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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
最終章 逃げるが吉

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第128話 ただいま、冬コミケ

 光の奔流が収まると、そこはいつもの見慣れた景色だった。


 アスファルトの匂い。

 遠くで鳴る車のクラクション。

 空調の室外機が吐き出す生ぬるい風と、どんよりとした冬の曇り空。


 カタ……カタカタカタカタ…………


 どこかで聞いた音がオレの中からした。

 異世界で羊皮紙を渡されて、その時に鳴っていた音。

 異世界跳躍で伸びきった七次元が、折りたたまれていく音だ。


 オレは、自分の両手を見下ろした。

 異世界でついた無数の傷跡も、泥汚れも、生き残るために引き締まっていた身体も、すべてが元通りになっている。

 着ているものも、あの理不尽な世界へ飛ばされた日と同じ、普通のオタク姿だった。


 全部、戻っている。

 あまりにもあっけない帰還だった。


 オレは一瞬、「全部、長くてリアルな夢だったんじゃないか?」と思った。


 でも、すぐに首を振る。


 オレの隣には、いつも一緒に馬鹿をやっていた親友——雄大の姿がない。


 あいつは、あっちの世界に残ることを選んだ。

 ポッカリと空いた隣の空間が、あの一年が、あの泥臭い逃走劇が決して夢ではなかったという何よりの証拠だった。


「そういえば……」


 栞は、二度と同じことが起きないように、と。

 十次元の魔宝石を全て、オレのリュックに詰め込んでいた。


「時間軸が違うから? ……ボロボロに崩れてる」


 砂まみれのリュックの中身。

 もう一度買い直さなきゃ、とは思えなかった。

 その中で一つ、パンフレットのような何かを摘まみ上げる。


 それを持った瞬間に、サラサラと崩れていった。


「何も……残らない……」


 オレは少しだけ、感傷に浸った。


 雄大のやつ、今頃どうしてるかな。

 あのオタクの早口で、本当にハーレムを満喫してるのか。


 ぼーっと空を見上げていると、後ろからオレを呼ぶ声が聞こえた。


「駆」


 振り返る。

 黒い髪の毛に、青色のメッシュ。涼しげな瞳。


 如月栞だった。


 その後ろには、いつものゲーミングウェアを着た玲や剛がいた。

 スマホをいじり始めた舞、優雅に扇をあおぐ蹴鞠の姿があった。

 そして、甲斐甲斐しく世話を焼いている凜の姿があった。


 ルカの隣で。


 夢じゃない。ちゃんと帰ってきた。


 で、そこにはキョロキョロと怯えたように現代の街並みを見渡している、リーフとかいう、異世界人も一緒にいるわけだけど。


 リーフとルカ。どう考えたって、日本じゃ浮く。

 でも、ここは運よく、冬のコミケ会場だ。

「あの子かわいい」「再現度高ぇ」と興味は引くが、不審人物だと思う人間はいない。


「ぼーっとしないで。決めること、まだまだあるんだから」


 栞が、いつものように呆れたような、でもどこかホッとしたような顔で言った。

 現代日本に連れてきてしまった異世界人二人。


 彼と彼女の戸籍をどう誤魔化すか。

 居なくなった人間が、どんな扱いになるのか。

 現実に戻ってきた途端、片付けなきゃいけない現実的な問題は山積みだった。


「そうですのよ」


 蹴鞠が、扇でトントンと自身の胸元を叩いて自信満々に言った。


「異世界人の二人くらい、わたくしの実家でどうとでも揉み消してみせますわ。ここからが、鎌倉から続く九条家の腕の見せ所ですわね!」

「悪い! 俺たちは試合だ!」

「また、あとでな!」


 玲と剛が、スマホで時間を確認するなり慌てたように雑踏へと駆け出していった。

 時間が固定されているとはいえ、彼らはプロだ。

 失踪騒ぎの確認や、すぐに迫っているであろう現実の予定へと戻らなければならないのだろう。

 舞もそれに付き合うように、手を振りながら二人の後を追っていった。


 相変わらずだな、あいつら。


 オレは、自分の身体の奥底に意識を向けた。


 ……静かだ。


 カチッ、というゼンマイの音も、あの不気味な生存本能の警鐘も聞こえない。

 スキルは、きれいさっぱり消えていた。

 逃げるだけの力と、触れたものをクラッシュさせて事故を起こす理不尽な加速。

 あんな危険なもの、平和な現代日本には必要ない。


 ない方が、絶対に幸せに決まっている。


「……って」


 オレは、さっきの蹴鞠のセリフを頭の中で反芻し、思わずいつもの調子でツッコミを入れた。


「九条家は、室町からだろ!」


 オレたちは、生きて現実に戻ってきた。


 あっちとこっちでは、時間軸が違う。

 かと言って、向こうの時間が止まっているわけじゃない。


 あっちにはあっちの歴史がある。

 ハーレムチートのポストアポカリプスの世界は今もファンタジーが続く。

 村田やシオンたち、そして奏を連れて消えた日向たちが、新しく自分たちの時間を紡いでいくのだろう。


 あの時、偶々、重なっただけ。

 もう二度と交わらない、遠い次元の世界。


「ツッコミが甘いわね」


 でも、オレは絶対に忘れない。


「そんなことないって。っていうか」

「言葉の問題……?」

「そう! どうするんだよ」


 全力で逃げて、逃げて、逃げ続けた異世界での日々。


「アタシがいる以上、問題ないってことよ」

「それは……確かに?」


 十次元の魔宝石は完全に失われた。

 もう、違う時間軸、違う位相。


「カケル……シオリ……ケマリ……」

「やはり、違いますわね。リーフはヴァルシア王の王女ですし」


 あぁ、やりやがった。

 結局登場しなかったヴァルシア王。

 父のことを頑なに話さず、母親の復讐だけを考える、万能娘リーフ。


 この最終話で、ずっと隠してきたネタを暴露するヤツ。

 九条家のコスプレイヤーがいて。


「りん!」

「リン……。カゾク……ゴスロリ……」

「ゴスロリは覚えなくていい……」


 謎に意思疎通が可能な、凜とルカもそこにいる。


 まぁ、あれだ。

 あっちの異世界のことは──


「──また別の話?」

「え……思考を読まれた。まさか」


 青い髪がサラサラと前に垂れる。


 黒髪に青メッシュがこっちの姿。

 青髪に黒メッシュがあっちの姿。


 あれ? もしかして、あの青いメッシュは地毛ってこと?


 エナドリを零した萌え袖が翻る。


「そんなわけないでしょ。駆の考えてることくらい。アタシには全てお見通しってこと!」


 繋がった縁は、しっかり残っている。


 ——たぶん!


(最終章完)

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