9話 拘束脱出迷子の男①
野営地から再度出発して、凡そ半日──穏やかな陽射しの中、筋肉馬に引かれたコンテナの上部で、ぐてぇっと寝そべりながら、ミルンと楽しく、神経衰弱をやっている。
「ふっふっふっ、どれか分かるかな」
「うーっ、これっ! はずれた……うーっ」
そこじゃないんだよなぁ。確かゴブリンの絵は、その隣の札だった筈。
「残念、俺の番だな。ふふふ、これとこれだっ……俺の記憶力も、衰えたかっ」
普通に間違えました。
この神経衰弱は、空間収納内のから、木の板を取り出し、簡単な絵をミルンに教えながら、一緒に描いたお手製品。
暇過ぎて作った、お手軽ゲームだな。
「ミルンのばんっ!」
「くっ、尻尾で俺の目を誤魔化したなっ」
「そんことないのっ」
そんな感じで、楽しい時間を過ごして居たら、『二人共降りてきーやーっ。もうすぐ着くでーっ』と、聖女らしからぬリティナの声が、コンテナの中から響いてきた。
可笑しいよね。
聖なる乙女と書いて、聖女と読む筈なのに、それを一切感じさせない大声だぞ。この異世界の聖女は、ネタ聖女なのか?
「もうすぐねぇ……どっこいせっと。どれどれ、王都とやらは、見えるかな?」
「んしょっ、んしょっ」
俺が立ち上がると、当たり前の様にミルンが登ってきて、肩車をした状態になる。これがまた、落ち着くのよ。
「おぉっ……ガチの城壁だよ……すげぇ」
「おおきいのぉ……」
ジアストール王国の首都、アストール。
建国から五百年の歴史を持ち、王都を囲む様に建造された、巨大な石造りの城壁は、幾千もの魔物襲来や、他国からの侵略を退けて来た、王国随一の高さを誇る。
首都の人口は、凡そ約三百万人。
多くの商店が建ち並び、市場は活気に溢れ、多くの行商人達が行き交う、正に国の心臓部。
そのシンボルこそ、首都アストールの中央に位置する、女王が住まう場所。城壁よりも高く聳え立つ、ジアストール城である。
「以上になりますぅ。分かりましたかぁ?」
「すんごい分かり易い説明だった」
「ニアノールっ、ありがとっ!」
ニアノールさんの説明は、隣で膨れっ面をしている、なんちゃって聖女様の説明と比べたら、雲泥の差でした。
「ウチが説明したるって、言ってんのに」
「喋る時に焼菓子を、口に入れるからだろ。聞き辛いったら、ありゃせんわ」
「そんくらいええやんっ」
焼菓子を頬張りながら、滑舌の悪い話し方をされると、苛々するんだよ? 俺が昭和の人間だったら、拳骨で注意してるぞ。
『ヒヒィィィンッ、ブルゥフフフッ』
『ブルゥッブルゥッ、ヒヒィンッ』
「おっ、停まるか?」
「着いた?」
ゆっくりと馬車が、その動きを停めた。
御者も居ないのに揺れが少なく、正に職人技っ、じゃ無いな。職馬技と言うべきだろう。
何だよ職馬技って……。
「それじゃあ降りるで。ここからは歩きや」
「歩きって……誰か迎えとか来ないのか?」
「けえへんよ、検問所があるさかいにな。門を潜った先で、また馬車を拾ったらええねん」
聖女なのに徒歩って……聖女とは?
「たのしみなのっ!」
「そりゃあ、俺もだけど……」
楽しみ過ぎてなのか、ミルンはふんすっと鼻息を荒くさせ、尻尾をぶわっと膨らませて、ずっとそわそわしている。
「その尻尾、膨らむのか……モフモフ可愛い」
「ほら、ヘラクレスも準備しーや」
「結局移動中には、説明はなかったですな」
「そんなん言うたっけ?」
村長は渋々とした顔で、聖女をジッと見つめて居るが、聖女様には、通じていなさそうだ。
もしかして、喋り方だけではなく、そのメンタルも、関西圏の人並みに強いのだろうか。
「……うしっ、行こうかミルン」
「いっぱいあそぶのっ」
そうして、馬車を降りた俺達は、先に見える検問所に続く、人集りの列に並んで、順番がくるのを待つのであった。
「それで、聖女さんや。いつになったら俺達は、門の向こうに入れるんだい?」
「おそいっ、ひまなのっ」
「ミルンさんや……叩かないで?」
ミルンが苛々して、俺の頭をパシパシポンパンと、楽器代わりにしています。
はい、ずっと並んだままなんです。
正門の列の最後尾で、あの夏冬の名物である、某即売会ばりに整列して、並んでいます。
正直言って、暇過ぎるんです。
「なぁ、聖女リティナ様」
「その言い方やめえっ! なんやアンタに言われるとっ、背中が痒うなんねんっ!」
「何で俺達……ずっと並んでいるんだ?」
「何言うてんねんあんた……」
いや、そんな口を開けて、馬鹿な子を見る様な目で俺を見るなよ。アンタ聖女だろうに。
「かーっ、ほんま田舎者は。これやから困るわ」
「流君。この門を自由に出入り出来るのは、陛下と貴族、騎士団や門兵のみで、商人、都に住む者等は、例外無く並ぶのである」
「にしてもコレは、遅過ぎないか?」
「私も初めて王都に来た際は、同じ事を思ったのであるが、コレばかりは仕方あるまい」
現代社会から来た身としては、こう言った検問所が必要な事も、分からなくはない。犯罪者の侵入防止や、変な物を持ち込ませない様にする為には、必要な事だからだ。
「だけどなぁ。待ち時間表記が無いから、ただの苦行なんですけど」
「おとうさん……ねむいっ」
「順番が来たら起こそうか?」
「おねがいしますっ……すぅ……すぅ……」
俺の頭を枕にして、ミルンはそのままご就寝。テーブルからのランクアップ、おめでとう御座いますだ、俺の頭。
「先が見えてきたか……何か触ってるな」
「うむ。あの水晶に触って、問題が無ければ、そのまま入れるのである」
「へぇーっ、あの水晶でねぇ」
アレで一体、何を確認しているのだろうか。
緑色の時も有れば、光らない時も有る。
うん、分からん。
『次の方ーっ! ここに手を当てて、ゆっくりと進んで下さーいっ!』
いつの間にか、順番がきていた様だ。
ようやく中に入れるよ。
「ほら、ミルンさんや。起きて降りなさいな」
「うにゅ……んしょっ、んしょっ」
『慌てず騒がず節度を持って、紳士淑女の皆様、走らず順番にお願いしまーす』
「本当に、何かを買う列じゃないよな? 薄い本とか異世界にあったら……普通に買うぞ」
ニアノールさんを先頭に、門番さんが持っている透明な丸い石を触って進み、怪しい聖女、筋肉村長、可愛いミルンと来て、最後は俺ですねーはいはいっと。
「はいタッチ」
透明だった石が赤く輝きを放ち、石を持った門番さんが笑顔で俺の顔を見てきたので、俺も門番さんを笑顔で見返す。
「…………(ニコッ)」
「…………(デヘッ)」
門番さんが俺の手を掴んできたから、俺は掴んできた手を更に掴み返した。
「…………(ニコッ)」
「…………(デヘッ)」
門番さんが、持っていた石を投げ捨て、俺の胸ぐらを掴んできたので、俺は門番さんの足を踏み付け、門番さんが息を大きく吸い込み、俺も息を大きく吸い込んで、準備良しっ。
「犯罪者だあああああああああああああ!!」
「痴漢よおおおおおおおおおおおおおお!!」
門兵達が凄い速さで駆けつけて来て、一瞬立ち止まって迷っている様だったが、直ぐに俺を殴りつけ、抑え込み、即座に腕に枷を付けられましたとも。
「糞痛ってぇ、何すんだよっ!?」
「おとうさんっ!」
「来るなミルンっ!」
ミルンが怒りを露わにしながら、俺を助けようとするも、村長がミルンを抑えてくれた。
「待てミルン君っ!」
「はなしてっ、はなしてよーっ!」
「我慢せぇミルンっ! 直ぐに助けたるさかいに、今は動いたらあかんっ!」
聖女は何も出来ずに、傍観している。
「流さんっ」
ニアノールさんは、すぐ動ける様な姿勢のままだが、動く訳にはいかないだろう。
俺は、意味が判らないまま、門兵達に腕を掴まれ、まるで刑事ドラマの最後を見るかの如く、門兵達に連行されて行った。
「本当に……どうなってんの?」




