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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第114話 インドラテンペストの戦い。舞

 ヴァルラの屋敷を後にした。

 オレたちは、次の屋敷に向かう前に、全員で足を止めて地図を確認した。

 ウィィン、と微かな駆動音を立てて、栞が空中にホログラムのディスプレイを展開した。

 薄暗い帝都の地図が空中に青く浮かび上がり、残りの選帝侯の屋敷の所在地が光の点で示されている。


「順番的に、次はマクシミリアン家か」


 オレは、中央領の中心で光るその点を指差した。

 ルカ・フォン・マクシミリアンの親が持つ屋敷。

 皇帝に最も近いとされる、執政官の城。

 ヴィンターハルト家の狂った花畑に比べると、敷地面積そのものは拍子抜けするほど狭かった。


「ルカは、アタシと同じスキルを持っている」

「栞と同じか……」

「だが、栞と同様の戦略を持っているというわけではないのだろう?」


 レベル5となった、チーム・ドラグノフの二人。

 流石に顔から余裕がかおる。


「……アタシの読みだと。こういうことね」


 敷地は狭いが、ここ二十年で、帝国の富という富が異常なほど集まり続けている。

 建物の外観や意匠そのものは、やけに地味で控えめに作られている。

 しかし、実際に近づいて見れば、素材が違う。

 大理石、木材、細かな装飾の素材の一つ一つが、目が眩むほど煌びやかな最高級品にすり替わっているらしい。


「アタシたちの世界で言う、『いとも豪華なる時祷書』。それが関与してるのは間違いない」

「それは一体」


 すると、九条蹴鞠が割って入った。


「フランス史。 余りにも豪華すぎて、ベリー公が資産だけではなく、あらゆるものを失ったとされる。なら、おかしいですわね」

「アタシもまだ分からない。スキルに関することとしか、ね」


 栞はそう言って、目を伏せた。

 でも、帝国がスキルに固執していることは明らかだった。

 スキルの序列。爵位や収入にも関係している。


「アレを見れば、確かにそうとしか思えませんわね」


 狭い敷地の中に常駐している精鋭の兵士。

 仕える侍女の数が、他の選帝侯の屋敷とは桁違いに多い。


 堂々と構えていない。


 文字通り『金に物を言わせた高密度の要塞』


 どう攻略するのかと、オレが口を開きかけた時だった。


「私が行く」


 凛とした、日向の声だった。

 全員が、弾かれたように日向を見た。

 日向は、空中の地図を見ていなかった。

 マクシミリアン家の屋敷がある方角を、ただ真っ直ぐに見据えていた。


「だった、ウチも……」

「ダメ」


 いつもは怯えたように震えている彼女が、静かで落ち着いていた。

 鳶色の瞳孔の奥で、ヒーラーの証である『光る十字の紋様』が、静かな決意を帯びて微かに瞬いていた。


「ごめんね。……ここは、私一人で行かせて」

「でも……」

「凛がいる。だから」


 誰も、何も言えなかった。

 あそこには、凜がいる。

 あの時の凜の顔が、オレの頭の中に鮮明に浮かんだ。

 「私は帰らない」と告げた時の顔。

 ルカの傍にいることを選んだ、あの迷いのない目。


「でも」

「私は大丈夫だから」


 日向はまだ、凜が帝国に囚われて苦しんでいると思っているのかもしれない。

 助け出さなきゃいけないと、必死に勇気を振り絞っているのだ。

 真実を伝えるべき、と思った。


 だが、彼女は。柊日向は俯きがちに言った。


「騎士団長の言葉。……黒瀬凜が裏切った。あれは私のせい」


 水瀬舞が止まった。

 止めようとしていた手を引っ込めた。


「嘘……でしょ?」

「私のせいで、裏切り者になったの。だから、私が行かなきゃいけないの」


 ふわりとしたスカートが揺れる。

 肌面積、完全に正反対のコスプレイヤーと、推し活女子。

 まるで他人のようにすれ違った。


「……分かった」


 舞は静かに頷いて言った。


 私のせいを繰り返すだけ。

 何が「せい」かは分からなくても、あの日の疑問は解消されたのだ。


 柊日向が情報を漏らしたから、騎士団長は黒瀬凜が裏切ったと公衆の面前で話すこととなった。


 玲が、無言のまま日向の小さな背中を見ていた。

 剛も、心配そうにそれを見ていた。

 栞は何も言わず、空中のディスプレイをパチンと閉じた。

 蹴鞠は扇を持ったまま、前を向いて静止していた。

 重苦しい空気を破るように、舞が口を開いた。


「ウチにはよく分からない」


 明るい声だった。

 わざとらしいくらいに快活な、いつもの舞の声だった。


「もしかしたらさ、凜ちゃんにも、ウチらに謝りたいこととかあるかもだし」


 日向の背中が、帝都の重厚な街並みの中に溶け込む。

 だんだんと、小さくなっていった。


「スキルは重宝される。簡単には殺されないでしょう。アタシたちは次に行くわよ」


 栞が、感情を完全に排した声で言った。


 ◇


 ユノの屋敷は、南領出身の貴族。

 とても、開けた場所にあった。

 帝都マグドミナの中央領にあって、そこだけが別の国のように見えた。

 広い庭というより、果てしなく続く野原だった。


 ここだけ、空が広かった。

 だが、その空には不自然なほど分厚く暗い雲が何層にも重なり合い、渦を巻いていた。


「ウチが行くでいいよね」

「好きにしていいわよ。後は」

「決まっておりますしね」


 舞がさっきのモヤモヤを晴らすように言い放つと、女二人もどうぞと道を譲った。

 男たちは、レベル5になったのだから、勿論彼女に譲る。


「……えっと」


 南側に近い筈。なのに、風が冷たかった。

 肌を刺すような冷たい突風が、野原の草を波のように揺らしている。


 オレはとっても、嫌な予感がした。

 直感的に、ここは『ヤバい場所』だと肌が粟立った。


 遥か遠くから、白いモヤモヤが迫っていた。


 野原の中央に、ユノが立っている。


 色素の抜け落ちた白い髪、薄い虹彩。

 アルビノのような儚い外見だった。

 その細い肩は強風に煽られ、今にも折れてしまいそうなほど痛々しい。

 ひどく、幸薄な顔をしていて、ヴコルの時とは違う恐ろしさを感じる。


「やっぱりもう一人いるし」

「駆。うるさいって」


 隣にもう一人、大人の女性が立っていた。

 栞からの情報によると、彼女の名前はセラフィナ。

 ユノと同じ真っ白な髪、同じ薄い虹彩。

 二人が並ぶと、言葉を交わすまでもなく母娘だと一目で分かった。


 ただ、母親のセラフィナの方は、娘の儚さとは対照的に、酷薄なまでの威厳と冷酷さを纏っていた。


「……来ましたね」


 ユノが、吹き荒れる風に消え入りそうな、幸薄い声で言った。


「拙が相手をしてやろう」


 セラフィナが、傲慢な響きを持った声で言い放つ。

 明らかな毒舌の気配が、その冷たい声に滲んでいた。


「異邦人の踊り子とやら。拙の雷に焼かれて、無様に消えるがよい」


 ゴロゴロと、上空の分厚い雲が不気味な産声を上げた。

 舞が、オレの隣でゆっくりと首を回した。

 コキッ、コキッ、と無骨な音が鳴った。

 ギャルらしからぬ、格闘家のようなウォーミングアップだ。


「じゃあ、駆」

「何? なんで、ジャパニーズホラー的なのが二人もいるんだよ」

「ここは、ウチに任せて」


 娘の方は顔見せに参加していた。

 その時に公表されたのか、フィニス軍の情報か。

 栞から出現しているディスプレイには、インドラテンペストという物騒な文字が流れている。

 マテルナーレ家の血統スキルは、吹雪と雷という天候操作系。


「神かよっ! 流石に相手が悪いって」


 オレは慌てて止めた。

 舞の露出度の高い衣装は、いくら魔力回路のインターフェースとはいえ、相性が悪すぎる。

 せめて、SFであれば。せめて、栞のようにロングセーターならば。

 せめて、ヴェルサイユ宮殿が似合いそうなドレスであれば。


 この寒空の下では、見ているだけで凍えそうだった。


「それ、絶対寒いだろ。吹雪だぞ! 雷だぞ!」


 すると舞が、ジト目でオレを見た。


「駆、ぜーんぜん分かってない」

「何がだよ。 古今東西、学生から会社員まで、氷河期は生きてないんだよっ! せめて、カンブリア紀、三畳紀、ジュラ紀それから」

「これだから陰キャは」


 褐色肌。キラキラしたマスカラ。

 そして、揺れる胸元。目のやり場がないが。


「陰キャで悪かったな。 でも、関係ないだろっ!」

「マジぃ? お洒落は、気合じゃん!」

「は……?」


 オレは言葉を失った。

 意味が分からない。


「ウチだって、勇者じゃん!」


 舞が、ステップを踏んで踊り始めた。

 肌面積しかない衣装が、帝都の冷たい暴風の中で激しく揺れる。


 その瞬間、彼女の腹部や太ももに刻まれた幾何学的な『魔力痕』が輝く。


「その程度……か」


 すると、セラフィナが、白く細い手を天に掲げた。


 ピシャァァン!!


 鼓膜を破るような轟音と共に、空から極太の雷が一直線に落ちた。


 だが、舞は躱した。

 ステップを止めず、踊りの優雅な動きの中に回避を組み込んで、雷撃を紙一重ですり抜ける。


「拙の雷が、なぜ当たらぬ」

「今のは運だよ。ってことで、駆っ!」


 セラフィナの薄い眉が微かに顰められた。

 オレは、たまらず走り出した。


「そうだった。えっとさだこの二人。こっちだ!」


 オレが叫んでヘイトを買うと、次の雷がオレを狙って落ちてきた。

 既にゼンマイは巻いていたから、飛び出す。


「あっぶな!」


 ズッドンッッ!


 さっきまでいた場所の石畳が、はじけた。

 高熱で真っ黒に焦げ、ドロドロに溶けていた。


「ちょ、ま! えっと、五分! ヴァルラは」

「拙と比べないで下さい。ヴァルラも、そこの女もクソビ——」


 ヒュゥゥゥッ、と風の音が変わる。

 間髪入れず、今度はユノが弱々しく手を上げた。


 視界を真っ白に染める猛烈な吹雪が襲いかかってきた。


「寒い寒い寒い! っていうか、なんか不味いこと、言ってなかった?」


 オレはパーカーのフードを被りながら絶叫した。


「……お母様」


 ユノが、目を細めて幸薄そうに呟いた。


「あの踊り子さんの踊り、目が痛いです」

「拙も同感だ」


 セラフィナが、忌々しげに顔を歪めた。


「なんだあの落ち着きのない動きは。金色の魔力が無駄に光って、目がちかちかする」

「え、それ褒め言葉? ありがとー!」


 舞がさらに眩く発光させながら、にこにこと笑って踊り続けた。

 煽りスキルが高い。ギャルのメンタルは強靭だ。


「このクソビ——」

「舞ッ! オレが囮役だろっ! 煽ってどうする!」

「煽ってないし」


 彼女の動きは全然止まらなかった。

 すると、雷が落ちる。だが、舞が華麗なターンで躱す。

 今度は、吹雪が吹き荒れる。舞が熱を帯びたステップで踊り抜ける。


 オレが走り回ってヘイトを引き付ける……


 そんな作戦、だった。


「小賢しい。拙の雷をこれほど躱すとは」


 冷たい声に、殺意と毒舌の気配がさらに増した。


「本気を出そうか、虫ケラども」


 空が、完全に暗転した。

 昼間だというのに、まるで深夜のように暗い。本気の嵐だった。

 上空を覆う雷雲が数倍に膨れ上がり、猛烈な吹雪が野原の全てを白く塗り潰そうと荒れ狂う。


 風が、獣のように轟々と唸りを上げた。


 オレは暴風に逆らい、必死に走りながら叫んだ。


「舞! 作戦が全然回ってない! 正確の相性も最あ——」


 その時。

 舞の動きが、ピタリと止まった。

 いや、止まったんじゃない。踊りが『変わった』のだ。

 さっきまでの、激しく挑発的なステップとは全然違う動き。


 とても静かで、滑らかで、神聖な舞い。


「ウチ、熱い……」


 ひらっと一枚の布が落ちる。


 まだ、脱げる要素があったらしい。


 その静かな動きに合わせて、周囲の空気が劇的に変わった。


 舞の全身に広がる魔力回路が、これまでとは比較にならない最大出力で輝き始めた。


「レベル5……ってこと」


 舞が、その領域に至ったのだ。

 舞が、静かに天を仰いだ。


 もう一枚、はらりと布が落ちる。


 どこからか、落ちた。


 吹き荒れる嵐の中心で、


 彼女の澄んだ声が、空気を震わせて響き渡った。


「踊るが吉レベル5──『アメノウズメ』」


 かつて世界を深い闇から救い出し、太陽を呼び戻したという神話の女神の名。

 舞が、光を纏って神々しく舞った。


 その瞬間。

 吹雪が止み、雷雲が霧散した。


 そして、空が、青くなった。


 ——暖かな陽光が、野原に降り注ぐ。


 セラフィナが、天を仰いだまま完全に固まっていた。


「拙の……嵐が……」


 ユノも、信じられないものを見るように固まっていた。


「……お母様、お空が……」


 二人とも、石像のようにピクリとも動けなかった。

 気象を操る絶対の力を、踊り子の『神楽』によって完全に上書きした。


「気合で晴れたじゃん」


 舞が、くるりと振り返って、オレに向かってにっと笑った。

 オレは、ぽかんと青空を見上げた。


「陽キャ、マジかよ……」

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