6話 エンカウント②
顔面がボコボコで痛い。比喩表現ではなく、文字通りのボコボコだ。デコボコしていると言っても良いだろう。
「ごりごりーっ、ごりごりーっ」
屋敷の部屋の中では、可愛いミルンが尻尾を振りながら、怪しい草を石で潰して、何かを作っている。正直、薬であって欲しい。
「びぶん……ぼべ、ぼぼばばぼっべびばぼ?」
「何を言ってるのか、分からないですっ」
埃だらけのベッドに横になり、ボーっとしている間に、どこからかミルンが採ってきた草。
山に住んでいたから、薬草に詳しいのか。
若しくは、適当に摘んできたのか。
「完成っ! 流さん、これを塗るのっ」
渡されたのは、紫色の汁。
どう見ても毒っぽい色なんです。
「びふん。ぼべ、ぼぶぢゃばびぼべ?」
「なあにっ?」
「ぶふぅ……」
言葉が通じないと、危機も回避出来ません。
「仕方ないっ。お顔をこっちに向けてっ」
「……ばび」
これは、我慢するしかないだろう。今のミルンに逆らえば、顔面が腫れる程度では、済まなくなるだろうし。
顔を前に出すと、ミルンはその紫色の汁を手に取り、ベチャッと俺の顔面に塗りたくった。
小石で切れた傷口に、塗り塗りしたんだ。
はい、激痛ですねっ!
「いばああああああああああああいっ!?」
アレよ、尿路結成で治療を受けた時の痛さを、軽く超えてくる痛みなんです。この紫色の汁って、やっぱり毒じゃないですか?
「流さん動かないでっ!」
「無理だっでえええええええええっ!?」
大の大人が、首をイヤイヤと振って、紫色の汁を回避しようとするが、ミルンの瞬発力には勝てず、そのまま塗り塗りされました。
「ふひっ、ふひっ、痛っ……ガチで泣くぞっ」
「ほらっ、ちゃんと喋れるでしょ?」
「えっ……あぁ……効くの早くね?」
手で顔を触ってみると、結構腫れは酷いものの、さっき迄の喋れない状態からは、回復している。
「……今の草って、薬草なのか?」
「分かんないっ。森で怪我をした時に、食べたら傷が治ったから、使ってみましたっ」
「あぁ……うん、実験台かなぁ」
豚野郎が居る様な異世界だから、不思議な薬草とかがあっても、おかしくはないか。
二度と塗りたくない、痛さだけどね。
窓枠だけの窓から、そっと外を確認。あれだけ騒いでいた村人達は、誰も追いかけて来ず、今の所は安全そうだ。
「んんーっ、本当に、どうなってんの?」
「なにが?」
「いやね。あの村人達、ミルンに罵声は浴びせるけど、石をぶつけてこなかっただろ。それで良いんだけど、なーんか釈然としないのよ」
「しゃくぜんって、なあに?」
急に来たぞ、小さい子のなあに攻撃。
知らない事や、疑問に思った事を、その場で聞いてくるという、小さい子だけに許された、質問の波状攻撃だ。
「えっとな……あの状況に、俺がスッキリしないと言うか、納得出来ない状況の事を、釈然としないって言うんだぞ」
「納得っ」
「納得してくれて、有り難うさん」
嫌々石を投げていた様だけど……まるで誰かに、自分達はケモ耳を嫌っていますって、アピールしてる様だったな。
「誰にアピールをしたのかね……」
そう言えば、最初ぶち当たったあの石だけ、ミルンが姿勢を低くしたから、避けれた様にも思える。
「あの場に居て、位置的にミルンを狙えたのって、あの人しか居ないよな……」
ミルンの背は低い。
小学一年生と考えたとしても、栄養不足気味なのか、本当に小さくて可愛らしい。
そのミルンの後頭部を狙って、石を投げようとするならば、子供どうしなら丁度であり、大人であれば、少し下を目掛けて投げなければ、当たる事はない。
しかし石は、"俺の顔面に"ヒットした。
斜め上に投げなければ、そうはならない。
「子供達の居ない中で、唯一それが出来たのは、腰が曲がった、あのおじさんだけか……」
年齢的には、あの村人達の中で、最年長。村長よりも歳上なのは、間違いないだろう。
「流さん、どうしたんですか?」
「んっ? ちょっと考え事をね」
「ミルンのお家を、直す算段?」
「んーっと、それもあるかなぁ……」
ごめんなミルン、考えてなかったわ。
そんな事を思いながら、ミルンの可愛い犬耳を眺めていると、急にその犬耳が忙しなく動き出し、ミルンが斧を構えて、この部屋の入口に向かって、「ウゥゥゥッ」と威嚇し始めた。
「どうしたミルン?」
「誰か入って来てるっ」
「この屋敷に? 正面には誰も来てないのに」
今居るのは、剥製の置いてある二階の部屋。
ここからなら、正面入口はしっかりと見えるし、誰か来たならば、直ぐに分かる筈。
「っ、裏口から入ったのか……」
耳を澄ませると確かに、ギシッギシッと、誰かの足音が聞こえ、体に緊張が走る。
村人の誰かが、追って来たのだろうか。
だとすれば、何か武器を持ってだろうか。
万が一、武器を持っていた場合、力負けする事は確実であろうから、最悪意味不明な魔法を発動させて、戦うしかないだろう。
「お部屋の前で止まったのっ……」
ギシッと言う音が止んだ。緊張している所為か、扉の向こうに、誰かが居る気配を感じる。
「扉が開いたら、斧で頭を割りますっ」
「先ずは誰かを、確認してからな。武器も持っていない無防備な相手だったら、ミルンが悪者になっちゃうだろ」
ジッと様子を伺っていると、ガリガリッ──っと、扉を擦る様な音が聞こえてくる。
「何だ……何をしてるんだ……」
扉を開けるでもなく、擦ってる?
違うな、引っ掻いてるのか?
「すんすんっ……この臭い、嗅いだ事あるっ」
「ミルンの知ってる臭いなのか?」
「これはっ、ゴブ────」
ミルンが何かを言い終わる前に、突然ドバンッ──と扉が開き、何者かが侵入して来た。
それは、日本に居る時に、プレイしていたゲームに良く出てくる、ありふれた異世界系の、最弱に位置する魔物。
緑色の体に、背は低く、鼻が妙に長い、側から見たら、半裸の小男に見えなくもない魔物。
「ギギャギギギッ」
「何で"ゴブリン"がっ!?」
「流さん下がってっ!!」
屋敷の中で、ゴブリンとエンカウント。
一瞬だけ驚いたわ。うん、一瞬だけね。
だってね、ゴブリンが部屋の中に入って来た瞬間にね、「頭かち割るのおっ!!」って、ミルンが斧を振り下ろして、真っ二つにしたのよ。
「……グロいなぁ」
「ゴブなんてただの、不味いお肉っ!」
「えっ、コレも食べた事あるの?」
こういった魔物は、大概が糞不味いと相場が決まっているのに……肉食犬耳幼女パネェ。
「すんすんっ……」
「どうしたミルン?」
「ゴブの臭いが、沢山来るっ!」
「沢山って……沢山っ!?」
カンカンカンッ──と村の櫓からだろうか。緊急時に鳴らされる様な鐘の音が、この屋敷まで鳴り響いてきた。
「えぇ……っ、ガチの緊急事態っぽいじゃん」
「"魔石"を抜き抜きっ」
ミルンは一体、何をしてるのか。真っ二つにしたゴブリンの胸に、ズブっと手を突っ込み、小さな石を取り出した。
「グロい……それが魔石か」
「ゴブの魔石はイマイチだけど、沢山集めて売れば、そこそこのお金になるの。ミルンのお家を直す為の、資金源にするっ」
「やっぱ売れるのね」
売れるという事は、何某らの使い道がある訳で、その使い道も含めて、今後しっかりと調べないとだな。
「そんな事よりも今は……ミルン」
「なあに?」
「一度外に出て、村の状況を確認するぞ」
「分かりましたっ」
ミルンの言う沢山のゴブリンが、一体どれ程の数かは知らないが、もしも屋敷内に押し寄せて来たら、囲まれて詰んでしまう。
音を立てない様に、そっと部屋から出て、階段の手前から一階を覗くと、確かに居る。
「ゴブリンが三体か。どう外に出たものか……」
「ゴブは狩るのおおおおおお──っ!!」
「えっ、ミルンっ!?」
俺が悩んでいる間に、ミルンが一階へと突撃をかまし、僅か数秒でゴブリン三体を撃破。
俺はしっかりと見ていた。
ゴブリンの一体は、そこそこ立派な盾を装備していたのに、ミルンの斧の一撃は、その盾ごとゴブリンを、縦に割っていた。
「ミルンの勝利ですっ」
斧を掲げて勝ち誇る姿は可愛いが、その小さな体の一体どこに、ゴブリンを割る力が、隠されているのだろうか。
「すげぇ……」
「魔石を抜き抜きっ、魔石を抜き抜きっ。これで四つ目っ。もっと集めなきゃ、足りないっ」
「ぉぉぅ……(下手したら、俺もああなっていた訳か)。生きているって、素晴らしいなぁ」
屋敷の外に出て、林を抜けた先に行くと、何かの冗談かと思う程の、大量のゴブリン達が、村の中を元気良く駆け回っていた。
「うげぇ……何あの数」
「不味いお肉だらけですっ」
村人達も応戦はしているが、弱い魔物の代表格であるゴブリンと言えども、村人一人に対して、ゴブリン五体。勝てる訳がない。
「大半のゴブリンは、村人達に集中してるか……なあミルン。あの数に、勝てると思うか?」
「無理ですっ。囲まれたら終わり」
「だよなぁ……」
こっちを西側と仮定するなら、あの大量のゴブリン達は、南側から来ている様だ。群れの流れというべきか、そんな感じがする。
「そう言えば、前に自警団の人が、『最近ゴブリンが来やがる』って言ってたな。群れが来る前兆だったのかねぇ」
「どうするの流さん? 森に逃げる?」
「森に逃げる……か」
それも一つの手だろう。
あのゴブリン達は、村人達を襲う事に集中しているし、今ならば安全に、ミルンと逃げる事が出来る。
「どうする?」
ミルンがジッと、俺の顔を見ている。
まるで、何かに期待するかの様な、その力強い眼差しに、俺はどう応えるべきだろうか。
「俺に、あのゴブリンと戦う力なんて、ないぞ」
「なんでですか?」
「何でってそりゃぁ……」
唯の一般人ですから。
意味も分からず、豚野郎に追いかけられて、不様に逃げ回る事しか出来ない、唯の中年ニートに、何を望んでいるのだろう。
「ミルンのお家を壊した、あんなに凄い魔法があるのに、ゴブに勝てないの? なんで?」
「っ……魔法か」
確かに、ミルンのボロ小屋を消炭にした、あの意味の分からない魔法ならば、ゴブリンの群れなんて、一発で消し飛ぶだろう。
あの魔法を使えれば、簡単な事だ。
使えればねっ!
「使い方……分からないんだけどなぁ……」
「為せば成るっ」
「為さねば成らぬ何事もって、何でその言葉知ってるの? こっちにもその言葉があるのか」
「"ママ"に教えてもらったっ」
六歳児にしては、妙に難しい言葉を知っているのは、ミルンのママが教えたからなのか。
ならそのママは、どこに居るのか。
ミルンがあの川の近くで、一人だった事を考えれば、分かりきった事ではある。
恐らくは、もう居ないのだろう。
「流さん?」
「っと、そうだな……」
六歳児のケモ耳幼女に、ここ迄言われるか。
「ふぅ……分かった。俺の負けだ負け……助けに行けって言うんだろ? こうなりゃヤケだ……っ、徹底的にやってやるわあっ!!」
「勝負はしてませんっ」
「分かってるっての」
幸いな事に、アレはまだ立っている。あの上からならば、そこそこ安全を確保した上で、魔法を使う事が可能な筈だ。
『ギギャアアアアアアッ!』
『ギギギッ!』
「っ、こっちに気付きやがったっ!? あそこまで走るぞミルンっ! 怪我するなよっ!」
「分かってますっ!」
大量のゴブリンVS中年男とケモ耳幼女。
しくじったら、ガチであの世行きとか、異世界ってこんなにも、殺伐としてるんだなぁ。




