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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

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第82話 異世界にも歴史あり

 砂がキレイだった。

 足をつけた瞬間、最初に思ったのがそれだった。


「南領の更に端。辺境伯ズュートマルク」

「辺境伯? なんか急にファンタジーだな」

「異世界から来て、勝手にファンタジーとか言うな。ここは帝都とやり方が違う。だから、安全に歩けるんだ」


 ランルフ・フォン・ズュートマルク辺境伯。

 帝国南部のエレイナス山脈から南東の端までを領地にいているらしい。

 因みに神聖ドミナス帝国は中央集権制で、封建社会ではない。


 ただ、辺境伯領だけは、一定の自治が認められているらしい。

 

「帝国にも色々あるんだな」

「面積は同じでも、人口の桁が違う。 ヴァルシア王国とドミナス帝国じゃな。 ここらは宗教もごちゃまぜだ」


 リーフは戦斧を背負い直して、さっさと歩いている。

 ヴォルフは周囲を見渡して、こう言った。


「例えば、ここカノープスだ」

「カノープス?」

 

 海岸から廃村のような漁村に上がって、真っすぐに歩いた。

 そこで奇妙なオブジェを見つけた


 でたらめな高さで石の塊が並んでいる。

 近づくにつれて輪郭が見えてきた。

 柱の残骸だった。

 根元から途中で折れた円柱が、何十本も砂に突き刺さっている。

 屋根を失い、壁もほとんど残っていない。


「古代の遺物だ、そうだ」

「だそうだってなんだよ」


 オレは呟いた。


 見渡す限り、ずっと続いている。

 海岸線の左右、そして内陸に向かっても。

 崩れた石造りの構造物が点々と連なっている。


「エレイン信仰の旧神殿群だ、そうだ」


 ヴォルフが静かに言った。


「だそうだ、言い過ぎだろ。ま……歴史なんてそんなものか」

「そういうことだな」


 オレは改めて左右を見渡した。

 柱が、砂浜の向こうまで続いている。


「地母神エレイン……信仰の発祥地が帝国領って」

「元はラトン人だな。七十二の神殿が建っていたらしい。大陸の東の果てから、西の果てから、巡礼者が船を仕立ててここへ来た」


 イネスもセルノも、カッセの老人たちも。

 祖先はこの辺りに住んでいたらしい。


 オレは、不思議に思った。

 この感情は、きっと間違っているけれど。


 ——異世界にも歴史があって、時が流れている。


「カノープスという名は、航海の目印になる南天の星から取られている。この神殿群が灯台代わりになっていた時代があったということだ」

「あの海だぞ。そんな昔から?」

「俺に聞くな」


 ヴォルフは続けた。声が、少し低くなった。


「ドミナス教が大陸を統一していく過程で、神殿は順番に破壊された」


 リーフが立ち止まった。

 少し寂しそうに、その手を柱にあてた。

 鈴を転がしたような声が響く。


「使える石材は帝都の建設に運ばれた。彫刻は削られた。ドミナス教は、エレインの司祭たちの記録を消した」


 ヴォルフが首を傾げた。

 リーフも首を傾げた。


「最後の神殿が失われたのが、三百年ほど前。破壊が始まったのはもっと前。千年かけて少しずつ、気づいたら何もなくなっていた」

「リーフ、てめぇ。俺より詳しくねぇか?」


 二人を会話を聞きつつ、オレは無意味に想像した。


 帝国がヴァルシア王国にやったことと、同じ手口だ。

 森に魔物を送り込んで、国力を削って、気づいたら吸収されていた。

 やり口が変わっていない。変える必要がないから変えないんだろう。

 千年かけて少しずつ。気づいたら何もなくなっていた。


「文明が何度も終わる。いわゆる終末論……か」

「あ?」


 ヴォルフが眉を顰めた。


「オレが好きなのはラグナロクだな」


 オレは深く頷いた。

 ヴォルフが振り返った。


「終末が好きとか、異邦人は残酷だなぁ」

「ばぁか。名前とか設定の話だよ」

「ラグナ……ロク。 神々の黄昏……?」


 斧を振りかざし、リーフは今は西に見える山に突き出した。

 違和感。いや……正に?


「ヴァイキングの言葉か……」

「うん。駆の自動翻訳のお陰?」

「多分……。こっちの言葉が分からないからなんともだけど、お父さんから聞いた?」


 リーフは首を振った。

 なら、これ以上は聞かない。


 ヴォルフは、しばらく黙ったままだった。


「喋ってないで、ついて来い」


 気がついたら、立ち止まっていた。

 砂浜を踏みしめながら、廃墟の列の中に入っていく。


「ってか、リーフのご先祖様は北回りでアルンに来たんだな」

「うん。だから、色んな言葉が残ってる」


 絶対に海が使えない訳じゃなかった。

 南が行けたなら、北も行けると考えるべきだ。

 北の方が寒いから、リーフの母親の先祖は、吹雪の中で海を渡ったのかもしれない。


「なら、これは分かるか、リーフ」

「エレインの紋様。巡礼者が持ち歩いた、護符の欠片」


 ヴォルフが覗き込んだ。

 正解だったからか、少し驚いていた。


「持っていっていいかな」

「エレインは大地に還るものを惜しまないそうだ。好きにしろ」

「じゃあ、借りてく」


 大きな盾の内側に収納があるらしく、彼女は嬉しそうに。そこに仕舞った。

 その廃墟の列を抜けると、内陸の景色が開けた。


 オレは足を止めて、北を向いた。


「ずっと思ってたんだけどさ……」

「なんだ」

「森がほとんどなくね?」


 フィニス王国からヴァルシア旧領にかけて、ずっと森があった。

 カルネ村の周りも、レンの村の周りも、エルタに向かう道も、どこへ行っても木があった。

 森を抜けて、また森に入る、みたいな感覚がずっとあった。

 でも今、北の地平線まで見渡して、木らしい木がほとんどない。

 丘がある。岩がある。草地がある。遠くに畑らしき区画もある。


 でも、ここに森はない。

 あっても低木の茂みが点々とあるだけで、カルネの裏山みたいな鬱蒼とした塊がどこにも見当たらない。


「開墾が進んでいるからだ」

「帝国が?」

「知らねぇ。帝国かも知れねぇし、先住民かもしれねぇ」

「えっと……ね」

「あ、リーフ。ちょっと待て。今、俺が思い出すからな」


 故郷の話、その歴史分野で、リーフの方が何故か詳しかった。


「ヴァイキング……か」


 リーフが、オレの顔を見て聞いた。


「わたしたちは自分たちをそう呼ばない。でも、異邦人が言う言葉の意味は分かる」

「それ、前も聞いたな。 リーフたちはなんて?」


 リーフも少し考えていた。

 ちょっとオレも考えた。


 別にカッコつけるとか、考察中とか。そういうんじゃなくて。


 アレがあるってことは


「駆。思いだしたぞ」

「オレも思い出した」

「リーフも思いだした」


 三人とも目が座った。

 これは決闘だった。

 誰が最もこの世界を知っているかの戦い。

 三、二、一で一斉にいう事が決まり、


 その時が来る。


「せーの」

「せーのありのやつ?」

「雪解け水の恩恵が西より多いから、帝国は水が豊富だ」

「アールブヘイム!」

「ワルキュラ!」


 十秒くらい、誰もしゃべらなかったと思う。

 最初に動いたのはオレだ。


「だって、スヴァントウルフが居たし! 北欧のまんまくると思うじゃん!」

「異邦人が何故、勝てると思った? ワルキュラ人はワルキュラ人」


 そして、最後まで何も言わなかった男。


「ヴォルフはなんて?」

「お前らこそ、何の話をしてんだ。こっちが恥ずかしくなる。地形の話だろ? 山の雪が絶えない限り、どこかしらに水が届く。だから西側より早く——」

「ヴォルフ。あたしたち、そんな話はしてない」


 ストンっ!


 だが、オレの体がここで反応した。


「思いだした! こっちだとお米食べられるって!」

「南部なら……つーか、この辺じゃ食えるかもな」

「なるほど、帝国が強いわけだ。お米食べられる!」

「食える土地が多ければ、人が増える。人が増えれば兵が増える。そういうことだ」

「おコメ?」

「けっ……どうやら、俺様の勝ちのようだな」


 ヴォルフが鼻を鳴らす。

 リーフは半眼で「歴史の話はリーフが詳しいし」と暫くブツブツ言っていた。



 街、と呼んでいいのかわからない。

 板を渡して屋根にしたような小屋が並んでいる。

 木箱を並べて店にしている露店もある。

 売っているものが何なのかは近づきたくないので確認しない。

 暫くすると、人はいた。


 いるにはいた。


 ただ、こちらを見る目つきが全員おかしい。

 品定めしているような、値踏みしているような、あるいは単純に「何しに来た」という目。

 オレは前を向いたまま、ヴォルフの背中についていった。

 間に居るのはリーフだった。


「あたしは自分で守れ……」

「——だからよ、ホブゴブリン五体にかけたぜ。俺は」


 通り過ぎる時、声が聞こえた。

 柱の陰に男が二人、しゃがんでいる。賭けの話をしている。


「流石のあの嬢ちゃんも無理だろ」

「甘いな。 あの日の肉めしはうまかったなぁ」

「……肉めしかよ。大して賭けてねぇじゃねぇか」


 もう一人が笑った。

 くっくっく、という、腹の底から絞り出すような笑い方だった。


「金髪の姉ちゃんのあのドレス、実は最新式の鎧らしいぜ」

「まじかよ! そういうのは教えてくれよ」


 オレは最初、見えないフリ、聞こえないフリをしていた。


 一歩。

 二歩。


「……」


 三歩目で足が止まった。

 あのドレス。


 ブロンドの巻き髪。フリルとパニエで膨らんだ、ベルサイユ風の。


「なぁ、今の」


 小声でヴォルフに言った。


「聞こえてた」


 ヴォルフも足を止めていた。

 振り返らないまま、低く言った。


「ここだけ、別の国みてぇなもんだよ」


 ヴォルフが低く言った。歩きながら、口だけ動かす感じで。


「辺境伯が実質支配してるが、手が回ってない。回す気もない。教会も同じだ。面倒な連中が勝手に集まって、勝手にやってる。帝国としては、ここで何が起きても知らん顔ができる」

「都合がいいから放置してるってこと?」

「そういうことだ。北じゃこうはいかない。何かあれば翌日には上に報告が上がる。南はそもそも報告する気がない」

「さっきより、張り切ってる。ヴォルフ」

「うるさい」

「ううん、褒めてる」


 ヴォルフはシオンとはよくやりあったが、リーフとはなんていうか、奇妙な距離感だった。

 でも、リーフはそうではないらしい。

 

「おコメ。おコメ」

「分かってる。 今、探してっから。ちゃんとリーフでも食える場所を」


 歩くにつれて、道が変わっていった。

 最初は砂と瓦礫の境目がわからないような地面だった。

 それが気づけば、石畳になっている。


 家も変わっていた。

 板を渡しただけの粗末な作りじゃない。

 石造りの、ちゃんとした壁と屋根を持つ建物が並んでいる。

 木箱の上に商品を並べていたのが、いつの間にか軒先に布を張った店構えになっている。

 香辛料の匂いがする。燻製肉が吊るされている。果物が籠に盛られている。

 しかも量が多い。


「……なんか、普通に豊か」


 リーフは呟いた。

 行き交う人間の服が、悪くない。

 みすぼらしい格好をしている人間がほとんどいない。


 フィニスにいた頃、帝国は脅威だった。

 魔物を送り込んでくる、じわじわと国を削ってくる、得体の知れない巨大な力。

 でもそれは、山の向こうの話だった。見えない敵だった。


「あの山の向こうに、こんな国があったのか」


 オレが呟くと、ヴォルフが「ああ」と短く言った。


「来てみてどう思う」


 リーフは少し間を置いた。


「……お腹空いた」


 そして、その道の先に——


「……あれが」

「エインハラ宮殿だ」


 ヴォルフが言う前に、わかった。

 コロッセオだ。

 円形の、巨大な石造りの建物。外壁にアーチが何重にも重なっている。

 上の方に旗が立っている。遠目でも、圧がある。


「なんか、綺麗すぎない?」


 オレが言うと、ヴォルフが答えた。


「エレイン信仰の旧遺跡を改修した。金はかけてる」

「廃墟は壊して、気に入ったのは使うってこと?」

「そういうことだ」


 オレはもう一度、エインハラ宮殿を見た。

 きれいに整備された石畳。

 立派な建物。豊かな街。

 その全部の中心に、誰かの祈りの場所だったものを作り直したらしい闘技場。

 巨大な建造物が、どんと構えている。


 確信している。

 

 ——蹴鞠が、あの中にいる。


 作戦を立てなきゃいけない。

 ランルフとかいう辺境伯のこと、ロベールのこと。

 蹴鞠たちがどこに軟禁されているのか、全部把握してから動かないといけない。


 やることは山積みだ。


「その前に腹減ったな」

「リーフが先に言った」

「……あ」


 オレの足が止まった。


「どした」ヴォルフが振り返った。

「お金」

「お金?」

「王国の貨幣って、こっちで使って大丈夫なんだっけ。そもそも、持ってないけど」


 沈黙。

 リーフがオレの顔を見た。それからヴォルフを見た。

 ヴォルフが額に手を当てた。


「……心配するな」


 リーフが懐から革袋を取り出し、じゃらりと音を立てた。


「駆の国は知らないけど、大事なのは銀の質」

「そうなのか。流石だ、リーフ先生!」

「待て、それは俺が先に言おうとしたことだ」


 風が吹いた。

 石畳の上を、砂が流れた。


「さっきから、なんで対抗してるんだよ」

「……うとに……てる」

「は? 全然聞こえない。ヴォルフ、それでも軍人か?」

「うっせぁ。ちょっと俺様の妹に似てるんだよっ!」

「リーフが?」

「そうだよ」

「前はそんな事言って無かったろ!」


 ヴォルフが言った。


「髪を……ほら。結んだら……だ」

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