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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
最終章 逃げるが吉

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第123話 雄はまさるとも読む。つまりグレートマサル様

 誠司と美咲。

 そして選帝侯の子たちが切り開いてくれた。


 異邦人と異世界人たちが作る、一本の道を抜けた。

 そして、オレたちが大聖堂の巨大な扉の前に辿り着いた。


 そこにはすでに、先走った舞が立ち尽くしていた。


 彼女は、血の気のない青ざめた顔で祭壇の奥を見つめ、ぶるぶると震えていた。


「違う……あんなの……雄くんじゃない……」


 オレは舞の隣に並び、大聖堂の内部を見渡して絶句した。


 異様だった。

 むせ返るような乳香の匂いの中、大聖堂の床が見えないほど、ひれ伏す女たちで溢れかえっていたのだ。

 それもただの信者ではない。修道服の女、豪華なドレスの貴族の娘、南領の民族衣装を着た女。


 年齢も身分もバラバラな『異世界の女たち』が、完全に虚ろな目で祭壇に向かって熱狂的に平伏している。


 その祭壇の中央。無駄に豪奢な玉座に、あいつは座っていた。


「……水瀬舞。よくぞ参られた。今なら、私の隣があいてますぞ」


 漆黒のパーカーに、金糸の大仰なマントを羽織った男。

 焼け焦げた左腕に紫と黒の魔力痕を這わせた、村田雄大だった。


「雄大っ! お前、何やってんだよ!」


 オレが叫ぶと、村田は眼鏡を中指でクイッと押し上げ、ニタリと歪な笑みを浮かべた。


「おやおやおやおや? その声は、速水駆殿ではござらんか。随分と遅いご到着で」

「ふざけてる場合か! なんだよこの状況は!」

「ふふっ……にわかはこれだから困る。異世界といえば、チートで無双してハーレムに決まっているだろう(冷笑)」

「(冷笑)まで口に出すな気持ち悪い! だいたいチートで無双してハーレムって! お前が『地味眼鏡』って設定を忘れてるだろ!」

「地味眼鏡はお前だ! 僕はもう……眼鏡を必要としない。眼鏡は本体ではない」

「眼鏡が本体って設定なかっただろっ!」


 オレたちが馬鹿みたいな言い合いをしている間にも、事態は進行していた。


「きゃあっ!?」という蹴鞠の悲鳴が聞こえたかと思うと、洗脳された群衆の列に、虚ろな目をしたリーフが加わっていく。


「リーフ! 行っちゃ駄目でしょ!」

「どうなってるんだ。 これじゃまるで」


 蹴鞠が絶叫し、玲たちも辺りを見回して頭を抱えた。


「タナカマサル……様」


 エヴァンが扉の外で虚無の顔で立ち尽くす。


「タナカマサルさま。精霊も喜んでる」

「勇者様! どうか私を——」


 シオンとフィオナまでもが、駆の前を素通りする。

 フラフラと大聖堂の中へ歩いてきて、女たちの列に膝をついた。


「やめろ! あいつらに何をした!」

「ちっちっちっち。かっかっかっか。これぞ……ハーレムっ!」


 オレが玉座へ向かって踏み出そうとした、その時だった。

 よく知る男が、巨大な玉座の横から姿を見せた。


「知ってたし! どう考えても、お前が悪いだろっ!」

「——そう言うと思って、ギリギリまで隠れてたよ」


 ポロン……と、祭壇の暗がりからリュートの音が響いた。

 和風ファンタジーの装束を纏った美青年


 ——奏が、涼やかな笑顔で歩み出てくる。


「バレバレだっての!」


 オレは何度も、怒鳴った。


「メタ読みが大好きな君を、僕は最も警戒してたんだよ、駆くん」

「こういう物語は、最初に出たやつが黒幕に決まってんだよ! ……なぁ、フィニス女王ルシア。お前が企てたのか」


 奏の後ろから、金髪に翠眼の美しい女王が、優雅な足取りで姿を現した。


「へぇ。確かに一瞬で気づきましたわね」


 女王ルシアは、扇で口元を隠して冷たく笑った。


「奏の言う通り、貴方を最初の街で追放しておいて正解だったわ。そのままパーティに居座られたら、もっと厄介なことになっていたでしょうから」

「ってか。……質問に答えろよ。そもそも、外の連中が叫んでる『まさる』ってなんだよ。そいつは雄大だぞ」

「雄はまさる。大はグレート。カッカッカッカ!」


 玉座の上で、村田が腹を抱えて笑い声を上げた。


「……お前、マジで一回殴るぞ」


 オレが拳を握った横で、女王ルシアが静かに告げた。


「ルカくん。彼らに……どうせ元の世界には帰られないということを、教えてさしあげて。凜ちゃんでしたっけ。今は裏切り者ですが、彼女の名誉を回復したいですよね」


 女王の言葉に、ルカの肩が跳ね上がった。

 そして大きな本を持ったまま、凜に付き添われたルカが進み出た。

 彼は完全に放心状態のまま、分厚い革張りの『時祷書』を開いた。

 そして、虚ろな目のまま、ただの記録媒体のように口を動かし始めた。


『勇者、田中まさる。享年——』

『勇者、スズキケンジ。享年——』


 ルカが、三百六十五人分の異邦人の名前と、その短い享年を、一人ずつ淡々と読み上げ始める。

 それに合わせるように、奏がリュートを静かに弾き始めた。

 洗脳の魔力を孕んだ『勇敢なるしらべ』が、死者のリストを読み上げるルカの声のBGMとなって、大聖堂に響き渡る。


「過去の異邦人たちがどうなったか、これでお分かりになるでしょう?」


 ルシアが、両手を広げて陶酔したように演説を始めた。


「彼らが持っていた魔法の羊皮紙は、死後に我々が回収するのです。そして、英雄としての肖像画が描き足され、宝石も黄金も付け足されて、『時祷書』の一部となる」

「その時祷書は、オレたちが最初に貰った、あの羊皮紙か……狂ってる」

「狂ってなどいませんわ。ドミナスにおいては、貴方方『異邦人』は神様なのですから。神として崇められ、死して神話となる。なんて素敵な人生でしょう!」


 ルシアの言葉と、奏のリュートの音。

 玲や剛、蹴鞠、そして舞の心を確実に侵食し始めていた。


「ラッキーだったと思わない?」


 奏が、リュートを弾きながら囁く。


「元の世界じゃ、ボクたちはただのオタクだ。サブカルにしか興じることが出来なかった日陰者だよ」


 玲が、光刃を構えたまま震える声で口を開いた。


「俺は……」

「もう、反射神経も限界だよね?」


 奏の囁きが、プロゲーマーである玲の致命的な恐怖を正確に抉った。


「ゲーマーとして」

「負けたら、どうなる? 無職?」


 剛が言葉を絞り出すが、奏は薄く笑って叩き落とす。


「でもウチは」

「いつまでも若くない。もうブームがさったかも」


 舞の唇が、青ざめて震えた。


「わたくしは……」

「君は……まぁね」


 蹴鞠の言葉を、奏はあえて具体的に言わず、嘲るように突き放した。

 何者でもない現実の自分を浮き彫りにされた蹴鞠の肩が、ビクッと跳ねる。


「でも、この世界では違う。ゲームの中で、アニメの中で、コスプレの中で夢見た『本物の英雄』になれたんだ。……このままここで、英雄として死ぬのも悪くないと思わないかい?」


 そこに、女王ルシアの甘く、底知れない声が重なった。


「ルカの話を聞いて。皆、余生を幸せに過ごしています。そうです。選帝侯として、気ままに生きられるのです」

「う……」

「あ……」


 剛の盾が、力なく床に落ちた。

 玲の光刃が明滅し、蹴鞠が扇を取り落とし、舞がその場にへたり込む。

 否定できない部分があったのだ。


 異世界転生、無双、チート。


 そんな夢想を、彼らは心のどこかで確かに望んでいた。

 だからこそ、奏の洗脳スキルが深く刺さった。


 でも、オレは前を向いた。

 視線の先、大広間の最奥に鎮座する玉座。

 そこには、吐き気を催すような最悪の光景が広がっていた。


 村田だ。

 だが、その玉座の足元には、虚ろな瞳をした少女たちが侍っていた。

 透き通る肌の精霊術士。大盾を手放した小柄な少女。金色の髪の修道女。


 シオン。リーフ。フィオナ。

 後方を任せたはずの、オレにとっての家族とも言える大切な存在たち。

 彼女たちが、まるで所有物のように村田の足元にひざまずき、傅いている。


 あの夜、オレが向けた「許してやる」という哀れみを、村田は逆に許していなかったのだ。

 だからこそオレの全てを奪い、蹂躙し、これ見よがしに侍らせている。


「ほら、駆殿のこっちの嫁にござるよ? 逃げるだけの男には、ちと無理でござったな」

「この村田がぁぁあああ! お前だってそういうの、嫌ってただろ! 異世界ハーレムはマンネリって言ってたじゃないか!」


 村田が何か早口で喋った。

 その瞬間、オレは体は吹き飛ばされた。


「誰でござる? そもそも、お前のことは知らないで御座る」

「また言うかよ! オレとお前はっ!」

「異邦人は、異邦人が始末しなければ、ならない……で、ござったな」


 背筋が凍り付く。

 これが、あの村田。いや、伝説の勇者、タナカマサル——


 村田が、玉座の上から恍惚とした顔。


 吐き気がする。


「っせぇよ! 奏っ!」


 オレは、弾かれたように顔を上げて吠えた。


「『逃げるが吉』で、そんな『にへら』っとした顔ができるかよっ!」


 奏の洗脳の言葉が、オレには全く刺さっていなかった。


「英雄? 無双? チート? ふざけるなぁぁあああ!」


 オレのスキルは、逃げることだけだ。

 英雄になんてなれるわけがない。

 ずっと逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて。

 後退して、後退して、後退して、後退して、後退して……


 そんな勇者は嫌に決まってんだろっ!


「いい加減にしろ、雄大! お前に跪いてるんじゃない。奏の力で魅了されてるだけだ! 断じて、お前はモテてない!」


 オレが飛び出した瞬間、村田の表情が醜く歪んだ。


「だまれだまれだまれ! 僕は、僕はこの世界の頂点なんだぁっ!!」


 村田が立ち上がり、オタク特有の早口で魔法詠唱を始める。


『炎の精霊よ集え我が手に宿りて敵を焼き尽くす業火となれエクスプロドゥス!』

『氷の刃よ空間を切り裂き絶望の凍土を生み出せグラキウス!』

『闇より出でし黒雷よ罪深き者を穿てマグナ・ストライク!』


 この間、たったの三秒。


 息継ぎなしの超高速詠唱。


 レベル5の理不尽なまでの暴力が、炎と氷と雷の嵐となってオレを襲う。


 オレは走った。


 玉座に向かって真っ直ぐではない。斜めに、左右に、ジグザグに。

 魔法の着弾点を紙一重でかわし、爆風を利用してさらに逃げる。


 逃げるたびに、オレの身体の奥底で警鐘が鳴る。


『第三百四十二の勇者、サイトウリョウ。享年——』

『第三百四十三の勇者、タカハシユウ。享年——』


 ルカの無機質な声が、死者のリストを読み上げ続ける。

 奏の奏でるリュートの音が、狂気の大聖堂に響き渡る。


 村田の放つ魔法の豪雨の中、オレはひたすら逃げ続けた。

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