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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第111話 皇帝ネクトールの城

 帝都マグドミナの石畳を踏み締めた時。

 最初に視界を覆い尽くしたのは、大聖堂であり皇帝の居城でもある


 その名は『アルカエルム』だ。


 天を穿つようにそびえ立つ二本の巨塔。

 見上げれば首が痛くなるほどの高さ。

 ゴシック様式の尖塔群。

 分厚い雲を突き破らんばかりに鋭く空へ伸びている。


 外壁を覆う石材は、すべて深く沈んだ黒色に染まっていた。

 煤や汚れの黒ではない。

 最初から、人間を根源的に威圧し、ひれ伏させるために切り出されたような、重く冷たい黒だ。

 何百年という帝国の血統と歴史が、その石の一つ一つにずっしりと染み込んでいるような重厚感。


「ケルン大聖堂を思わせますわね。建築に数百年を要したとされる、あの——」


 蹴鞠が舌を巻く。

 西洋の教会を、さらに凶悪に巨大化させたような威容だった。


 そして正面には、天にも届きそうな巨大な両開きの門が鎮座している。

 細かい彫刻が隙間なく施された青銅の重い扉。

 どう見ても人間の物理的な力で開閉できるようには作られていない。

 外からの侵入者を拒む、完璧な断絶の壁だった。


「……何百年も掛かったら、住めないじゃん」

「笑止ですわね。これだから、にわかは」

「にわかも何もないだろ。行ったことないんだし」

「それだけの国家プロジェクト……ということよ」


 栞もどこか引いているように見えた。

 オレは門を見上げながら、思わず息を呑んだ。


「これ、絶対にイベント進めないと開かないやつだろ。七つの鍵を集めてこい的な」

「ルカが言っていた通りね。七人の選帝侯の力が揃わなければ開かない」


 すると隣で、栞が冷静に補足した。


「でも、悪そうな親玉が住んでる場所には見えねえんだよな。厳かというか、荘厳というか。神聖なラスダンって感じだ」

「速水。それは違いますわよ」


 今度は背後から、蹴鞠が声をかけてきた。


「違うって、そのままだろ」

「わたくしは、南領で酷い見世物にされましたわ」


 蹴鞠の声はひどく平坦だった。


「まあ、わたくしの魅力を帝国の愚民どもにアピールする場にはなりましたけれど」


 一拍、置いた。

 彼女の目が、僅かに据わっていた。

 豪奢なドレスの裾を握る手が、白くなっている。


「栞は、もっと本当に、酷いことをされかけましたわ」


 オレは、アルカエルムの巨塔から視線を下ろし、黙った。

 蹴鞠だってそうだ。栞も勿論。誠司も。


 そんな中で一人。彼女は帝国の男の手を取った。


「……悪かったよ」

「今更、速水に謝られてもどうにもなりませんのよ」

「それでも、な。思いだしてきた」


 オレはそのまま頭を下げた。

 蹴鞠の話によると、アルンを失った男の暴走が招いたこと。

 リーフが倒したとはいえ、オレ自身は何もしていない。


「考え無しで悪かった。蹴鞠も、栞も。オレがもっと早く気付いていたら」


 栞は前を向いたまま、何も言わなかった。

 ただ、青い瞳で、重く閉ざされた巨大な門を見つめている。

 何を分析してるかなんて、オレには分からない。


「シュテナで兵站を確保してくれてる誠司と美咲にも」


 だから、オレは続けた。


「会ったらちゃんと言う。それと、凜……」


 そして口が、勝手に止まった。

 凜は、ルカのそばにいることを選んだ。

 彼女にとって帝国が居場所になったのなら、オレが謝るのは違う。

 言葉が行く場所を失って、空中で霧散した。


「ってか。なんで速水を追い出したんだっけ」

「それは……」


 玲が舞を見た。剛が玲を見た。


「俺たちがムキになって」

「いいえ。アタシがムキになって追い出した」


 二人の視線が栞に集まる。

 オレは全員の顔を順番に見た。

 なんとなく、空気で分かった。


「その前にあったじゃん。クリアしないといけない圧が」

「それは……」


 仲間内で何かが軋み、壊れかけている。

 でも、オレには何も言えなかった。


 オレが使えなかった、これは間違いがないから。


「そもそも、食べ物はいっぱいあるじゃん」


 冷たい風が、黒い城壁に当たる。


「じゃがいもだって」

「あ……それって」

「ん? どした、速水」


 情報の非対称性。

 山を越える度に、文明が変わる。


 栞が、小さく息を吐いた。


「その前にいい? 話したくなければ、話さなくていいけど」


 全員の視線が、栞に集まった。


「これだけは聞いておかないといけないから」


 栞は、アルカエルムの『開かずの門』を見据えたまま言った。


「みんな、日本に帰りたい?」


 突然の問いかけ、でも、当たり前の質問だった。

 そして、重い沈黙が落ちた。


 舞が、ぽつりとこぼすように言った。


「……帰りたいよ」


 蹴鞠が、扇を握りしめて言った。


「帰りたいですわ。こんな野蛮な世界」


 玲が、右腕の黒い鱗を隠すようにして言った。


「その為にここまで来たんだろう」


 剛が、重装甲の中で肩を落として言った。


「実際。あと少しなんだ……」


 すると日向が、少しだけ間を置いた。

 それから、震える声で言った。


「……帰りたい」


 何故、震えているのか。

 そんなの、考える余裕はなかった。


 人狼ゲームのように、全員の視線がオレに向いたからだ。


 オレは、無意識に頭をガシガシと掻いていた。


「んー……」

「駆、お前。まさか」


 だから、玲が咎めるように詰め寄った。


「あれじゃん。異世界が気に入っちゃった的な」


 舞が、少し棘のある声で言った。


「こっちで仲間も多いしな、お前は」


 剛が、どこか羨むように言った。

 オレは、言葉を失いかけた。

 実際、そうではあるのだから。

 

「理不尽よね——」


 栞が、ふうっと呆れたように息を吐いた。

 そして、閉じられた門を見上げた。


「それが、速水駆が頭一つ抜けて強い理由だもの」


 シュテナの宿屋での話が、頭に蘇ってきた。

 この世界との結びつきが、交わりが強いほど、スキルのレベルが上がる。

 オレが『帰りたい』と即答できないのは、カルネ村の連中がいる。

 エレイン教会組の、セルノ、フィオナそしてイルマがいる。

 リーフ、ヴォルフたちと共に帝国で走り回った。

 この世界にしっかり根を張ってしまったからだ。


「留まる理由が強いほど、ステータスが上がる。こっちの世界目線だと、当たり前かもしれないけれど」


 それが、今のオレの強さの根源だと、栞は言っている。


「ん-? でも、レベルは同じだよね」

「確かにそうだったな。速水」

「レベル4には違いないんだな?」


 これも、ある意味での非対称性だった。

 隠しステータスがどうとか、玲と剛は話し合っていた。

 逆にオレは、逃げるとかみたくなくて、アプデ情報も意味不明で、リュックの底に沈ませていた。


「そういう意味ではありませんの。悔しいですが、駆さんは頭一つどころではありませんわ」

「それはどういうことだ」

「レベルはあくまでボーナスよ。そもそも、隠しステータスなんて存在していない」


 オレは少し目を剥く程度だった。

 でも玲と剛、そして舞は肩を跳ね上げて驚いた。


「じゃあ、羊皮紙って。人々との交わりボーナスだけ……ってこと? 説明なさすぎぃぃ」


 ゲームみたいに考えて駄目。

 でも、ゲームみたいに設計されていたとしたら。


「で。駆は答えない……でいいのね」


 ここで話が戻る。

 十分に考える時間が出来た。


 とは言え、オレだ。


「だいたいさ」


 オレの答えはコレだった。


「異世界モノって、現実に帰るケースの方が少なくね? 途中で作者失踪してエタることもあるし」


 全員が、揃って顔を歪ませた。

 玲が頭を抱えて額に手を当てた。


「アニメの見過ぎだ」

「お前ってやつは……」


 剛は天を仰いだ。

 舞が吹き出しそうになって口を押さえた。

 蹴鞠が呆れ果てた顔で「はあ」と特大の溜め息をついた。


 そして栞が、じろりとオレを睨んで言った。


「……流石は速水駆というべきね。この空気でそれが出るなんて」

「おうよ。メタ発言は任せとけ」

「だから……褒めてないから」


 アニメオタと、ゲームオタと、推し活オタとコスプレオタ。


 オレたちが馬鹿なやり取りをしている間も、ずっと静かだった。

 アルカエルムの巨塔と、重く閉ざされた開かずの門はそこにあった。


 ただ静かに、オレたちを見下ろしていた。


「というわけだから。十次元の魔宝石を手に入れるわよ」

「それで帰るという話だからな」

「というわけだから──」


 栞はあくまで帰る気だった。


「選帝侯の子との戦いは──」


 十次元の魔宝石。オレたちをここに連れてきた魔石。

 フィニス及びヴァルシアの女王が、そう仰られた。


 そして、我らが如月栞は仰られた。


「──という作戦でどう?」

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