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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

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第81話 キラキラの王子様

 宝石が散りばめられた本。

 どの宝石にも当てはまらない、薄桃色の瞳。

 ルカは目を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。

 少女のように長く美しい白金髪が、さらりと肩の上で揺れる。


「嘘です」

「え……?」

「わたしには、あの文字が完璧に読めます」

「……っ!」

「そして」


 ルカは、愛おしげに時祷書の表紙を見つめた。


「貴女のご友人もどうやら──あの文字を、正確に読み解けるらしい」


 その言葉が、鋭利な刃物となって私の胸の真ん中に突き刺さった。

 友人。


 そして、読み解ける。


 ──栞だ。


 栞の身に宿る固有のスキル、「読み解くが吉」。

 頭脳明晰な彼女が、この帝国において異常なまでに目を付けられている。

 彼女が隔離されている本当の理由が、今、完璧に繋がってしまった。


 凄まじい焦燥感と、栞への対抗心が、私の理性を一瞬にして焼き切った。

 気づいたときには、私は衝動的に口を開いていた。開いてしまっていた。


「私のスキルだって、凄いんです!」


 激しい声が、部屋の静寂を切り裂いて響いた。


「『突き刺すが吉』! 私は、鋭利なモノさえ手に持てば、この世界のどんなに硬いモノであっても、なんでも完璧に突き通すことができます! だから、私のことだって──!」


 そこで、言葉がピタリと途切れた。

 激した自分の高い声だけが、冷え切った部屋の空間に虚しく残響している。


 私は、大きく目を見開いたまま固まった。

 絶対に、自分のスキルを名乗ってはならない。

 あれほど、栞に強く言われていたはずなのに。


 ──言ってしまった。


 敵の、それも選帝侯の血を引く男の目の前で、自分の手の内を完璧に晒してしまった。

 この屋敷だって、ルカの両親の家だというのに。


 頭の芯が、一瞬にして極寒の氷水に浸されたように冷えていく。


 罠だったのだ、と遅まきながら気づいた。


 あえて栞の香りを嗅がせて、彼女の能力の重要性を語ることで、私のプライドと対抗心を巧妙に引き出したのだ。

 なんて狡猾で、恐ろしい男だろう。

 私は自分の軽率さを呪い、血がにじむほどに唇を強く噛み締めた。


「……っ!」


 恐る恐る、ルカの顔を見た。

 彼は──。


 やはり、いつも通りの柔和な笑みを浮かべていた。

 罠に嵌めたことを勝ち誇るような、どこかの誰かが見せるようにアンニュイさもない。

 人間の醜い歪みとは無縁、無垢すぎる笑みしかなかった。


 その純粋すぎる、透明すぎる瞳を細くして、ルカは言った。


「とても、素敵なスキルですね」


 鈴を転がすような、静かな声だった。


「わたしの持つ、薄汚れた力とは大違いです」

「え……」


 私は、裏切られた衝撃に震えながら、ルカの顔を凝視し続けた。

 勝ち誇っていない。嘲笑ってもいない。

 本当に純粋に、私の力を素晴らしいと称賛している。


 そんなフローレスな顔をしていた。


 おおよそ、人には似つかわしくない顔。


「……大違い、とは、どういう意味ですか」


 私の声は、恐怖と悔しさで微かに震えていた。


「文字を、世界の記録を読み解く力。この力は、自分で言うのも何ですが、本当に恐ろしい力なのです」


 ルカは、自嘲気味に言葉を紡ぐ。


「この力を極めていくと……。貴女たちの言葉で言うと、レベル5までいくと。最終的には、目の前にいる人間の心まで、すべて読み解けてしまうんです」


 私は、息を止めた。


「え……?」

「ええ、そうなのです」

「心を……?」

「紡がれる文字も、発せられる言葉も、微細に動く表情の裏側も──突き詰めていけば、その人間が抱える醜い本音のすべてが、読むつもりがなくとも読めてしまう」


 ルカの息遣いが聞こえる。

 とても静かで、滑らかな音。


「それが、わたしの力の本質なのです」


 私は、目の前に立つルカという存在の異常性に、背筋が完全に凍りつくのを感じた。


 今この瞬間。

 ルカは私の表情から、私の心から、一体どれほどの思考を読み解いているというのだろうか。

 そう考えただけで、全身の毛穴が恐怖で逆立つ。


「だったら……栞は……」


 私の制止を振り切り、言葉が勝手に口をついて出た。


「帝国は、栞をどうするつもりですか……!」


 ルカが、真っ直ぐに私を見た。

 一秒の間。彼はただ無言で私を見つめ──

 それから、ひどく悲しそうに、儚く微笑んだ。


 いつもの柔和な笑みのはずだった。でも、明らかに違っていた。


 ううん。違う。分かってしまった。


 押し寄せる世界の悪意と、己の運命に対する諦めを、必死に喉の奥で堪えているような、そんな歪な微笑みだった。


 ルカはゆっくりと俯いた。

 少女のように長い金髪が、彼の端正な横顔に暗い影を落とす。


「さて……」


 消え入りそうな、静かな声だった。


「父上は、あの傲慢な皇帝陛下は、彼女をどうするつもりでしょうかね」


 私は、何も言えなかった。


「過去を、現在を、未来を読み解く力は、この帝国において決して絶やしてはならない絶対的な力です」


 ルカは、自身の影に向かって語りかけるように続けた。


「何故ならそれこそが、皇帝という座に一番近いとされる力だから……ですよ」


 部屋が、不気味なほどの静寂に包まれた。

 窓の向こうには、朝靄に煙る帝国の美しい街並みが、変わらず冷酷に佇んでいる。


 私は、ルカの言葉の意味を必死に考えていた。


 この不条理な世界は、これからも異邦人を呼び続けるのだろう。

 何百年、何千年先も、自分たちの都合で元の世界から人間を拉致し続ける。


 そのたびに、異邦人たちはこの地に文字を残す。


 絶望の言葉を残す。世界の真理に迫る記録を残す。


「どう……して」


 その暗号化された記録を——

 だからこそ世界のすべてを——

 帝国にとって——

 そして──


「どうして? その……わたしにも」

「違っ……違います」


 思考が止まる。

 考えなければならないものが、すり抜ける。

 絶対に、間違いなく、重大な話なのに。

 この世界の謎、異邦人が知らないといけないのに。


 私は思ってしまったのだ。

 元の世界にいた頃、漫画や小説の知識として知っていたのだ。


 他人の心を完全に読み解くことができる人間が、権力者から一体どんな扱いを受け、どんな末路をたどるのか。


 例外なく、都合のいい道具として利用される。

 精神を、その魂のすべてを極限まで消耗させられる。

 そして、権力者はソレに、大切なものを絶対に触らせはしない。


 最後には──


 私は、目の前のルカを見つめた。

 彼は、深く俯いたまま微動だにしない。

 美しい長い髪が顔を隠し、濃い影となって、彼を世界から断絶させている。


『父上はどうするつもりでしょうか』


 その言葉は、選帝侯の息子という高貴な身分で言う言葉だろうか。

 自分自身の運命に対してすら、何一つ抗う手段を持たない者の言葉ではないだろうか。


 だとすれば、あまりにも無力な悲鳴だった。


 その瞬間。そう、ここで。


 私の胸の奥底で、何かが猛烈な勢いで燃え上がった。

 静かに、でも確実に、明らかに、絶対的に、揺るぎようがなく


 すべてを焼き尽くすほどの、強烈な焔となって、存在し始めた。


 愛用の細身剣は、今日は取り上げられている。

 ルカが来る。 ルカは帝国にとって大切な存在だから、いつもと違う。


「黒瀬凜……。スキルは突き刺すが吉」


 栞の戒めを破り、自分のスキルもすべて暴露してしまった。

 私は、ただの無力な捕虜だ。

 でも──


「私を」


 私は、迷いなく口を開いた。


「ルカ様のおそばに、居させてください」


 凍りついていた部屋の空気が、微かに揺らいだ。

 ルカが、弾かれたように顔を上げた。


 出会ったあの日から、彼の顔から初めて「いつもの笑み」が完全に消え去っていた。

 彼にしては珍しく、驚いていた。


 他人の心をすべて読み解けるはずの彼が、今、目の前の少女が放った本心の言葉に、ただ、純粋に驚愕していた。


「……それは、一体、どういう……」

「私の身に宿る理は……」


 私は、一歩も引かずに言葉を重ねた。


「鋭利なモノさえあれば、この世界のどんな理不尽であっても、なんでも完璧に突き通すことができます」


 私は、ルカの薄桃色の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「だから──」


 罠なんて、関係なかった。

 私は、こんな生き方がしたかったのだ。


「もし、ルカ様にとって必要ならば。私はそのすべてを、代わりに突き通してみせます」


 私の顔を、ルカがじっと見つめる。


 長い、長い、時間が止まったかのような沈黙の中。


 私の心の奥底までを、その固有の理で必死に読み解こうとするかのように、見つめ続けていた。


 やがて──


 彼の端正な顔に、ゆっくりと笑みが戻ってきた。


 それは、しばらく前まで私を騙していた、アレとは違う。

 あの仮面のような笑みでは、決してなかった。


 ルカを縛り付けていたすべての絶望と孤独が、


 一瞬にして綺麗に溶け去ってしまったかのような、ひどく無防備な微笑みだった。


「……突き刺すが吉」


 ルカは、私のスキルの名を、愛おしそうに何度も繰り返した。


「本当に……最高に素敵なスキルですね」


 もう一度、彼は同じ言葉を口にした。

 今度の声は、さっきまでのどの言葉よりも、ずっと、あたたかかった。

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