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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第115話 グラビティエリアの戦い。蹴鞠

 次なる目的地を目指し、オレたちは帝都の街を歩いていた。


 先を歩く蹴鞠の足取りは、いつになく怒りに満ちていた。

 パニエで膨らんだ優雅なスカートの裾が、苛立ちを隠すようにバッサバッサと揺れている。


「……あの男だけは」


 蹴鞠が、扇を握りしめてギリッと歯を鳴らした。


「エインハラでわたくしに土下座を強要したあの男だけは、わたくしの手で沈めますわ」

「お前、ユリウスとは相性最悪って言ってただろ」

「相性など、気合と誇りでひっくり返してご覧に入れますわ」


 舞の『お洒落は気合』理論が、ここにも伝染している。

 だが、オレたちが辿り着いた屋敷を前にして、その気合も一瞬削がれそうになった。


「なんだこれ……」


 貴族の館というより、巨大な金庫か、あるいは要塞のトーチカだった。

 窓一つない。装飾もない。

 ただただ、分厚く黒光りする金属のブロックが、街の区画を丸ごと一つ占拠してどっかりと鎮座している。

 全てが金属製で構成された、異様すぎる建築物。


「重力血統ってなんだよ……」


 オレは呆れ半分、恐怖半分で呟きながら、重々しい金属の扉を押し開けて中へと入った。



 ユリウスの屋敷のバトルフィールドは、特別だった。


 分厚い金属の床だ。しかも、ただの鉄板じゃない。

 歩くたびに、靴底から奇妙な反発と吸収の感触が伝わってくる。

 衝撃吸収ポリマーと、リアクティブアーマーの性質をも併せ持つ、過去の異邦人が作ったという特注の床。


 重力に耐えるための床。

 ここで重力を使うことが大前提の、彼らにとっての絶対のホームグラウンドだった。


「また来たか」


 広い地下空間の奥から、男が歩み出てきた。

 当然、ユリウスだ。

 銀色の髪に俺様な顔。

 エインハラの闘技場で、そしてベラードの別邸で、蹴鞠にその力で土下座をさせた男。

 傲慢にふんぞり返った顔をしていた。


 そしてやはり、その隣にもう一人立っていた。


「父親の、ルドルフよ」


 ユリウスと同じ銀色の髪だが、その目はひどく静かで理知的だった。

 息子よりもずっと洗練されていて、静かに「私」と言いそうな、学者のような雰囲気を纏っている。


「であれば、息子よ」


 ルドルフが、静かな声で言った。


「今度は、確実に仕留めろ」

「言われなくても。あの時の屈辱、ここで万倍にして返してやる」


 蹴鞠が、オレの隣で扇をひらりと開いた。


「駆さん」

「分かってる」

「よろしくてよ」


 ユリウスが、冷酷な笑みを浮かべて手を上げた。


 ——重力が、来た。


 ズンッ、と。

 見えない巨大なハンマーで上から殴りつけられたような衝撃だった。

 オレは思わず両手をついて這いつくばりそうになった。

 内臓が下に引っ張られ、血液が足に溜まるのが分かる。


 蹴鞠が、跳ぼうとした。

 フリルとパニエで膨らんだスカートの裾が展開した。

 彼女のスカートは、それ自体が殺傷性の高い武器だ。


 だが。


「くっ……!」


 蹴鞠は、数センチしか浮き上がれず、そのまま金属の床に膝をついた。

 重力下では跳べない。

 純粋な質量の塊となったドレスが、彼女自身の身体を強烈に床へと押さえつける。

 それが、ユリウスとの最悪の相性だった。


「ふははははっ! 無様だな。エインハラでの威勢はどうした?」


 ユリウスが、余裕の笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

 重圧のせいで、呼吸すら苦しい。


 まぁ、今回は。まぁ。


 オレは『溜め』を作る。

 床に手をついたまま後ろへじりじりと下がる。


 カチッ……。


 重い。一つゼンマイを巻くのにも、普段の何倍も体力を削られる。


「ほう」


 その時、ルドルフの静かな目が、オレの動きに釘付けになった。


「なんだ、今の動きは」

「父上?」

「ベクトルがおかしい。私の敷いた重力場の中で、なぜあの少年だけが『後退』という、ただの動作によってエネルギーを内包できる?」


 ルドルフが、顎に手を当ててオレを観察し始めた。


「待て。あのパーカーの異邦人、未知の力学だ。少し圧を変えてみよう」

「は? 父上、何をしている! 俺の獲物だぞ!」


 イルマ曰く、オレの逃げるが吉は聞いたことがない。

 高齢で、かつエレインのシスターがそう言うなら、この親子も知らない。


 オレの中では、ただの画面端。

 重力血統に、この溜めダッシュは相性がとても良い。


「ひだりため……みぎ、にゅうりょく」


 その瞬間、飛び出す。

 重力スポットを外れる。

 だが、今回は甘くなかった。


「く……」

「俺の獲物だ。絶対に次は」


 ユリウスが苛立った声を上げた。


「やば……。範囲が二つあんのかよ」

「いや。違う。俺のだ」

「黙れ息子よ。……もし横から三倍の重力をかけたら、あの『溜め』のベクトルはどう変化する?」


 いや、何やってんだ……?


 ギギギ、とオレにかかる重力の方向が不規則に歪んだ。

 二つの重力スポットだ。

 オレの進行方向に並べられたら、流石に止まる。

 だのに、また一点に集められる。

 オレの動作を検証するため、ルドルフが次々と重力場に干渉し始めたのだ。


 その結果。


「ちぃっ、父上の重力干渉のせいで、俺の場の制御がブレる!」


 ユリウスの集中力が、明確に切れた。

 蹴鞠が、その隙を見逃すはずがなかった。


「駆さん!」

「分かってるよ!」


 オレは一気に溜めた。

 カチッカチッカチッ!

 ユリウスを正面に見たまま。

 そして、床に向かって思い切り踏み出した。


 ドガァン! と特注の鉄板が砕けた。

 衝撃吸収ポリマーごと引き裂かれた金属の破片が、宙に飛んだ。

 重力場では跳べないなら、空中に『足場』があればいい。

 蹴鞠が、その破片を足場にして跳んだ。


「また飛ぶ気か!」


 ユリウスが怒鳴った。慌てて重力を上へ向けた。


「同じ手は通じん!」


 蹴鞠が、空中で一気に落ちてきた。

 ユリウスの重力に引かれ、スカートが何トンもの鉛のように重くなる。


「変わりますわ!」


 蹴鞠が、真っ逆さまに落ちながら叫んだ。


「物理は苦手ですが!」

「遠くから」


 すると後方から、栞の冷静な声が響いた。


「万有引力は、距離の2乗に反比例する……よ」

「それ! そうですのよ!」


 オレは、落ちてくる蹴鞠の軌道に合わせて、次の鉄板を全力で砕く。

 蹴鞠がその破片に着地して、また跳んだ。

 今度は、さっきよりもはるかに高い位置へ。


「距離が2倍なら、重力は4分の1」


 栞の声がまた後ろから。

 空中の座標を計算しながら、淡々と続けた。


「跳べば跳ぶほど、軽くなる」

「小賢しい!」


 ユリウスの顔が、怒りで醜く歪んだ。


「ありがとうございますわ」


 蹴鞠が、空中で優雅に言い放った。

 ルドルフが、ハッと我に返って動いた。


「二人がかりにするぞ」


 落ち着いた静かな声。

 だが如実に、明確に、焦りが混じっていた。


「上空の女を、引きずり下ろしてやる」


 天を舞うドレス。銀の髪も相まって、天女のような貴婦人。

 ユリウスとルドルフ、両方の強烈な重力場が放たれる。

 彼女に重力が、二方向から向けられた。


「させねぇよ!」


 オレは飛び込んだ。

 二人の術者と、蹴鞠の間の射線に、強引に割り込んだ。


「…てか。隙だらけだぞ」


 嫌でも目に入る動き。

 逃げタンクとしての役割。

 いや、チーム・ドラグノフの一員として、——オレが標的になった。


「なっ」


 上を向いている方が悪い。

 そして、ユリウスが驚愕した。


「邪魔を——」


 すると、オレの異常な挙動に執着していたルドルフ。

 そして息子のユリウスが、反射的に強力な重力のベクトルを、オレに向ける。


 蹴鞠ではなく。


「作戦通りですわ」


 その瞬間、空中の蹴鞠の扇が動いた。

 重力の流れのズレを、彼女は完璧に捉えた。

 自らのスカートの衝撃波で、空中の位置を無理やり変えた。


 今までで一番高かった。

 広大な空間の、空に届きそうなほどの跳躍だった。


 あれも間違いなく、レベル5。

 何かが変わった、レベル5、最初の技は——


「いつもより2倍飛びますの!」


 蹴鞠が空から叫んだ。


「いつもより3倍回転しますの! そして二本のヒールを使いますの!」

「つまり」


 オレは叫んだ。


「1200万パワー……ってことか!」

「くらいやがりませ!!」


 ——アイアン・ヒール・ドライバーと名付けたい。


 超質量の鞭と化したスカートの遠心力

 重力加速を全て味方につけた、必殺の降下。


 ユリウスの脳天に、蹴鞠の二本の鋭いヒールが、完璧な角度で突き刺さった。


 ズッッッッガァァァァン!!!


 地面全体が、地震のように激しく揺れた。

 そして、宿敵の相手ユリウスが、白目を剥いて沈んだ。


 特注の頑丈な鉄板に膝をつき、そのまま前のめりに倒れ伏した。


 蹴鞠は重力を無視した動きで、オレの隣に着地した。


「ネットミーム、古すぎ!」

「兄の趣味ですわ。 因みにそんなことしても超人パワーは変わりません事よ」


 蹴鞠が、扇で口元を隠してふふっと笑った。完全に悪びれていなかった。


 その横で、父親のルドルフが完全に固まっていた。

 静かだった目が、初めて激しく動揺して泳いでいた。


「わ、わたしも……踏みつけられた……い」


 一瞬、ポツリとそんな幻聴のような呟きが漏れた気がした。

 息子の屈辱を、どこか羨ましく思っていたのだろうか。


 帝国の闇は深い。


 だが、ルドルフはすぐに咳払いをして表情を戻した。


「……失礼。見事だ」


 床に沈んだユリウスが、ピクピクと痙攣しながらも、かすれた声でキーワードを吐いた。

 底抜けに悔しそうだった。

 でも、この敗北だけは確かな実力として認めていた。


 ルドルフが、目を閉じた。


「次は是非とも、わたしの方を踏みつけてください。息子もこう言っています」


 これで、四個目が揃った。

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