第127話 異世界からの逃亡。逃げるが吉。
不可能ではない。
如月栞という存在がいる。
間違いなく、現実へ帰還できる。
「ってか。道理で現地民の連中がやたらと強いと思ったよ」
瓦礫の山に腰を下ろし、オレは空を仰ぎながら吐き捨てた。
「考えたくもないけど、過去にこの世界にやってきた異世界チートたちが、やりたい放題にハーレムを作って遺伝子をばら撒いた結果ってことだろ。つまり、このドミナスって世界は……『異世界チートハーレムの成れの果て。ポストアポカリプス』ってことかよ」
その言葉に、選帝侯の子たちが苦い顔をした。
「それで、どうするの? アタシたちを止める?」
栞が、シグルドやヴァルラたちに向かって静かに問いかけた。
シグルドは、手にしていた槍を瓦礫に突き立て、首を横に振った。
「いや。今回の件は……俺たちにとっても恐ろしすぎる。異邦人のもたらす狂気は、もうこりごりだ」
「それにぃ」
ヴァルラが、珍しく真面目な顔でため息をついた。
「あの『時祷書』を使った神格化システム……正直言って、私たち若い世代は、誰も快くは思っていませんでしたのよ。そのせいで帝国の政治が腐敗しきっていたのは、紛れもない事実ですわ」
「ランルフのオッサンの主張も、ある意味じゃ間違いじゃなかったってことだ」
ユリウスが、自嘲気味に鼻を鳴らす。
「それに……」
シグルドが、栞とオレを見た。
「ルカが生きている。それに凜と、如月栞。この世界の血を引くお前がいるということ。俺たちの体制を立て直す鍵は、残っている」
「それも、駆の『吉』の跳躍に賭けるしかないけどね」
栞が肩をすくめる。
「でも、おそらく大丈夫よ」
オレは、頭を掻いた。
「あー……。雄大の馬鹿は、置いていくしかない、か。いや、ある意味じゃあいつの夢だった『異世界でチートハーレム』が叶ったんだ。本望だろうよ。……それより、玲たちはいいのか? 本当に帰って」
「あの時間に戻れるなら、な」
玲が、自分の右腕の黒い装甲を見つめながら言った。
「それに、こんな殺し合いのスキル、現実には必要ない」
「俺も、このゴツい見た目は流石に嫌だからな。早く元の身体でゲームしてぇよ」
剛が、重い鎧を叩いて笑う。
「だってウチ、早く着替えたいもん! お風呂も入りたいし!」
舞が大きく伸びをした。
「わたくしは、あちらの世界でも特に変わりませんわ。いつでも美しく、わたくしらしく生きるだけですもの」
蹴鞠が、扇を広げて優雅に微笑む。
「相変わらずだな、お前ら」
オレは笑って、それから視線を移した。
「で、凜はどうするんだ」
「ルカ……」
凜が、心配そうにルカの顔を覗き込んだ。
「どうでしょう……」
ルカが、寂しそうに微笑んだ。
「父上も亡くなり、家族もいなくなってしまいましたから。私はこれから、一人で帝国を……」
「私が、家族じゃ、だめ?」
凜の真っ直ぐな言葉に、ルカが目を丸くした。
ルカは栞と同じ能力。読み解くが吉。
即ち——
「え……。い、いいんですか?」
「うん。私がルカの騎士に、家族になる」
凜が力強く頷いた。
ルカの瞳にようやく、ほんの少しだけ光が戻った。
「これで、時祷書を読める人間がいなくなるわね」
栞が、分厚い本をルカの手にそっと返しながら言った。
「関係ありませんわぁ」
ヴァルラが微笑む。
「時祷書が読めなくなったところで、私たちに流れる血のスキルがなくなるわけではありませんしぃ」
「拙も……です。拙のこの口癖の悪さも、本のせいです」
「それは本のせいじゃないよー、ユニ姉ぇ」
ヴコルは楽しそうにしている。
シグルドは肩をすくめて、槍を担ぎ直した。
「お前の『おそらく大丈夫』という言葉、本当なんだろうな」
「ええ。信じていいわ」
栞が、涼しい顔で頷いた。
◇
出発の準備が整うまでの間。
オレは、エヴァンやシオン、セルノ、フィオナ、そしてヴォルフたちと向き合った。
みんな、泣きそうな顔をしていた。
「行っちゃうの、カペー」
シオンが、オレの服の袖をギュッと掴む。
「ああ。オレたちは、オレたちの世界に帰る。なんていうか、これ以上は迷惑かけられないしな」
オレが言うと、フィオナがぽろぽろと涙をこぼした。
「迷惑じゃないですぅぅ」
ヴォルフが、フィオナの頭をポンポンと優しく撫でながら言った。
「お前も泣くのは勘弁してやれ。駆たちには、あっちの世界に家族がいるんだぜ」
「それを言われると。フィオナとヴォルフは家族がいな……」
「俺たちもせっかく会えた兄妹だしな」
「そうね。お兄ちゃん」
「……はぃ?」
小さな食事会の日。
ヴォルフはこそこそとセルノに
『イルゼという名前の少女を探して欲しい』
と頼み込んでいた。
「名前が変わっていたので、見つけるのに本当に苦労しましたよ」
セルノが、やれやれといった様子で苦笑いする。
すると、横にいたイルマが腕を組んでウンウンと頷いた。
「フィオナを拾った時、名前をきいとらんかったからの。成程。事情を知ってイルゼに直そうとも思ったが」
「イルマさまと名前被りしそうだったので、フィオナのままでいいですってお願いしたんですぅ」
フィオナが、少し照れくさそうに笑った。
戦場での奇跡の再会、親切すぎる引き取り手、さらにはまさかの「名前被り回避」という怒涛の伏線回収。
フィオナの忘れ物の回、彼女はまだ、三歳。その場で両親は死亡。
そこをイルマに拾われた。当時のフィオナは記憶が三歳にして心神喪失。
フィオナという名前はイルマがつけたらしい。
そしてヴォルフ。
彼は妹の存在を匂わせていた。
だが、彼は幼少期にスキル的な才能を見出されて、徴兵されたとも言っていた。
「可愛いってそういう可愛いかよ……。いや! フィオナは可愛い……けど」
「だから言ったろ」
「お前が言った可愛いは、赤ちゃんへの可愛いだろ」
あまりにも見事な裏設定の着地を見せつけられた。
オレは思わず天を仰いで叫んでいた。
「んー、やっぱりエピローグ的、ご都合主義!」
オレのメタなツッコミに、みんながキョトンとした後、一斉に吹き出した。
フィオナが赤い目をこすりながら言う。
「うー。勇者様たちの新たな伝説を、私たちが語り継いで残しますぅ」
オレも、気がつけば泣き笑いみたいな顔になっていた。
メタなツッコミを入れたくなるようなご都合主義だって、今は最高に愛おしい。
「そういえばさー。駆とヴォルフってデキてたんじゃなかったんじゃんー」
「どこをどう見たら、そうなるんだよ。ヴォルフが攻めで、オレが受け。そんなわけ……」
「ううん。逆じゃん。駆が攻め」
「はい。却下。どっちみち、却下」
こんな舞の乱入もあった。
でも、彼女にそんな腐り系芸術を教えた彼女は、ヤンデレが吉に目覚めて失踪したまま。
「駆。俺たちはお前がいなければ、こうして家族と笑い合うこともなかった」
「ヴォルフもフィオナも。カペーが繋げた」
「ついでに言うと。ラトン人たちもセルノとイネスを中心に集まり始めているらしいぜ」
悪い事ばかりではなかった。
少なくとも、王侯貴族が用意していないゲーム外での話だけれど。
そこでオレは気付いた。
「異邦人と異世界人の絆……か」
レベルアップのスキルボーナスはなくとも、見えないステータスは高くなっていく。
現地民つえぇ、ではなく——
いや、こういうのは後の考察に任せよう。
流石に、無粋ってものだ。
「元気で……っていうのもおかしいけど。時間が固定されてるらしいからな。とにかく……ありがと。お前たちのこと、オレ、絶対に忘れない」
そして、オレたちは、順番に抱き合って別れを告げた。
◇
大聖堂の中央。
栞とルカが協力して時祷書の記述と魔宝石の力を共鳴させた。
読み解く力で、歪を探すらしい。
空間に大きな『時空のひずみ』——量子跳躍のゲートを見極め、そしてこじ開けた。
そのひずみの前で、栞が自信たっぷりに胸を張った。
「準備はいい? 駆の『逃げるが吉』、いつの間にかレベル6になってたし、絶対に届くわ」
「……え、レベル6? いつの間に?」
オレが素っ頓狂な声を上げると、横から蹴鞠がニヤリと笑った。
「現地民との『縁』が深まると、レベルが上がるのでしたわよね。……栞……さん? いつ、どのような縁を深められたのかしら?」
「……し、知らないし!」
栞が、耳まで真っ赤にして顔を背けた。
ルシアには『ソーサラー』としか翻訳されなかったが、栞の先祖はこの世界の人間。
つまり……
え?
「駆。今は集中させて!」
そもそも、レベル6が存在した事実。
どう考えても、エンディングだ。
「準備……いい?」
誤魔化すように叫ぶ栞を合図に。
オレの『逃げるが吉』の跳躍力を信じて、オレの身体に全員がしがみついた。
玲が肩を組み、剛が背中にしがみつき、舞が腕を引き、栞がオレの手をしっかりと握る。
「リーフ。しっかり掴まっていてくださいな」
蹴鞠が、当たり前のような顔で言った。
「うん! わかった!」
小柄な少女が、蹴鞠の腰にギュッとしがみつく。
「えええええええええええええええっ!?」
オレは、目ん玉が飛び出るかと思うほど驚愕した。
「ちょっと待て! なんでリーフがついて来てるんだよ!」
「リーフは身寄りがないと言っていましたもの。わたくしの家で、立派なレディに育て上げますわ!」
「いやいやいや、戸籍とかどうすんだよ! 異世界人だぞ!?」
「細かいことを気にする男はモテませんわよ! さあ、駆! 飛びなさい!」
考える時間は、もう一秒もなかった。
オレは、半ばヤケクソで足に力を込めた。
内燃機関のゼンマイが、今までで一番大きく、限界まで巻き上がる音がした。
そして、栞とルカが開いた時空のひずみへと向かって、思い切り地面を蹴り飛ばした。
光の奔流の中に飛び込んだ瞬間。
無重力のような感覚の中で、オレはふと思った。
そういえば。
こっちの世界に来てからずっと、オレの身体の奥底で鳴り響いていた警鐘は、絶えず『逃げろ』って言っていたっけ。
それだって、自動翻訳を通した言葉だ。
これは、きっと逃亡じゃない。
全員を、仲間を、一番大切な場所に連れて行く。
神様の粋なはからいの『おみくじ』だった。
——たぶん!




