6話 エンカウント③
ゴブリンとは、身長は百五十センチ程で、肌の色は緑色や灰色汚。汚い腰巻きを付けた、側から見ると、半裸の小男の様な魔物。
ただの変態に見えなくもない。
ゲームや小説などでは、初心者が先ず出会うであろう、ファンタジーあるあるの奴だ。
雑魚と言っても、過言ではない。
しかしそれは、あくまでもゲームや小説の中の話であって、ボタン一つをポチポチするだけで倒せるのだから、雑魚に思えてしまうのも、仕方のない事だろう。
それでは、実際のゴブリンが、コチラです。
「ギギャアアアアアアアアアッ!!」
「ゴギギャゴギャギャアアアアアアアッ!」
「フシュルギャギャッ!」
「のおおおおおおおおおおう──っ!!」
ひたすら全力で逃げる脅威度ですっ!
誰だよっ! ゴブリンが最弱って言った奴っ! ほんの少し前の俺ですねっ! 間違った知識って本当に厄介だわっ!
「武器持った小男が沢山居ると考えたらっ、勝てる訳ないよねえええええええええっ!!」
「魔石を下さいなっ!」
立派な斧をブオンッ──と振り回す、犬耳幼女のミルンが居なければ、前に進む事すら出来ない程の、ゴブリンの群れ。
「ゴギャアアアアアアッ!!」
「こっち来るんじゃねええええええ──っ!?」
何でゴブリンが、剣を持ってるの?
野生なんだから、普通は素手だろ?
えっ、異世界だから?
────ヒュンッ────
「あぶっ!? 普通に頭狙って来るとかっ!」
「流さんっ! 気を抜かないでっ!」
「分かってるって!」
向かう先は、決まっている。このラクレル村の四方に建てられている、立派な"物見櫓"だ。
そこで何をするのかって?
魔法を使ってみるんですよ。
高い位置から、どれ程のゴブリンが居るのかを確認してから、一番集まっている場所に向かって、魔法をぶち込む。
「発動するかどうか分からんとかっ、運ゲー過ぎるんだけどなあっ! 問題はっ、あの物見櫓までの道がっ、ゴブで埋まってるのよっ!」
「誰に言ってるんですかっ?」
「自分にだぞっ!」
さて、ここで問題です。
今全力で走っている、中年男の小々波流は、真昼間から石でボコボコにされ、体力がゴリゴリと削られており、この異世界に来てからというもの、走れ走れ体操を繰り返しています。
俺の身体は、どうなっているでしょーうか。
ガッと地面に躓き、「あっ──」っと口から、呆けた声が漏れ出てすぐ、踏ん張りが効かずにそのまま、前のめりに倒れ込んだ。
俺の体力は既に、限界を超えていた訳だ。
そんな隙だらけの中年を、魔物と呼ばれる存在が見逃す筈もなく、来るわ来るわ。涎を垂らしたゴブリン達が、わんさかと。
「ギギャアアアアアアアアア──っ!」
「ギギギギギギッ」
「っ……これ、死んだなぁ」
「ギャギャギャギャギャッ!」
「ギギャギギャギギャッ!」
最後の晩餐は、異世界の土です。
転けた拍子に、口に入ったのよ。
カップ麺……食べておけば良かったなぁ。
そう死を覚悟したその時、「ゴブ離れてえええええええええっ!」ミルンの声と共に、ブオンッ──と風が通り過ぎ、迫って来ていたゴブリン達の声が、聞こえなくなった。
「流さん起きてっ!」
顔を上げると、ゴブリンの返り血で真っ赤に染まったミルンが、俺に手を差し伸べている。
「いっ、犬耳幼女の天使様っ!」
「それなあにっ! 早く起きてっ!」
「ぐっ……っ、どっせいっ!」
ミルンの小さな手を握ると、あれだけ疲労困憊だった体に、不思議と力が湧いて来る。これが、犬耳幼女天使ミルンの、効果だろうか。
「ほらっ、もう少しだよっ!」
「ああ……っ、死んでたまるかよっ!」
必死に走った。
それはもう、必死に走ったんだ。
しゃがんで跳ねて転がって、不様な姿を晒しながら、それでも足を止める事なく、必死に走り続けた。
「うひっ、ふひっ、全身が痛てえっ」
「もう少しだよっ!」
物見櫓まであと少し。
問題があるとするならば、物見櫓を登る為には、あの梯子を使わなければならない事。ゴブリン達に囲まれている中で、無防備な背中を見せる訳にはいかない。
「それでもっ、ミルンっ!」
「なあにっ!」
素早く『空間収納』から、赤ジャージの上を取り出し、それを紐がわりにしてミルンに括り付け、そのミルンを俺が背負う。
「背中は任せたぞっ!」
「分かりましたっ!」
「っ、どりゃあああああああああっ!!」
「ギギャッ!?」
ゴブリン達を押し退けて、梯子に手を掛け、残る僅かな力を振り絞り、全力で登った。
俺、三十五歳の中年だぜ?
明日、明後日は絶対に、筋肉痛だろ。
「ゴブは落ちるのっ!」
「ギャアアア──ッ!?」
「ふぬぐぐぐっ、ふひぃっ、重てぇぇぇっ」
ミルンに加えて、重量級の斧ですからね。
運動不足のこの身には、キツいんです。
汗だくになりながら、それでも必死に登り続け、何とか一番上まで、登り切る事が出来た。
「っ、ミルンっ! 梯子を壊せっ!」
「分かったのおおおおおおおおおっ!!」
背中からミルンが飛び出し、豚野郎の斧の一撃を、細い梯子にぶち当てて、追って来ているゴブリンを、そのまま地面へと落下させた。
「ぷはっ……はぁ、はぁっ、疲れたっ」
「大丈夫ですか?」
「あぁっ、大丈夫大丈夫。有り難うさん」
ミルンの頭を撫で撫でします。
「むふふっ、褒められたっ」
「そんじゃっ、上から状況確認っと」
疲れ切った重たい腰を、ゆっくりと上げ、物見櫓の上から、ラクレル村の外を見渡す。
「っ……これ、マジか……」
そこにはまるで、一つの巨大な生物かの様な動きで、大地を埋め尽くさんばかりの、ゴブリンの群れが存在した。
「こんなの、どうしろって言うんだ?」
「あっ、誰か戦ってるっ」
ミルンが見ている方へ顔を向けると、この距離からでも分かる、あの筋肉村長が、見事な剣捌きで、ゴブリン達を屠っていた。
「でも、あの動き……何か変だな」
「片腕が無いよ」
「あぁ……っ、凄いわあの筋肉」
人の良い村長の事だ。大方誰かを庇って、あんな重傷を負ったのだろう。それでもあれだけ動けるとか、尊敬に値するぞ。
物見櫓から下を見ると、ゴブリン達が丸太をよじ登って、上がって来ようとしてる。
村の中央では、瀕死の村長。
村人達も、応戦しているが、あの外に居るゴブリン達が、雪崩れ込んで来たならば、俺達も含め、美味しくもぐもぐはい終了。
「なあミルン。あの魔法……使えるかな」
「やってみれば良いの。後悔後先立たずっ」
「ははっ、そうか……そうだよな……っ」
今ここで、あの魔法を使えないと、俺だけではなく、隣に居るミルンまで、あの糞ゴブリン共にやられてしまう。
それだけは嫌だ。こんなに可愛いケモ耳幼女を、まだ小さい子供をだ、死なせるだなんて、大人としてどうよ?
「ふぅ……思い出せっ。あの時の魔法を……」
集中、集中、集中しろ。
あの時魔法は間違いなく、発動したんだ。
一度発動したなら、イケる筈だろ。
なぜかは分からないけど、この隣に居るミルンを、絶対に死なせたくやい。死なせる訳には、いかないんだ。
「流さんっ」
ミルンの小さな手が、俺の服を掴んだ。
その小さな手が、震えていた。
あの時逃げた俺は、大馬鹿者だろ。だってそりゃそうじゃん。まだ小さな子供だろうに。
「だけどっ、今度は置いて行かないからなっ!」
だからこそ、今この状況から生き残って、このケモ耳ミルンのお家を、直さなきゃだ。
「だからっ、発動しろやっ! 糞魔法おおおおおおおおおおおおお────────」
リンゴーン、リンゴーン(上がり調)
『レベルがー--ー-奇-ー跡--ー -(--ー-ー 可)
エラー、エラー、エラー、エ-ー-ー可』
『良いですよぉ。貴方は見てて、楽しいのでぇ』
リンゴーン、リンゴーン(下がり調)
そのアナウンスと共に、世界が白に染るかと思う程の、光の雨が降り注ぎ、あまりの眩しさに、目を閉じてしまった。
「っ、何だ今のアナウンスっ!?」
「目が痛いのおおおおおおっ」
瞼から感じる、強烈な光が収まった頃に、ゆっくりと目をあけると──大地を埋め尽くさんと居たゴブリン達の群れの姿が、影も形も無く、綺麗さっぱり消えていた。
「……えっ、何これ?」




