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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
最終章 逃げるが吉

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第126話 世界観のお披露目ターン

 吹き飛んだ大聖堂の瓦礫の中。

 村田がオレの膝蹴りで気絶し、事態が急速に収束へと向かっていく。

 その中、凜に背負われたままのルカが、まだ虚ろな目で宙を見つめていた。


「……ルカが、もう限界みたい。わたしには、どうしようもなくて」


 凜が、悲痛な声で言った。

 ルカの精神は、父親の死と、三百六十五人の死者のリストを強制的に読み上げさせられたことで、完全にすり減っていた。


「アタシも読みたいの」


 栞が、凜に近づきながら言った。


「貸して。アタシが読むわ」


 栞は、ルカの手から分厚い革張りの『時祷書』を受け取った。

 先ほどまではレベル4で情報にプロテクトがかかり、読めなかった本。

 だが、今の彼女はレベル5だ。青い瞳が、ページの上を走る。


「確かに十人に一人。読み解くスキルを持っている……でも」


 彼女は、三百六十五人の記録をものすごい速度でパラパラと読み飛ばしていった。


「……ないわね」


 栞が、顔を上げて言った。


「三百六十五人の記録。そのどれにも、『逃げるが吉』というスキルの記載はないわ」


 宝石が散りばめられた本を閉じる。

 そして、少し目をつむった。


「……駆。その順番がおかしいけど」


 栞の青く光る瞳が薄らと開く。

 そして、怪訝な顔でオレを見た。


「じゅ……んばん?」

「いいから。駆の羊皮紙を教えて。アタシに読ませて」


 オレは、リュックに突っ込んでいた自分のクシャクシャの羊皮紙を取り出した。

 栞に渡す前に、オレは自分で文字を読み上げた。


「えっと……逃げ性能は最初から数えて+200%。つまり三倍の速さで逃げられる。当たらなければ、どうということはないな」

「……それだけ?」


 栞が、眉を顰める。


「それだけっていうか……。あ、『斜め移動のジャンプ距離を伸ばしました』って書いてある。だからなんでオレのだけ、ゲームのアプデ報告みたいなんだよ」


 オレがボヤいた瞬間、周囲にいた玲や舞、剛たちの顔色が変わった。

 凜以外の全員が、ある『異変』に気づいたのだ。


「……いや、待て」


 玲が、困惑した声を出した。


「羊皮紙は、他の人間には『読めない』はずだろ?」

「そうだよ。だからさっき、読めないって言ってたじゃん」


 舞が続く。


「さっきお話があったでしょう?」


 蹴鞠が、扇で栞を指した。


「『時祷書』の異邦人の文字を、ルカ殿が読めたように。栞も同じ『読み解くが吉』を持つなら、他人のステータスも読めるはずですわ」


 そこで栞は、少し黙ってから、バツの悪そうに言った。


「……他人のステータスや心の中まで読めるって知られたら、嫌がられると思って」


 彼女なりの、パーティを円滑に回すための隠し事だった。

 合理主義の彼女らしい配慮といえば配慮だ。


「あー、オレも最初そうだったし。気持ちは分かる」


 オレは羊皮紙を差し出した。


「でも、今はいいぞ。読んでくれ。マジで酷いアプデ内容だから」


 栞が、オレの羊皮紙を受け取り、光る瞳で『読み解き』を始めた。


 その瞬間——


 栞の目が、信じられないものを見るように見開かれた。


「……駆。アナタ、量子跳躍、量子ジャンプって言葉は知ってる?」

「少……年? ジャンプなら勿論知ってるぞ……」


 沈黙。

 大聖堂に、絶対零度の冷たい風が吹いた。


「本人が認識可能な言葉にしか、翻訳されない。それは知ってるわよね……? 駆の頭の中はどうなってるのよ、ホントに」


 栞が、額を押さえて深いため息をついた。


「それと、この時祷書と駆のスキルから、二つ分かったことがあるわ」


 栞の顔が、極めてシリアスなものに変わった。


「誠司と美咲を呼んでもらえる? 早急に」

「す、直ぐに手配します!」


 セルノが、神妙な顔で駆け出していった。


「それと、誰でもいいから。帝国の宝物庫にある『十次元の魔宝石』を残らず全て、持ってきてもらえるかしら」

「俺がいってこよう」


 瓦礫の上に座り込んでいたシグルドが、ゆっくりと立ち上がった。


「まだ、この槍は使えるからな」


 彼はそう言って、帝城の奥へと向かって走り出した。


 しばらくして。

 戦禍が落ち着き始めた大聖堂の瓦礫の中に、奏と日向を除く、ほぼ全員が集結した。

 外では、選帝侯の親世代と、ランルフ辺境伯、そして女王ルシアの身柄が確保され、フィニスの正規軍と帝国軍の間で一時的な停戦と引き渡しが行われていた。


 シグルドが持ち帰った、鈍く光る巨大な宝石『十次元の魔宝石』が、栞の前に置かれた。

 そして、栞が『時祷書』の解読結果を話し始めた。


「あの……わたしには、まだその魔宝石の仕組みも、時祷書の深奥も読めません」


 ルカが、少しだけ正気を取り戻した虚ろな声で言った。


「無理もないわ」


 栞が、静かに答えた。


「この自動翻訳システム自体が、過去の異邦人の手で作られた技術よ。十次元の魔宝石を用いての。 この自動翻訳ありきで作られている。 言葉の意味を『知識』として知らなければ、ルカでも解き明かすことはできない」


 栞は、帝国が『異邦人を呼ぶ力しかない』と信じて崇めてきた『十次元の魔宝石』を見つめて、思考を巡らせた。


「これも……ね」

「説明して頂けますか?」


 ルカの問いに、栞は頷いた。


「『読み解く』力は、異邦人の中でそんなに珍しいものじゃないわ。この時祷書の記録を見ると、一定の間隔で必ず登場している。そして、その全員が、この世界の仕組みを読み解こうと足掻いてきた」


 その三百年にわたる異邦人たちの知識の積み重ねが、一つの事実に到達していた。


「折りたたまれた七次元が、跳躍によって反転する……それが、この世界で呼ばれる『スキル』の正体よ」


 栞が、時祷書に挟まっていたボロボロの一枚の古い羊皮紙を指し示した。


「『神が御子を遣わした。亜空より現れた。始まりの地に聖堂を建てん』。……名前すら載っていない。最初の異邦人だから、ステータスを示す羊皮紙を渡すシステム自体がまだ構築されていなかったのね」


 栞が、分厚い本を閉じてオレを見た。


「この時祷書に、駆の『逃げるが吉』の記載が一切ない。その時点で、可能性は二つに絞られるわね」


 オレを見られても、と思った。

 すると栞はジト目で睨み返した。


「一つは、駆のスキルが過去数百年間、いえ、千年以上。誰一人として発現しなかった、全く新しいオリジナルの力である可能性」

「そうか……もう一つは?」


 玲が身を乗り出す。


「過去に同じスキルを持った人間がいて。——その人物が、元の世界へ『帰還』したから。だから、死後に回収されるはずの羊皮紙が、この帝国に残っていない可能性よ」


 大聖堂が、水を打ったように静まり返った。


「駆の『逃げるが吉』の量子跳躍。その次元の歪みを使えば、みんな元の世界に帰れるかも」

「……その保証は、あるのか?」


 玲が、震えるような声で聞いた。


「これはもう、吉としか」

「吉?」

「『吉』って、いいことでしょ?」


 栞が、ふっと笑った。


「逃げるが吉の跳躍に、賭けるしかないわね。駆」

「いや、待てよ。帰ったところで大変なことになってんじゃね? オレたち、こっちの世界に来てから一年は経ってるよな。行方不明扱いだぞ」


 オレが現実的な懸念を口にする。


「それは大丈夫よ」


 栞が、時祷書と魔宝石を指差した。


「過去の異邦人たちが、十一次元までを探していた記述がある。でも、彼らは『十次元の魔宝石』まで手繰り寄せられなかった」


 はい。また、睨まれた。


「マジッククローゼットの件もあるでしょ」

「マジッククローゼット?」


 玲と剛が、同時に首を傾げた。


「このシミ、見て」


 栞が、自分の服の袖口を指した。


「さっき、やっぱり怪我をしていたのか?」


 オレが聞く。


「よく見て。……やっぱ見ないで。エナジードリンクを、冬コミケの前日にこぼしたの。帝国のマジッククローゼットにこの服を入れると、色あせるどころか、こぼした瞬間の色に戻るの。彼らが敢えて『十次元』と名乗っている以上、この世界の跳躍において、時間軸は存在しないと考えるべきね」


 オレは、ハッとした。

 エレイナス山を越える時、栞が意味深なことを言っていたのを思い出した。

 彼女はあの時から、この世界の時間のズレや次元の不自然さに気づき始めていたのだ。


「元の時間に戻れる可能性が極めて高いわね」


 栞の結論に、皆の顔に希望の光が差した。

 だが。


「……俺たちは、帰れない」


 呼び出されていた誠司と美咲が、重い声で口を開いた。


「どうしてですの? 帰れるかもしれないんですのよ?」


 蹴鞠が身を乗り出す。

 誠司は、隣に立つ美咲の肩を抱き寄せ、苦しげに言った。


「この一年で……美咲が、妊娠したんだ。俺たちが正規軍に残ったのも、本当はそれが理由だ」

「えっ……ヤッてたんだ」

「ヤッてたとか言うな。ギャルか、ギャルだったわ」


 舞が絶句した。オレがツッコんだ。


 誠司は冷静に受け流して、苦笑いしてこう言った。


「栞の言う、次元が反転する跳躍……その強力な負荷が、胎児にどんな影響を与えるか分からない」


 美咲も同じく、柔らかい笑みを浮かべていた。


「そこまで待ってもらうのは悪いし。赤ちゃんの発育を考えたら……ね」

「だから、俺たちは帰れない。この世界で、生きていくしかないんだ」


 流石にこれ以上は誰も、言葉を発せられなかった。

 命がかかっている以上、無理に連れて帰ることはできない。

 生まれて、その後のことまでちゃんと考えていた。

 彼らはすでに、この世界で親になる覚悟を決めていたのだ。


「吾輩も、帰らなーいー!」


 誰かの声がする。

 瓦礫の隅に転がっていた村田が、やけっぱちのように叫んだ。


「まだ左手が疼くんでござる! 英雄は帰らないのでござる!」


 強がっているのか。

 それとも——


 あー、コイツの場合は魔法が使えなくなるのが、純粋に嫌なんだろう。


 そして、日向。

 彼女はすでに、血だらけの奏を連れて大聖堂から姿を消している。


「私がここだと距離を詰めて良いって言っちゃったから……」


 狂愛に沈んだ彼女が、元の世界に戻ることを望むはずもなかった。

 加えて、舞と蹴鞠が衝撃的な発言をした。


「奏って絶対にアイツじゃん。 噂の炎上メロディじゃん」

「こっちのハーレムは、村田雄大に譲ったとか、口走ってましたものね。 帰ったら訴訟祭りですわ」


 SNSで噂のコスプレイヤー、だろうという話。


 そういえば、栞が帰ることが出来る、という発言をした後で、奏は豹変した。


「訴訟も、ここでは心配要りませんね」

「日向ちゃんの回復魔法があるしねぇ」


 ——死ぬまで回復してもらえる。


 それはそれで、幸せ……かもしれない。


「ってこと。分かった、駆」

「ん。要するに、友情、努力、勝利ってことだな」

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