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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
最終章 逃げるが吉

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第125話 この異世界はヤンデレに優しい

 オレの超音速の膝蹴りが、村田の顔面にクリーンヒットした。

 鈍い破裂音が響き、村田の身体が玉座ごと後方へ吹き飛んでいく。


 その瞬間だった。

 大聖堂に狂気のように響き渡っていた奏のリュートの音が、ピタリと止まった。


 次いで——。


 オレの体が「逃げろ」と訴えた。


「みんな、逃げろっ!」


 そのまま、中にいた女たちに向かって叫んだ。

 やはり、音の力で洗脳されていたらしく、戸惑いながら目を覚ます。

 知らない場所にいて、何故か半裸。

 パーカー男が一人伸びていて、もう一人のパーカー男が叫んでいる。


 脱兎のごとく逃げるに決まっている。


 オレも村田の体を背負った。

 強く体が訴える。


「逃げろってか。なんかヤバいっ!」


 そして、弾けるように走った瞬間だった。


 ズドォォォォォォンッ!!


 天地がひっくり返ったかのような轟音が鳴り響き、大聖堂の分厚い天井が、文字通り完全に崩落した。

 ステンドグラスが雨のように降り注ぎ、粉塵が大広間を覆い尽くす。


「な、何事ですの!?」


 女王ルシアが、優雅な扇を取り落とし、パニックに陥った声を上げた。


 吹き抜けになった天井。その瓦礫の山の上から、巨大な顔が覗き込んでいた。

 一つ目の巨人——ヨトゥンだ。


「あらあらぁ。歴史的建造物が壊れてしまいましたぁぁぁ」


 瓦礫の上から、のんびりとした、だが圧倒的な強者の声が降ってきた。

 白金の髪を揺らすヴァルラだ。


「俺のグラビティコントロールで、ヨトゥンを軽くしたからだろうが。落下の衝撃だけをピンポイントでな」


 ユリウスが、俺様な態度で鼻を鳴らす。


「その巨大な破壊音を無効化したのは、私の夫であるルイスの力ですわよ。皆さん、感謝なさい」


 マリアが、扇を口元に当てて上品に笑う。


「おいらのグールも、下から地盤を崩したしー!」


 ヴコルが、無邪気な声で足元の暗がりから顔を出した。


「……拙が、この空間の空気の流れを完全に遮断したからです。だから音が漏れなかった。拙以外は全員、役立たずです」


 白い髪に薄い虹彩のユノが、幸薄そうな顔のまま、最も冷酷な毒を吐いた。


 選帝侯の子たち、全員参加の強襲だった。

 上からは巨大なヨトゥンが睨みを効かせ、下からは無数のアンデッドが湧き出してくる。


 そして、奏のリュートが止まったことで、大聖堂に満ちていた洗脳の魔力が完全に霧散した。

 床にひれ伏していた女たちが、次々と目を瞬かせて顔を上げる。


「……え、あれ。精霊がいっぱい……ここ、どこ?」

「カペー様!? 私、盾を手放して……!」


 シオンが不思議そうに首を傾げ、リーフが我に返って慌てて大盾を拾いに行く。

 エヴァンも、フィオナも、完全に正気を取り戻して戸惑っていた。


「くっ……! ええい、一度引きますわよ!」


 状況の決定的な不利を悟ったルシアが、ドレスの裾を翻して祭壇の奥の隠し通路へ逃げ込もうとした。

 だが、その足がピタリと止まった。


「動くな」


 隠し通路の入り口。

 ルシアの鼻先数センチの壁に、鋭い槍の穂先が深々と突き刺さっていた。

 いつの間に回り込んでいたのか、シグルドが冷たい目で女王を見下ろしている。


 帝国法において、異邦人は保護の対象だ。だが、現地民である王族を殺してはならないという法律はない。動けば殺す。その殺気が、シグルドの槍から明確に伝わっていた。

 女王ルシアのゲームセットだった。


 全てが終わった。

 誰もがそう思った、その時。


 ポロン……と。

 再び、静かにリュートの音が奏でられた。


「で、駆。勝った……って思った?」


 瓦礫の影から、奏が涼しい顔をして歩き出してきた。


「は?」

「それ、フラグだよ。音を消せる? それはボクのチートだ」


 オレが身構えた瞬間、背後から「あっ!」という悲鳴が上がった。

 振り返ると、いつの間にかルカが、日向に背後から捕まっていた。

 日向の震える手が、鋭い短剣をルカの首筋にピタリと当てている。


「日向……っ!?」


 ルカの護衛をしていた凜が、信じられないものを見るように手で口を覆った。


「『読み解くが吉』……帝国の鍵になるあのスキル、一人だと駄目なんだよね」


 奏が、リュートを弾きながら肩をすくめた。


「だって、栞は遠からず日本に帰っちゃうから。だからルカ君は、ボクたち王国側で確保しておかないとね」

「奏、お前……日向を操って……!」

「ハーレムなんて飽きてるから、村田に華を持たせたのにさ。本当に使えない。やっぱ駄目だな、オタクは」


 奏が、気絶している村田を一瞥して冷酷に吐き捨てた。


「オレが——」


 オレが【ひだりためみぎにゅうりょく】で奏との距離を詰めようと踏み込んだ瞬間。

 栞が、オレの腕を強く掴んだ。


「駄目。村田みたいに油断してないわ。それに……日向も、レベル5になってる」

「は……?」


 オレは足を止めた。

 見れば、玲や剛、舞たちも、顔を真っ青にして日向を見ていた。


「日向……嘘だろ、お前まで奏に操られてるのか!?」


 剛が、盾を放り出したまま悲痛な声で叫んだ。


「日向ちゃん、やめて! お願いだから短剣を下ろして!」


 舞が泣きそうな声で懇願する。


「奏……貴様、それでも男ですか!」


 蹴鞠が扇を握り潰さんばかりの力で睨みつけるが、奏は涼しい顔を崩さない。


「動くな。日向の首切りは、俺の光刃より速いかもしれない」


 玲が、歯軋りしながら仲間たちを制止した。

 周囲を囲む選帝侯の子たちも、不用意に動けなかった。

 彼らはルシアを逃がさないように包囲を固めるので手一杯であり、何よりルカの命が握られている以上、手が出せない。


 大聖堂の全員が、日向を見送るしかなかった。


 日向は、ルカの首に短剣を当てたまま、ゆっくりと、ふらふらとした足取りで奏の方へと移動していく。


「日向! もう、止めてっ!」


 凜が、涙声で叫んだ。


「止めなくていいって、言ったじゃん!」


 日向が、突然怒ったような、甲高い声で叫び返した。


「ルカは、関係ないでしょ!」

「距離とらなくていいって、凜ちゃんが言ったじゃん!!」

「謝るから! 私が悪かったから! でも、ルカは——!」


 二人の間にあった過去の確執なのか。恋愛の縺れなのか。オレには分からない感情の応酬が響く中、日向はとうとう、奏の隣まで辿り着いた。


「よくやった。いい子だ」


 奏が、慈しむような笑顔で、日向の髪を優しく撫でた。


「距離を詰めても……怒られない!」


 日向が、恍惚とした表情で笑った。


「え……?」


 奏の笑顔が、一瞬だけ固まった。


「奏くんは……私のもの」


 ズブッ。


 生々しい肉を裂く音が、大聖堂に響いた。


 日向の握っていた短剣は、ルカの首を切り裂くことなく——真横にいた奏の腹に、根元まで深々と突き刺さっていた。


「か……は……っ」


 奏の口から大量の血が溢れ、彼の手からリュートが滑り落ちた。

 糸の切れた人形のように、奏が膝から崩れ落ちる。


 静まり返った大聖堂に、日向の甘ったるい声が響いた。

 洗脳などされていない。完全に彼女自身の、壊れた意志のままの声だった。


「大丈夫? 奏くん! 今すぐ『祈るが吉』で治すからね」


 日向は、奏の腹に短剣を刺したまま、ルカを拘束していたもう片方の手をパッと離した。治癒魔法をかけるために、両手を奏の身体に当てるためだ。

 つまり、人質だったルカが、完全にぽつんと自由になった。


 その瞬間、黒い疾風となって凜が動き、ルカの身体を奪い返すように回収した。


「日向……」


 凜が、恐怖に顔を引き攣らせて呟く。

 だが、日向はもう、周囲の誰のことも見ていなかった。ただ、血を流して倒れる奏だけを、愛おしそうに見つめている。


「奏くん。大丈夫。動けなくなっても、すぐに回復するから。何度でも治してあげる」

「ひ……」


 奏の端正な顔が、見たこともないほどの恐怖に歪んでいた。這いずって逃げようとするが、日向の手がそれを優しく押さえつける。


「動かないで。おっきな動脈が傷ついちゃう」

「…………ッ」


 奏が、声にならない悲鳴を上げて凍りついた。


 日向は、ゆっくりと振り返り、凜の方を見た。

 そして、ひどく純粋な笑顔で言った。


「凜ちゃん。ありがと。私も一歩、踏み出せた」


 そして、日向は血だらけの奏の身体をズルズルと引きずりながら、崩れた大聖堂の奥の瓦礫の影へと、ゆっくりと消えていった。

 引きずられる奏は、声一つ出せずに絶望的な目でオレたちを見ていたが、誰も助けようとはしなかった。


 ……助けられる空気じゃなかった。


 完全な静寂が落ちた大聖堂で。

 オレは、引き攣った顔のまま、ボソッと呟いた。


「こ……わ。……じゃなくて。奏自身が、負けフラグ吐きまくってんだよ。……にわかが。オタク、舐めんな」

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