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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第118話 カエルの王子様の戦い。日向

 マクシミリアン邸の敷地は、他の選帝侯の居城に比べると驚くほど狭かった。


 重厚な門をくぐった瞬間に、日向は悟った。

 帝都マグドミナのどこを探しても、ここだけは全く空気が違う。

 空間の狭さを補って余りあるほどの圧倒的な『富』が、この限られた敷地に異常な密度で凝縮されていた。


 中央領の執政官の邸宅として、帝国の全ての金と権力と情報が集まる場所。

 それを誇示するかのように、取り換えられる建材や装飾の素材の全てが、常軌を逸した最高級品にすり替わっている。


「ここに凜が」


 壁材に金や銀が惜しげもなく埋め込まれている。

 廊下を飾る無数の絵画は、ただの顔料ではなく、砕かれたラピスラズリやルビー、エメラルドといった本物の宝石がちりばめられて描かれていた。

 極めつけは、至る所に嵌め込まれた豪奢なステンドグラスだった。

 色ガラスの代わりにサファイアや極彩色の宝石が緻密に組み込まれており、帝都の陽光を、目が眩むほど煌びやかで暴力的な光のシャワーに変えていた。


 その狭く眩い空間。

 大勢の兵士や使用人たちが影のように一切の足音を立てずに立ち働いていた。


 だが、ここに眠る宝石は色とりどりのアルミナでも、光輝く炭素結合体でも、重い金属でもない。

 彼らが守り、世話をしているのはルカ。

 彼は現在ただ一人。かつての異邦人を紐解き、スキルを読み解く。

 ここに書かれたスキル、希少な良いスキルと同じなら


 ──神の血統の証明となる。


 ルカの言葉がその家の未来を決めるのだから、ここに金が集まるのは、当然の流れだった。


 日向は、そのあまりの富の暴力に息が詰まりそうになりながらも、立ち止まらなかった。


 案内されたルカの私室もまた、決して広い部屋ではなかった。

 宝石のステンドグラスから差し込む七色の光の中、壁一面の本棚には古今東西のあらゆる書物が所狭しと並べられている。

 その七色の光を浴びて、窓際の椅子に、赤く光る薄い金髪のルカが静かに座っていた。


 そして、凜がそのそばに立っていた。


 漆黒のゴシックロリータドレス。

 蒼みがかった黒髪と、全てを見透かすような漆黒の瞳。

 日向が日本にいた頃からずっと知っている、大好きな親友の凜だった。


 でも、少し違った。


 宝石の光に照らされたルカの斜め後ろに立ち、まるで彼の影の一部のように寄り添っている凜の姿が。

 日向には、ひどく、どうしようもなく眩しく見えたのだ。


「来たのね」


 凜が、いつも通りの涼しい声で言った。


「……うん」


 日向が小さく頷くと、ルカが静かに立ち上がった。


「席を外しましょうか」

「いてください」


 凜が、ルカの袖をわずかに引いて止めた。


「どうせ、大した話じゃないでしょうから」


 ◇


 大した話だった。

 少なくとも、日向にとっては、世界がひっくり返るくらいの大事な話だった。


「なんで、奏くんから離れたの」


 日向は、絞り出すように聞いた。

 あんなに一緒に『推し』の話題で盛り上がっていたのに。

 コスプレイヤーの奏を見て、二人でキャーキャー騒いでいたのに。


 凜は、少しだけ黙った。

 それから、面倒くさそうに短く答えた。


「蛙化したから」


 日向は固まった。


「……蛙化って」

「そういうネットミームよ。好きだったのに、ある瞬間のささいな行動で一気に冷めた。それだけ」

「ある瞬間って……」

「ソスピロの山で、魔物の危機が迫った時よ」


 凜の漆黒の瞳が、冷ややかに細められた。


「あの男は、何一つ自分を犠牲にするような躊躇もなく、真っ先に逃げたわ。『逃げるが吉』のスキルでもないくせに。軽々にリュートを奏でて、私たちを囮にするみたいに、さっさといなくなった」


 日向は黙った。

 ルカは二人の会話に挟まることなく、静かにステンドグラスの窓の外を見下ろしていた。


「ルカ……くんか」


 日向は、ぽつりと言った。

 嫉妬と、寂しさが混じった声だった。


「いいね。凜ちゃんは、そうやって……また。私を置いてけぼりにして、新しいものを見つけて」


 凜が、鋭い視線で日向を見た。


「知らないわよ。日向がいつも、私が好きなモノを横から真似するんでしょ」

「そんなつもりじゃないよ……っ」


 日向は必死に首を振った。


「だって、凜ちゃんは色んなこと知ってて、いつもかっこよくて。だから私、凜ちゃんの真似してれば、私も少しはいいなって思って……」

「同じじゃないわ」


 凜が、冷たく切り捨てた。


「そうやっていつも私の真似をして。次は『私もルカがいい』って言い出すんでしょ」


 日向は、泣きそうになるのを堪えて凜を見た。


「……駄目なの?」


 凜が、ピタリと黙った。

 窓際で、ルカが静かに手にしていた本を閉じた。

 パタン、という小さな音が、やけに大きく部屋に響いた。


「駄目に決まってる」


 凜の声が、震えていた。

 いつも冷静な彼女の感情が、明確に波打っていた。


「ルカは、違うの」

「なんで?」


 日向は食い下がった。


「いつも凜ちゃん、言ってたよね。推すときとは『一定の距離』を保つのが大事だって。入り込みすぎちゃダメだって」

「推すとか、推さないとかじゃないからっ!」


 凜の激しい叫びに、部屋が水を打ったように静まり返った。


 凜が、荒い息を吐いていた。

 自分でも、そんな大声を出したことに気づいていなかったような、ハッとした顔をしていた。

 ゴシックドレスの胸元が、激しく上下している。

 彼女はもう、安全な場所から消費するオタクじゃなかった。


 一人の男を、本気で愛してしまった一人の女の顔だった。


 日向は、その顔を見て、ゆっくりと言った。


「凜ちゃんだけ、ズルい」

「ズルいって……」


 凜が、呆れたように息を吐いた。


「ここは異世界よ。安全な日本じゃない。私たちのスキルは、兵器として帝国に求められてる。日向の好みだって、沢山……」

「だから、裏切ったんだ」


 凜の言葉が止まった。


「裏切った?」


 凜の声が、ドス黒く低くなった。


「裏切ったのは、奏よ。私、死ぬほど怖かったんだから。ルカにいっぱい聞いてるわ。捕まった他の異邦人が、この帝国でどんな酷い目に遭ってたとか」

「奏くんは裏切ってない!」


 日向も叫んだ。


「ちゃんと事前に教えてくれて、だからみんな助かって——」

「知ってるわよ」


 凜が冷酷に遮った。


「駆が、あのパーカー男が助けに来てくれたからでしょ。でも、そういうことじゃないでしょ」

「だったら!」

「だから、蛙化したって言ってるでしょ!」


 日向は、言葉を失って黙った。


 凜が、大きく深呼吸をして続けた。


「いい? ここは異世界。日本じゃない。推しとの一定の距離とか、そんな綺麗事はないの。……いいじゃん。奏が好きなら、日向もこれからは、遠慮しないで近づけばいいじゃん」


 日向は、凜の顔をじっと見た。

 凜は、日向と目を合わせず、宝石のステンドグラスを見ていた。


 しばらく、誰も何も言わなかった。

 極彩色に彩られた部屋の中に、二人の少女の決定的な断絶だけが横たわっていた。


 やがて、日向がゆっくりと立ち上がった。


「……分かった」


 日向は言った。


「あとから、近すぎるとか、ズルいとか言わないでよ」


 凜が、ハッとして日向を見た。

 日向は、笑っていた。

 大粒の涙をボロボロとこぼしそうな顔で、必死に口角を上げて、笑っていた。


 凜も、それを見て、少しだけ笑った。

 でも、その乾いた笑顔はすぐに消えた。


 二人とも分かっていた。言葉にはしなかった。


 でも、はっきりと分かっていた。

 この理不尽な世界で、オタクとして全てを共有し合っていた二人。


 もう二度と同じ場所に並んで笑い合うことは、たぶんない。


 日向が、重い足取りで扉へと歩き出した。


 その背中を見て、凜が慌てたように口を開いた。


「でも、待って。奏は——」

「もう……遅いよ」

「待ちなさい。日向、奏はね」


 日向は、振り返らなかった。

 宝石が散りばめられた豪奢な扉のノブを握りしめたまま、背中越しに言った。


「気安く、奏くんのこと、呼び捨てにしないで」


 バタン、と。

 重厚な扉が、冷たく閉まった。


 狭く、目が眩むほど煌びやかな部屋が、再び完全な静寂に包まれた。

 ルカが、窓の外の景色を見たまま、ぽつりと言った。


「……行きましたね」


 凜は、何も答えなかった。

 漆黒のゴシックドレスのまま、日向が消えた扉を、ただじっと見つめていた。

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