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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第110話 選帝侯の子。七人の洗礼

 シュテナは帝国の北側の都市だ。

 帝国は、オルエレア大陸東部に広がる。

 帝都はその中央から少し北にある。


 だから、オレたちは南へ下る。


 北領の荒涼とした大地から、中央領の丘陵地帯へと差し掛かる境界だった。


 シグルドの父、選帝侯ライエンバッハの居城があった。

 岩山そのものをくり抜いて築き上げたような、無骨で巨大な砦のような城である。


「こっちだ」

「くれぐれも失礼の内容にね」


 分厚い石造りの城壁が、鉛色の空に向かって垂直にそびえ立っている。

 門をくぐると、軍隊が丸ごと整列できそうなほど広大な中庭が広がり、その奥に重厚な本棟が鎮座していた。

 何より目を引くのが、本棟の屋根から天を突くように伸びる、三本の鋭い尖塔だ。


 冷たい風が吹き抜け、城壁のあちこちに掲げられた帝国の紋章旗がバタバタと重い音を立てている。

 絵に描いたような、難攻不落の要塞だった。


 かっけぇ、とオレは単純に思った。

 帝都への道に立ち塞がる、ゲームのラストダンジョン手前みたいだった。


「失礼の内容に」

「何回言うんだよ」


 金獅子の連中に案内されて中庭の中央まで進む。

 そこには、すでに六人の影が待っていた。



 ——と、その前に。


 少し前に遡ろう。


 これは道中での話だ。

 みんな忘れていたし、オレ自身も忘れていたこと。


「みんな、これを——」


 ウィィン、という微かな駆動音。

 栞の鞄からスマホやタブレットがふわりと宙に浮き上がった。

 青い光が空中に展開し、六人の顔と名前のホログラムウィンドウが並べられていく。


「アタシが見たのはヴァルラとヴコル。そしてルカとマリアだけ」

「でも、わたくしが見たユリウスも、だいたいこんな感じですわよ。ユノは……あまり覚えてませんけど」

「ん-。あんま、人の顔って見る習慣なくて」

「やはり、パーカーが本体ですわね」

「どんなツッコミだよ! せめて眼鏡が本体って言え。眼鏡かけてないけど」


 選帝侯が七人いるという情報は、王国からの情報だ。

 そして、その子らが実働部隊として、異邦人と直接かかわる。

 ただ一人を除いて、六人の特徴を如月栞は纏めていた。


「栞が言うなら……本当なのだろう」

「どういう理屈だよ」


 玲が鋭い目でそれを見た。


「北欧神話の巨人……か」

「ハッキリ言って、スキルの種類もレベルも違うわね」


 剛が光る盾を構え直した。


「ねー。これさ。ウチらと関係あるの? 前っ然想像できないんだけど」

「間違いなく。そういう本を見た。それに……ネズミの子を産まされそうになった」


 舞が息を呑み、日向が怯えたように身を縮めた。


 皆がヒソヒソと話をしていた。

 あいつらか、という緊張感が、皆の中で固定されていった。

 帝国の中枢、選帝侯の子たち。


「かつての異邦人のスキル……。オレはなんで逃げるスキルなんだよ……」


 オレも一応、ホログラムの顔ぶれを見た。

 白金の髪に青灰色の瞳を持つ、北欧系の長身美女、ヴァルラ。

 浅黒い肌に幼さの残る顔立ちの、ヴコル。

 銀色の髪を揺らす俺様気質の男、ユリウス。

 真っ白な髪を長く伸ばした幸薄そうな女、ユノ。

 そして、あのエインハラで栞を精神的に追い詰めたという、マリア。

 もう一人。多分、あの時オレの近くにいた男、ルカ。


(つまり一足りない。妖怪か……。あれ? 妖怪か?)


 遠くから歩いているから、錯覚かも知れない。

 三本あるうちの中央の尖塔。

 その一番高い先端に、何かいるように見えた。


(いや……。人の形。鎧を着てる。槍を持ってる)


 遠い。でも、オレの目には確かに見えた。

 強風の吹き荒れる尖塔の天辺に、人型妖怪が立っていた。


 それは、殆ど動いていなかった。

 時々、ふらついた。


(いや……人っ! なんでアイツ、塔の上にいるんだよっ)



 そして、今。


 オレは、六人の自己紹介が始まるのを横耳で聞きながら、ずっと塔を見上げていた。


 ヴァルラが名乗った。ゆったりとした、底知れない色気のある声だった。

 ヴコルが名乗った。無邪気で残酷そうな、幼い声だった。

 ユノが名乗った。やはり口が悪かった。


 オレはやはり、尖塔を見ていた。


(だが、確かに、だ。そもそも、『上から突然降ってくる登場演出』って、どうやればいいんだ?)


 視界が開けたこの砦で、遠くから飛んで来たら絶対に目に入るよな。

 オレたちが中庭に入るギリギリまで屋根裏に隠れてて、「今だ!」ってタイミングで猛ダッシュで尖塔を登る、とか?


(いや、それだと動いてるのがバレてダサいかも)


 ユリウスが名乗った。傲慢さを隠そうともしない、俺様な声だった。

 マリアが名乗った。柔らかな笑顔と声だった。


 その瞬間、栞の肩が僅かにこわばるのが見えた。

 横にいた蹴鞠が、扇を握ったまま前を向いてピクリとも動かなくなった。


 オレはまだ、尖塔を見ていた。


(あ、思いついた)


 像のフリだ。

 ほら、テーマパークとかでパントマイマーがやってるやつ。

 オレたちが砦の門をくぐるずっと前からあの場所に立ってて、風に吹かれながらずっと動かないで待ってるんだ。

 誰もただの彫刻だと思って気に留めない。

 で、「今だ!」ってタイミングで急に動く。


 絶対それだ。


 ルカが名乗った。

 薄桃色の瞳をした、とても穏やかで静かな声だった。


 ——そして六人の自己紹介が終わった。


 オレは尖塔を見たまま。


 オレは目を剥いた。


(あいつも同じこと思った?)


 本当にやってた。

 あの尖塔の上のヤツ、今更ながら頑張って動かないフリを始めた。


「いやっ! 今から始めても遅いからっ!」

 

 ついツッコんだ。その時。

 尖塔の先端の影が、ふっと動いた。


 あまりにも速かった。

 重力に従って、というよりも、自ら風を突き破るような一直線の急降下。


 栞が横で、切羽詰まった声を出した。


「剛! 駆の背中を思い切り引いて!」

「な? こ、こうか!?」


 剛の丸太のような太い腕がオレのパーカーの背中をぐいと掴み、問答無用で思い切り後ろへ引っ張った。


 カチッ。


 強制的な後退によって、オレの体内でゼンマイが鳴った。


「そう。離して!」


 剛がパッと手を離した。

 同時に、オレは前へ踏み出していた。


 爆発的な速度だった。


 何かが頭上をすれすれで通り過ぎた。

 ズバァン! と、落雷のような風圧が耳を叩いた。

 オレは石畳を蹴って、中庭の端まで一気に走り抜けた。


 そして、何が起きたのかも分からずに、振り返った。


 ドガァァン!! 


 凄まじい轟音と共に、オレがさっきまで立っていた場所が抉れていた。

 クレーターのように粉砕されていた。

 粉塵が晴れると、一本の長槍が地面に深々と突き刺さっていた。


 そして、その横に男が降り立っていた。


「ふ……。今回の勇者はその程度かっ!」


 名前は勿論知っている。

 でも、顔も特徴も知らない。


 でも、絶対にシグルドだった。


 引き締まった強靭な体格だった。

 銀色の髪を揺らし、目が据わっていた。

 槍の柄を握ったまま、中庭の端にいるオレをじっと見ていた。


「俺の名はシグルドっ!」


 よく見ると、その目が僅かに剥かれていた。

 外したことに驚いている顔だ。


「特にお前! 馬鹿め。当てると思ったか! 顔見せ程度で当てるなど、つまらぬだけだっ!」


 オレは荒い息を整えた。

 心臓がバクバクと跳ねていた。本当に跳ねていた。あと一瞬遅れていたら、串刺しにされて死んでいた。


「いや、凹んでんじゃん! 絶対に当たってたじゃん!」


 オレは思わず叫んだ。

 シグルドの動きが、一瞬ピタリと止まった。

 それから、慌てて表情を険しいものに戻し、石畳から槍を引き抜いて、威圧的に構えを解いた。


「当てていない。……これは、警告だ」


 無理して低く作ったような声だった。


 中庭が、しんと静まり返っていた。


 ヴァルラが、その静寂を縫うようにゆったりと言った。


「シグルドぉ。遅いですよぉ」


 シグルドが、気まずそうに黙った。

 オレは横目で栞を眺めた。

 栞はオレを見ていなかったけど。


 シグルドたちを真っ直ぐに見たまま、いつも通りの涼しい顔をしていた。


 オレは小声で言った。


「お前、今、落ちてくるタイミング計算してたのか」


 栞は答えなかった。

 ただ、よく見ると耳の先が、少しだけ赤くなっていた。


 そこでオレは気付いた。


 みんな、見えてたんじゃん。



 ヴァルラが、ふふっと笑ってゆったりと言った。


「皇帝陛下への道ですよねぇ。ルカ、説明して差し上げて」


 名指しされたルカが、一歩前に出た。

 赤く光る薄い金髪、薄桃色の瞳。

 凜があんな顔をするんだ。悪い人間ではないのだろう。

 本当に、人を疑うことを知らないような穏やかな顔をしていた。


 オレは、ちらっとシグルドを見た。


 彼は七人目として、六人の隣に並んでいた。

 腕を組んで、堂々と前を向いていた。

 でも、口が微かに動いていた。


(当てるつもりはなかった。あれは計画通りだ。本当に当てるつもりなら当たっていた。あれは警告だ。警告。そういう演出だ……)


 めっちゃ小声だった。

 でも、オレにはしっかり聞こえていた。

 尖塔の上で彫刻のフリをしてまで決めた登場シーンを当てられて、相当引きずっているらしい。


 すると、ルカが静かに口を開いた。


「単純なことです」


 ひどく穏やかな声だった。


「私たちは七人、それぞれが一つずつ『キーワード』を持っています。その七つの鍵が全て揃った時、初めて皇帝陛下への扉が開く仕組みになっています」

「キーワード? それはどういう仕組みだ」


 玲が警戒して聞いた。


「選帝侯のスキルを掛け合わせて作られた、概念的な扉です。原理は私にも分かりません。ただ、七つ揃わなければ絶対に開かない。それだけは確かです」

「つまり」


 栞が繋いだ。

 感情のない、静かな声で。


「アナタたち七人全員と戦えと」

「戦って、引き出してください」


 ルカが、悪びれもせずに笑った。


「もっとも——」


 ヴァルラが、わざとらしく小さく咳払いをした。

 全員の視線が、端に立つシグルドに集まった。


 シグルドは、まだブツブツと口を動かしていた。


「シグルド」


 ヴァルラの、ゆったりとしているが圧のある声だった。


 シグルドがハッと顔を上げた。

 自分以外の全員がこちらを見ていることに気づき、一瞬、石のように固まった。


「……なんだ」

「貴方の番ですよぉ」


 シグルドが慌てて前を向いた。

 誤魔化すように、低く咳払いをした。


「あ、あぁ。そうだったな。つまりキーワードを集めろ、だ」


 というか、さっきルカが言ったことの反復だった。


 金獅子のマルコが、後ろの方でクスクスと笑った。


「戦うしかない……と?」

「えぇ。そうなります」


 栞は、並んだ七人を見ていた。

 全員の顔を順番に、値踏みするように見ていた。


 そして、何かを計算している顔だった。


 それから、小声で呟いた。


「七人。全員と戦う」

「気が遠くなるな」


 オレが言うと、栞が静かに答えた。


「なるわね。……でも」


 一拍、置いた。

 青い瞳の奥で、データストリームが滝のように流れる。


「とりあえず、戦ってみましょう。レベルを上げる為に」

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