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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第119話 だから、オレたちは召喚された

 キーワード、パスワードは揃った。

 今から、アルカエルムへ向かう。

 城門の向こうに広がっていたのは、異様な光景だった。


 手前にそびえ立つのは、ケルン大聖堂をさらに凶悪にしたような、禍々しく巨大な黒い石造りの建物『アルカエルム』だ。

 だが、その威圧的な建物のさらに奥。

 背後に続く小山の上にそびえ立っていたのは、手前の黒い建物とはあまりにも対照的な、白亜の建造物だった。


 ノイシュバンシュタイン城、とオレの脳が勝手に名前を引き出した。

 かつて写真で見たことがある、お伽話から抜け出してきたような美しい尖塔を持つ城。

 禍々しい黒の奥に、夢のように白い城が鎮座しているという視覚的なギャップが、この世界の歪さを何よりも物語っていた。


 全員が息を呑んで立ち尽くす中、前を歩いていたルカが静かに振り返った。


「驚かれましたか」


 ルカは柔和な笑みを浮かべて、奥の小山の上に建つ白亜の城の方を優雅に指し示した。


「手前にある黒き城が、皇帝陛下の座す『アルカエルム』。そして、あの奥の小山にそびえ立つ美しい城こそが、ドミナス教の総本山……『グロース・タナカ・マサル大聖堂』です」

「ぬぅ……」


 オレは、その壮大な風景に見惚れていた意識を急激に現実に引き戻され、思わず変な声を出した。


「今、日本人みたいな名前なかった?」


 ルカが、不思議そうに薄桃色の瞳を瞬かせ、小さく首を傾げた。


「グロース・タナカ・マサル大聖堂のことですか? 偉大なる原初の聖者の名ですが、何か問題でも?」

「……いや、なんでもない」


 オレは頭を抱えた。

 タナカ・マサル。田中勝か? まさるさんか? どんだけこの異世界に日本の要素が根を張ってんだよ。しかも『グロース』偉大なるって。


 横で栞が呆れたように小さくため息をつき、玲や剛も微妙な顔でオレを見た。

 舞に至っては、口元を押さえて笑いを堪えている。

 張り詰めていた緊張感が、一瞬だけ間の抜けた空気に削がれた。


「……行きましょうか」


 栞が気を取り直すように言い、ルカが再び案内を始める。


 ◇


 アルカエルムの奥に広がっていたのは、城というより、完全な教会だった。


 圧倒的に荘厳な空間だった。

 首が痛くなるほど天井が高く、壁には幾つものステンドグラスが嵌め込まれていて、そこから柔らかな光が差し込んでいた。

 何百本もの太い石の柱が整然と並び、それぞれの柱の前に燭台が置かれ、無数の蝋燭が静かに炎を揺らしている。

 城と聞いていたが、兵士の姿は必要最低限しかなく、すれ違うのは質素なローブを着た僧侶たちばかりだった。


 ルカが、その神聖な廊下を迷わず歩いていく。


 慣れた足取りだった。彼にとって、ここは日常の一部なのだ。

 やがて、一番奥にある重厚な扉の前に辿り着いた。


「あれ」


 オレは思わず言った。


「もしかして、パスワードなしで開いたのか?」


 全員が顔を見合わせた。

 栞が、やれやれとため息をついて言った。


「当然でしょう。選帝侯の全員からキーワードを聞いて回るなんて、ただのゲームみたいなルールを、外から来たアタシたちに押し付けただけなんだから」


 ルカが、バツが悪そうに苦笑いした。


「流石にバレますよね」


 ルカが柔和に言った。


「わたしは、いつもここに本を読みに来ていますので。鍵なんて初めからありません」

「マジ……か」


 ルカが扉をノックした。

 返事がなかった。

 ルカは気にせず、ゆっくりと扉を開けた。


 ◇


 ベッドがあった。


 だだっ広く、白いシーツが整えられた大きなベッドが、部屋の中央にポツンと置かれていた。

 窓から差し込む光が、そのベッドだけを照らしている。

 そこに、男が眠っていた。


 壮年に見えた。

 穏やかな顔だった。

 呼吸が、異常なほど深く、そしてゆっくりだった。


 オレは、その顔を見て固まった。


「……日本、人に見える」


 オレの呟きに、全員の顔色からサァッと血の気が引いた。ルカだけが、ベッドの傍らに静かに立っている。


「舞」


 玲が、低く震える声で言った。


「皇帝の名前は、ネクトールだぞ。『トール』はまだしも……」


 剛が顔をしかめて言った。


「トオル。……徹?」


 蹴鞠が、扇を握りしめて真顔で言った。


「根来、徹。ねくとおる。……在り得ない話ではありませんわね」


 その時。

 ネクトールの目が、僅かに開いた。


 オレは息を呑んだ。

 それは生きている人間の目じゃなかった。


 栞が静かに言った。


「息をするが……吉……?」


 代謝を極限まで落とす『息をするが吉』


 スキルに、ただ生かされているだけの、無機質なレンズのような目だった。

 意思があるのかすら分からなかった。

 でも確かに、微かに開かれたその瞳は、オレたちを映していた。


「ってか」


 オレは沈黙に耐えきれず言った。


「食べ物は食べるんだよな?」

「食べません」


 ルカが静かに即答した。

 全員が、再び絶句して固まった。

 何百年も、飲まず食わずでただ呼吸だけをして生きているのか。


「じゃあ、意識は」

「わたしが本を読んでさしあげると、少しだけ呼吸のリズムが変わる気がします。……それだけです」


 皇帝は息をしていただけ。

 帝国だの皇帝だの。ずっと顔出さないから、そんなことだと思った


 ……なんて、ツッコむ余裕はなかった。


「だったら、辛いだけだろ、そんなの」

「安楽死を……いや」


 玲が言いかけて、言葉を濁した。


「ウチも、もし同じ状態にされたら……」


 舞が両腕を抱いて震えた。


「そもそも、ちゃんとした意識があるかどうかも疑わしいですわね」


 蹴鞠が吐き捨てるように言った。


 栞が、静かにルカを見た。


「帝国は、ずっとこの状態を良しとしているの?」

「分かりません……」


 ルカが伏し目がちに言った。


「それに……ドミナス様。皇帝の殺害は、帝国の法で固く禁じられています」


 ドミナス教。

 エレインの子、戦天使イリアス。

 もう、迷うことなく言える。原初の宗教の元に現れた救世主。


 即ち、オレたちのような異邦人。それがドミナスだった。


 栞が舌打ちする勢いで、捲し立てた。


「それは、かつての異邦人が自分たちを守るために、勝手に決めたルールでしょ」


 栞は何か焦っているように見えた。

 ルカは何かを察して、


「もしかして……」


 ……栞の顔をまじまじと見つめた。


「アナタはまだ、レベル4なのですか?」

「それは、だって……」


 栞は、少しだけ目を逸らした。


「アタシは、日本に帰りたいと思っているから」


 ルカは息を吐き、静かに言った。


「そう……ですか。では、代わりに申し上げます。ネクトール陛下の『魂』は、まだ……ここにあります」


 オレは眉をひそめた。


「魂って……でも、それがなんだってんだよ」

「このように教えられています」


 ルカが、淡々と続けた。


「余生を全うし、地に帰ったドミナス様は、この世界に流転する。それが『スキル』として帝国に宿ると。ですが、他殺された場合は、亜空を永遠に彷徨うと」


 オレは、自分の足元を見た。

 イルマさんにもらった靴だった。過去の異邦人が遺した靴だった。


「他にも異邦人がいて。もしかして、そいつらは皆、元の世界に帰ってて……」

「異邦人が帰ったという記録は、どこにもありません」


 また、コレだ。

 どうせ、そうなんだろ。と言えない空気。


 ルカは、はっきりと遮った。


「ですよね、凜」


 そして凜は、小さく頷いた。


「私はルカから聞いた話だけど、帝国が管理している異邦人の記録集『時祷書』に、帰還の記述は一つもないって」


 時祷書という言葉。

 栞の口からも出ていた。

 オレは絶望的な気分で、心の中で頭を抱えた。


「帰還の記録が……ない? 帰れない。だったらこのまま……?」

「ですが」


 ルカが言った。


「執政官……と言ってもわたしの父ですが。父が、貴方たちをここへ通してよいと言った理由は、他にあると思います。同郷の『異邦人』の手であれば、因果に従って、元の世界に魂が戻るのではないか。勿論、そう考えられているだけですが……」


 栞が、冷徹な声でルカの言葉を叩き切った。


「その執政官である父親に、アタシたちにそう言うように言われているのね」


 凜が、ハッとしてルカを庇うように前に出た。

 ルカが凜の背中にそっと手を当て、「大丈夫です」と小さく呟いた。


 だが栞は、気にせずに続けた。


「凜、勘違いしないで。ルカを責めているんじゃない。執政官、いえ、選帝侯たちはこう考えているのよ。誰も『皇帝殺し』というババを引きたくない。いくら形骸化していても、ただで済む筈がないから」


 ルカが、諦めたように頷いた。


「はい。あなた方を召喚した理由の一つです。十人に一人現れるという、読み解く力の確保も重要ですが…」


 薄い金の髪を前に垂らし、うっすらと白桃色の瞳を震わせる。


「わたしたちも、実は扱いに困っています。だから……ネクトール様を、どうか。よろしくお願いします」


 部屋が、死んだように静かになった。


 数秒か、数十秒か。

 それとも数分。そこで玲が重い口を開いた。


「……それなら、俺が斬る」


 剛も進み出た。


「俺の盾で一思いに……」

「駄目よ」


 彼女が、その二人を制した。


「読み解くが吉が必要よ。相手の苦痛も、死のタイミングも正確に読み解いて、一番苦しまずに殺せるのは、……アタシしかいない」


 一拍、置いた。


「でも、誰にも見られたくはないから」


 全員が黙った。

 また、暫く無音が続いた。


 そしてオレは、静かに言った。


「……悪い。オレの力は『逃げるが吉』だから。何の役にも立たない」

「大丈夫。このまま放っておくことはできない。……気にしないで」


 栞が、真顔で言った。


「気にするなって言われても」


 だが、栞には負ける。


「魂が亜空を彷徨う、なんていう話が、ただの迷信、嘘だというのを見抜けるのも、アタシしかいないから」


 また、沈黙が流れた。


 オレたちは異世界転生したわけじゃない。

 だから、魂になってはいない。

 相変わらず、死は存在するし、その後に何があるか分からない。


 それでも、彼女は嘘だと言った。


 読み解くからこそ、言ったのだと思った。


「……大丈夫」


 そして——


 オレたちは、無言で部屋を出た。


『ケルン大聖堂を思わせますわね。建築に数百年を要したとされる』


 蹴鞠の言葉が脳内で再生された。


『……何百年も掛かったら、住めないじゃん』


 オレの声も、心の中から湧き上がった。


 アルカエルム。ここの建築指示を出した時、根来徹はその時も生きていると思ったのだろうか。


 ——その答えを聞くことは出来ない。


 重厚な扉が、バタンと静かに閉まった。


 オレたちは、皇帝の座を数百年も占拠する、前の入居者を始末する為に


 この、オルエレアに召喚された……らしい。


「もしも、オレのスキルが死から逃げるだったら……。怖っ。やっぱ帰りたい!」


 あれ。オレってレベル上がってなくない?


 レベル、あげたら……どうなる……


(第五章完)

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