施錠されていました。
「チッ、どの鍵だよっ!」
面倒だと、全ての鍵を『空間収納』から出して差し込み、「これも違うっ、これも駄目っ」と片っ端から試して──カチリッと開いた。
「うっしゃっ! さっさと先に────」
「えっ……」
扉を開き──固まった。
目の前には、何かを必死に外そうとしている、見事な太腿全開の女性が、こっちに顔を向けて、ポカンと口を開けている。
「……」
「……」
無言で見つめ合う、俺と女性。
静寂がこの場を支配する中で、俺は、見てしまった。女性が必死に外そうとしているモノを、見てしまったんだ。
身分の高いお嬢様が、殿方から身を守る為に装着する、ある意味での防具品。
「てっ……貞操帯?」
「いっ」
「あっ、ちょっ、ちょっと待ってっ!」
「いやああああああああああああっ!?」
女性が側の剣を手に取り、振りかぶっての──俺はすぐに扉を閉め、ズガンッと俺の顔ギリギリに、刃が扉を突き抜けてきた。
「あっ、あぶっ、危ねぇっ……っ、逆の扉かよ」
女性の兵士に心の中で謝りつつ、急ぎ反対側の扉へと向かい、そのまま開けて先へと進む。
この通路は一直線。
途中上に行く階段はあるが、どう進んだものかと走りながら考えていると──「お父さんの"匂い"がするのっ!」先の曲がり角から、ミルンが走ってくるのが見えた。
「ミっ、ミルンっ!」
「あっ──やっぱりいたっ!」
なんだろうか。
俺が牢屋に入れられて、そんなに時間は経っていないのに、ミルンの顔を見たのが、遠い昔の事のように感じる。
「お父さああああああ──んっ!」
斧を背負ったミルンが、尻尾を可愛く振りながら、四つ足で走って来る。
いつもは二足歩行なのに、四足駆け足。
可愛い過ぎるっ。
「っ、ミルウウウウウ──ンっんんっ!?」
俺は、ミルンに向かい走り出した。が、直後に足を止めて、目を見開く。ミルンにばかり目を奪われて、ミルンの背後から"迫り来る者達"の事を、認識出来ていなかったのだ。
「「「うおおおおおおおおおおおお──っ!!」」」
「お父さああああああ──んっ!」
ミルンの背後から、沢山の兵士達が、顔を真っ赤にさせ、こっちに向かって走って来る。
「逃げるのおおおおおおおおお──っ!」
「ははっ……っ!」
ミルンのその言葉で、俺はすぐに反転して逃げようとするも──「覗き魔ああああああっ!」あの女性兵士が、剣を片手に走って来る。
前後の道は塞がれて、残る道はただ一つ。
「マジかっ!? 上に行くしかないのかよっ!」
それは──ほんの一瞬の出来事だった。
ミルンを追いかけている兵士達と目が合い、その中の一人が、俺を牢屋に放り込んだ兵士の、一人だった。
「そいつは"赤"だああああああ──っ!!」
ミルンと再会した幸運と、俺を牢屋に放り込んだ奴との遭遇なんて不運が──重なった。
「だからっ、"赤"ってなんなんだよっ」
「っ、槍を捨てろっ! 総員抜剣っ!!」
その隊長格の一言で、他の兵士達の顔付きが一変し、穂先の無い槍を捨てたかと思いきや、腰の剣を抜き放つ。
「殺る気っ、ミルンっ! 上に逃げるぞっ!」
「分かったのっ!」
ミルンは器用に横の壁を蹴り、走る速度を維持したまま、直角に階段を上がって行く。それを見てすぐ、俺も急いで後を追う為、駆け出そうとした。
「獣族の子供が離れたぞっ! そいつに加減は無用だっ、放てええええええ──っ!!」
隊長格らしき者の言葉で、一人の兵士がなぜか俺に、手のひらを向けている。まるで、日本にいた頃、小説や漫画などで見た、"魔法を放つ動作"のような──嫌な予感がした。
「我が手に宿るは"火"の精の理っ────」
「なっ、詠唱っ!?」
偶然か必然か。無意識のうちに体が動き、『空間収納』から取り出したのは、俺の大切な物が入った、リュックサック。
「眼前の敵を焼き尽くせっ──『豪炎っ!!』」
それは、喉が焼けんばかりの炎。
それが、放たれた。
視界を埋め尽くさんばかりの、炎の塊が迫りくる中、俺はそのリュックサックを──前へと放り投げ、階段へと飛び込んだ。
「熱──っ」
そのリュックサックの中には、"炭酸飲料"のペットボトルが、膨らんだ状態で入っている。
それが熱せられれば、どうなるのか。
バシュッ──パアアアンッ!!
ペットボトルは、炭酸水を撒き散らしながら、炎によって蒸発する。
白い蒸気が──兵士達の視界を潰す。
『ぐっ、なんだ今の音はっ!?』
『煙だとっ、どこに水など持っていたっ!』
兵士達が音に尻込みしているうちに、ミルンを追いかけようとしたのだが、所詮はただの炭酸水。あの炎を消せる訳もなし。
「くそっ、火がっ、熱っ、ええいっ!」
赤ジャージを脱ぎ捨て、パンイチにスニーカーといういで立ちで、階段を駆け上がる。
「今の音はなあにっ!?」
「げほっ、ぐっ、良いから上がれミルンっ!」
「お父さん火傷してるっ!? なんで服を着てないのっ! さっきまで着てたのにっ!」
「ありのままの姿にっ、なっただけだっ」
しかもアレだよ……リュックサックもそうだけど、貴重な日本のカップ麺が、見事に燃え尽きてしまいました。
「ぐぅぅぅっ、もう二度とっ! 食べられないかも知れない物なんだぞっ! クソ痛えっ!」
「なにを言ってるのっ。足を動かしてっ!」
「分かってんよおおおおおおおおおっ!」
半裸で階段上がるとかっ、不審者だろっ!
小々波流、三十五歳。ただいまパンイチで、爆走しております。これはアレだ……水着と思えば良いのか。
「豚骨カップ麺がっ、クソっ、階段長いんですけどっ、どこまで続いてんのっ!」
「ふっ、ふっ、かっぷめんって、なあに?」
「ミルンはっ、余裕だなあっ」
「かっぷめんって、なあにっ!」
ミルンが激詰してくるよ……カップ麺の説明なんて、どう話をしたら良いんだ。ていうか本当に、ミルンは余裕の顔してるわぁ。
中年の体力とは、大違い。
『待てええええええっ! 止まれえええっ!』
『獣族の子供は捨ておけっ! あの赤を仕留めねばっ、国に害なす者となるぞっ!』
『くはっ、鎧が重いっ!』
「急ぐぞっ、ミルンっ! うひぃっ、ひぃっ」
「遅いのはお父さんっ!」
「ですよねっ!」
石造りの階段を、ひぃひぃ言いながら上り続けて数階分。背後から兵士達の声が近付いてくる最中、ようやく先に、出口が見えた。
「もうちょいっ、ふひぃっ、中年に階段はっ、相性悪過ぎるだろっ」
「先に行きまーすっ」
「あっ、待ってミルンっ、お父さんを置いてかないでっ……っ、キュッと一杯っ、呑みてえええええええええっ!」
力をふり絞り、ミルンの尻尾を追いかけた先の、光の中へと──飛び込んだ。
「っ、眩しっ……」
陽の方で、目を閉じてしまった。
体に感じたのは、心地良い風。
汗だくの半裸には、丁度良い塩梅だ。
俺はゆっくりと目を開けて、自分達が今どこに居るのかを、確認する。
「おぉ、すっげぇ……言葉に出来んぞ」
そこは、王都を囲うように作られた、外壁の最上部であり、王都を見渡せる場所。
右手には、広大な大地が見渡せて、左手には沢山の人が行き交っているのを、見下ろせる。
どこか中世を思わせる町並み。
「こんな場所でキャンプして……カップ麺っ、食えたらなぁっ、ぐぅぅぅっ、カップ麺っ」
下唇を噛んで、悔しさ全開です。
『待てえええええええええっ!』
『逃すなああああああっ!』
「お父さんっ! 走ってっ!」
感情に浸る時間をくださいっ!!
心の中で悪態を吐きながら、横幅三メートルほどの壁の上を、ただひたすら真っ直ぐに駆け抜ける。
「ふっ、ふっ、ふひっ、はははっ」
「どうしたのっ!?」
おっと、急に笑ってしまったから、ミルンの尻尾がビクッ──って震えてしまったな。
でも、御免ミルン。お父さんね……ランナーズハイに、なっちゃった。
「ふっ、ふっ、くふっ、ふひひっ」
「……きもちがわるいっ!?」
「ふっ、ふっ、ふふっ、ミルンっ!」
「なあにっ!」
背後から、『まて変質者ああああああっ!』と、大変失礼な事を言いながら、沢山の兵士が迫り来る中で、とても重要な事を、ミルンに聞いてみた。
「ふっ、ふっ、どうやって下りようかっ!」
「……?」
ミルンさん、気付いていないのね。
「ミルン……下見てみ、下」
「した? ぬぁっ!?」
ミルンの尻尾がブワッと膨らんだ。
王都を囲うように造られた、外壁の上。
ただひたすらに、一本道。
下りるところは、どこかいな。
「覗き魔ああああああっ! その目を抉り取ってやるわあああああああああっ!!」
「とりあえずっ、走るのおおおおおおっ!」
「てっ、貞操帯の人っ、足速っ!?」
陽の光を体に浴びて、パンイチ半裸男と、肉食ケモ耳幼女は、ただひたすらに足を動かす。
背後から迫る、兵士達から逃げる為に。




