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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第112話 ネクロマンサーとの戦い。玲

 アルカエルムの威容を背にして、オレたちは帝都の貴族街を進んだ。


 目指すのは、七人の選帝侯の一人。

 南領出身でありながら中央領に屋敷を構えるという『ネクロマンサー』、ヴコルの居場所だ。


 だが、案内された区画に足を踏み入れた途端、街の空気が一変した。

 他の貴族たちの豪奢な館が立ち並ぶ中、そこだけがポッカリと異界のように切り取られていた。


「ここに入るのか?」


 高い鉄柵の向こうに広がっていたのは、どこまでも薄暗く、不気味な庭園だった。

 植物が茂っているはずなのに、生命の匂いが全くしない。

 土の匂いすらなく、代わりに鼻をついたのは、冷たい薬品のような臭い。

 そして古い血が乾いたような饐えた臭いだった。

 葉はどれも病的な土気色をしていて、虫の羽音一つ、鳥の鳴き声一つ聞こえない。完全な静寂が、べっとりと空間にへばりついている。


「……趣味が悪いにも程がありますわね」


 蹴鞠が扇で鼻元を覆いながら、心底嫌そうに呟いた。

 日向が青ざめた顔で舞の袖をギュッと掴み、剛と玲が油断なく武器に手をかけている。

 選帝侯の屋敷というから、さぞかし馬鹿でかい豪邸を想像していた。


「は、速水。先に行って」

「いや……お化け屋敷とかは苦手で」

「自慢の逃げ足は何処に行きましたの」

「自慢の逃げ足だからだろ」


 広大な庭園の奥にぽつんと建っていたのは、拍子抜けするほど小さな平屋建ての建物だった。

 装飾も窓もなく、まるで墓守の小屋か、巨大な棺桶そのもののように見える。


「だったら、あの加速で突っ込めばいいだろう」

「バカかな? なんでもツッコむと思うなよ」


 ふと、足元の植物に違和感を覚えた。

 葉の落ちた灰色の枝やツルが、不自然に絡み合い、捻じ曲がって、明確な『矢印』の形を作っている。


 まるで、骨と皮だけになった人間の腕が、建物の入り口を指し示しているみたいだった。

 その矢印の先、建物の扉の前に、一枚の立て札が刺さっていた。


『中へどうぞ』


 子供が書いたような、丸っこくて丁寧な文字だった。

 それが逆に、背筋が凍るほど不気味だった。


「……罠、でしょうか」


 日向が震える声で言う。


「罠でも行くしかないわ」


 栞が静かに言って、玲に目配せをした。

 玲が頷き、右腕の黒い装甲を軋ませながら、平屋の建物の扉をゆっくりと押し開けた。

 ギギギ、と嫌な音を立てて開いた建物の中は、完全にガランとしていた。

 生活感どころか、家具の一つもない。壁も床も剥き出しの石造りで、ただ、部屋の中央にポッカリと大きな穴が開いているだけだった。

 地下へと続く、暗く長い石階段。冷たい風が、下からヒュゥと吹き上げてくる。

 そして、その階段の入り口にも、またご丁寧な立て札が置かれていた。


『下へどうぞ』


 やはり矢印付きで、歓迎するかのような丸文字が踊っている。


「完全にお化け屋敷で草……」


 遊びなのか、狂気なのか。無邪気な悪意が、底知れない地下の暗闇からオレたちを手招きしていた。


「草なら先に行って」


 暗く長い石階段を降りきった先は、地下だった。

 ヴコルの屋敷の地下は、異常なほど広かった。

 天井が異様に高く、冷たい石の壁が四方をぐるりと囲んでいる。

 壁には松明が等間隔に並べられ、揺れる炎が不気味な影を落としていた。


 ダンジョンだ、とオレは思った。ゲームで死ぬほど潜った、本物のダンジョンがそこにあった。


「えー、ここにしよっかなぁ。ひろいし」


 幼い声がした。エレイナスクロニカで聞いた声。

 無邪気で、残酷なことを何一つ分かっていないような、心底楽しそうな幼い声だった。


 つまり、ヴコルがここにいる。


「人いた……。良かった……」

「良いわけないだろ。敵だぞ」


 その傍らには、知らないおじさんがいた。


「よぉ。自己紹介するか? 俺はドラガンだ。ヴコルの父親だ」


 そうらしい。

 太い腕を組み、野生の獣のような目でオレたちをじっと見据えている。


 すると玲が、スッとオレの隣に立った。

 右腕の黒い装甲が、微かに明滅している。


「駆、行くぞ」

「わ、分かってる」

「本当に分かってるか?」

「そういう作戦……だろ」


 玲が、フッと少しだけ笑った。


「そうだ」


 ヴコルが、無邪気に両手を広げた。


 ——地面から、湧いた。


 アンデッドが湧いた。

 数が分からなかった。

 十体、二十体じゃない。

 もっと、何十体、百体といるかもしれない。

 硬い石畳を泥のように突き破り、腐った手が次々と這い上がってくる。


「来るぞ。行け」

「どっちだよ」

「あっちだ」


 松明の光の中で、飢えた黄色い目が無数に光った。

 吐き気を催すような腐臭が一気に地下室に充満する。


「ひ……」


 オレは引き攣った声を出した。


「ひぃぃぃぃぃぃ」

「走れ!」


 玲の鋭い声と同時に、オレは駆け出した。

 走りながら、チラリと後ろを見る。

 アンデッドがついてきていた。

 ほとんど全員が、狂ったようにオレの方へ向かって押し寄せてくる。


「道が分かんねぇ!」


 そう。

 オレは逃げタンクだ。

 ヘイトを稼いで、稼ぎまくる。

 ゲームなら完璧な戦術だが、現実でやるとただの地獄だ。褒められた話じゃない。


 だが、すぐにオレたちは苦戦を強いられた。


「キリがないぞ!」


 玲が光刃でアンデッドを弾き飛ばすが、倒れた端から別の死体が群がってくる。

 まさに無限湧きだった。

 ヴコルが笑いながら指を鳴らすたびに、新しいアンデッドが壁から、床から、際限なく這い出してくる。


「キリはあるはずだっ!」


 玲の光刃が閃き、何体もの首が飛ぶが、群れは全く減る気配がない。

 ジリジリと、壁際へと追い詰められていく。


「えーなんでぇ」


 群れの向こうから、ヴコルの不満げな声が聞こえた。


「まだ使えるじゃんかぁ。ほら、起きてよぉ」


 また増えた。

 斬り捨てたはずの死体が、再びパズルみたいにくっついて立ち上がる。


「増えてんじゃねーか!!」


 オレは悲鳴を上げながら、迫り来る腐った腕をギリギリで避けた。

 このままじゃジリ貧だ。スタミナが切れた瞬間、全員揃って食い殺される。


 その時だった。

 玲が、スッと光刃を下ろした。

 プロゲーマーとしての、極限の集中に入った時の目だった。

 周囲の無数のアンデッドを、もはや『敵』として見ていない。


 ただの『オブジェクト』として見下ろす冷徹な目。


「——マップは把握した」


 玲が、響く声で言った。

 オレは走りながら叫んだ。


「は? ここ、ぐちゃぐちゃだぞ! アンデッドだらけで道なんかねぇよ!」

「ルール関与だ。駆、そのまま走れ」

「……ルール関与」


 オレの頭の片隅で、オタクの血が騒いだ。


「ルール関与、なんかかっこいい!」


 玲が、オレに向かって、かつての戦場で使っていた指示を飛ばしたのだ。

 チーム・ドラグノフはこっちで初めて聞いたけど。


「デスマッチじゃない。ドミネーションを優先するぞ、俺たちは!」


 玲が身を沈め、右腕の光刃を限界まで出力した。


「チーム! 『ドラグノフ』だ!!」

「おう! オレもあのチームドラグノフ! あの、多分。あれだ!ネットで見た……かもっ!」


 それは、かつて彼らがFPSのプロシーンで使っていたコールサインだった。

 一点突破の狙撃特化フォーメーション。

 タンクと囮が全てのヘイトと射線を一身に集め、アタッカーが最短距離で敵のコアを撃ち抜く。


 玲が「クリア!」と吼える

 オレはその言葉に歓喜した。

 そして走る。

 アンデッドの群れが、雪崩のようにオレについてきた。

 右に切り返した。斜めに走った。

 また、群れが蠢いてついてきた。


 オレは思った。本物のヴァンパイアのサバイバー!


 オレが限界まで引き付け、マップの端をぐるぐると回る。

 オレが逃げる。そして、玲が刈る。


 単純だった。でも、プロの連携が乗ったそれは、完璧に機能していた。


「えー、なんでぇ」


 またヴコルの声がした。


「まだ使えるじゃんかぁ。もっともっとぉ!」

「まだ、増えてんじゃねーか!!」


 オレが叫ぶ中、玲の右腕から伸びる光刃が、二本になった。

 いや、三本になった。

 地下の空間に、眩いレーザーのような光が溢れた。

 アンデッドが次々と崩れ落ち、道を塞ぐ肉の壁が蒸発していく。


「流石にやるねぇ」


 ドラガンが、奥でまだ動かずに腕を組んでいた。

 玲の突進を、余裕の値踏みで見つめている。


 だが、玲は動いた。

 群がるアンデッドを全て無視した。ルールは殲滅じゃない。拠点制圧だ。


 一直線に、ドラガンに向かって踏み込んだ。


「その剣、伸びるのかっ」


 その速さと殺気に、ドラガンが初めて腕を解いて動いた。

 ネクロマンサーの黒い魔力がドロドロと溢れ出し、巨大なアンデッドの盾が玲を囲み、圧殺しようとする。


 それでも玲は、止まらなかった。


 目にも留まらぬ光刃が走った。レーザービームを放った。

 アンデッドの巨大な盾を紙のように薙ぎ払い、踏み込みの慣性のまま、ドラガンの太い首筋に光の剣をピタリと当てた。


 そして全てが、静止した。


 周囲で蠢いていたアンデッドたちが、主の危機に動きを止める。


「——キーワードを言え」


 玲の冷たい声が響き、地下がしんと静まり返った。

 ドラガンが、首筋の光刃を見下ろして目を細めた。

 屈辱に顔を歪ませていたが、やがてフッと息を吐く。


 プロのゲーマーのプレイングを認めるような顔になった。


「俺たちの……負けだ」


 低い声だった。

 奥で見ていたヴコルが「負けてないもん!」と言いながら、ぷくっと頬を膨らませた。


 それから、つまらなそうにキーワードを吐いた。


 オレは壁に手をつき、荒い息を整えた。

 玲が、スッと光刃を消して振り返った。

 その目は、さっきまでの玲とは違っていた。


 もっと深く、もっと鋭い。


 一段階上の、全然違う『強さ』の次元に足を踏み入れた顔になっていた。


「チーム・ドラグノフ。ミッションコンプリートだ……」


 玲が、オレたちを見て言った。

 神宮寺玲。彼は羊皮紙を取り出し、天高くつき上げた。


 そこでオレは、久しぶりに他人の羊皮紙を目にした。


「レベル5に、なった?」

「あぁ……なった」


 玲が、自分の右腕の装甲を見つめて静かに頷いた。

 オレは、地下の暗い天井を見上げた。


「異世界人との絡み……。遊んだ判定……ってこと?」

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