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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第108話 黒スーツの女とレベル上げ

 シュテナの宿屋。

 食堂に入った瞬間、オレは思わず立ち止まった。


 それは壁だった。もしかしたらここは廃墟かもしれない。


 石造りの壁に、金色でデカデカと落書きがされていた。

 咆哮するライオンのマーク。そして、その下に——


「夜露死苦? 物騒すぎだろ」


 オレは首を傾げた。

 後ろから入ってきた玲と剛、舞と日向の顔色が同時に変わった。

 蹴鞠はその顔を見て、パチンと扇を閉じた。

 見知っている顔だ、とでも言いたげな態度だった。


「っていうか、なんだ、これは?」

「話した通り、金獅子だ」


 剛が、絞り出すように短く言った。


「金獅子……」


 オレは壁を見たまま、もう一度首を傾げた。


「その金獅子が書いたのか? 参上、って。あと、夜露死苦も」

「あら……でも、塗装が」


 蹴鞠はクソでか文字が読めないのか、前に出た。


「ふむ。匂い、手触り。別の見慣れぬ文字ですわね」


 蹴鞠が怪訝そうに言う。

 オレは目を剥いた。


「探偵か? 蹴鞠は探偵が吉」

「跳ねるが吉よ。自動翻訳について」

「自動翻訳かっ! 言われてみれば」

「今頃、お気付きになられたの?」

「嫌みな探偵が吉め」


 つまり、日本語のヤンキー文字風の何かを書いている。

 

「駆。 踏まれたいのかしら? オタクたちはよくそう仰っておりましたわ」

「それで跳ねるが吉かよっ! 実際に踏んでたとか……」


 その横で、栞は壁のライオンのマークをじっと見ていた。

 彼女は話し合いには加わらない。

 蹴鞠には、栞が何かを考えているのが分かったようだが、オレには何を考えているのかまでは分からなかった。


 僅かに聞こえたのは……


「金獅子……」


 書いてある文字だった。


 玲が、重い口を開いて金獅子の説明を始めた。

 帝国軍の独立騎士団であること。

 エルダ、エドガー、マルコ、ヴァーツラフ、ブリア


 ——トップ5の特徴を一人ずつ。


 オレと栞と蹴鞠は、黙ってその話を聞いた。


「でも。なんでそいつら、戦わずに立ち去ったんだ?」


 オレが聞くと、剛が忌々しそうに答えた。


「これがその続きだろう。果たし状だ。……レベルを上げてから来い、ということだった」


 食堂が、しんと静かになった。


 なんだ、その。負けイベ感……。


 ともう一つ。そういえばと思った。


「最近レベル上がってない。 な。そもそも、どうやったらレベルって上がるんだ? 正規の勇者なら説明あったんだろ?」


 オレの純粋な疑問に、栞がゆっくりと顔を向けた。


「速水駆。レベルはいくらなの?」

「あれ、言ってなかったっけ。逃げるが吉、レベル4」

「えええええ! 駆もレベル4なんじゃん!」


 舞が素っ頓狂な声を上げた。


「本当か?」


 玲が珍しく身を乗り出してきた。


「本当だって。見てみるか、羊皮紙」

「それはいい。他人のステータスなんて見れないもん」


 舞があっさりと答える。

 その瞬間、栞の目が静かに伏せられた。


「じゃなくて、どうやったらレベルが上がるかって話」

「その説明はないわ」

「そうなの? それは不親切設計じゃね?」


 オレが首を傾げると、剛がフォローするように言った。


「あぁ。お前は俺たちと関わりがなかったから、知らなくて当然か。 前にも話していた。余りにも理不尽だと」

「寧ろ、どうして駆のレベルがそこまで上がった?」


 玲が腕を組んで思案顔になる。


「俺たちはずっと魔物を倒していたぞ」

「オレだって魔物から逃げ回ってたし」

「駆がいたのは、小さな田舎でしょー。ウチたちが解放した都市とじゃ、規模感が違うじゃん」


 舞が尤もらしいことを言う。


「でも、駆の強さは本物ですわよ」

「逃げ足だけだけどな」


 蹴鞠の言葉に、オレは自嘲気味に笑った。

 その時、栞が静かに口を開いた。


 萌え袖セーターが口を覆う。


「そもそも、魔物を倒すことだけでレベルが上がっているわけではないのかも」


 食堂が再び、静かになった。

 日向がおずおずと言った。


「こっちの人たちとの関わり……とか言わないでよ……?」


 蹴鞠は日向に視線を流した。


 こっちの人たちとの関わり。

 なんで、日向はそんな顔を……あぁ、アイツか

 

「その可能性が高い……と、アタシは思う」


 日向の心配をよそに、栞が冷徹に言い切った。


「ちょっと待ってよ。ウチたちも、解放した街の人に感謝とかされてるじゃん」

「それにしては、駆が強すぎるわね」

「そんな、強いのぉ?」

「えぇ」


 確かに。逃げ足はびっくりするほど、人間を辞めてる。

 馬にも勝てるけど。


「アタシたちは『勇者パーティ』という記号として感謝されているだけ。でも、駆は違う。彼は速水駆、そしてカペーという個人として」

「そういえば、フードからフランスの王朝カペーのように、小さな国を作ってたわね」

「そう。アタシたちが行っていない場所で、深く尊敬されていた。この『関わりの濃さ』の違いで、さっきの規模感を相殺できる筈よ」


 確かに、オレはカルネ村でドワンじいさんやエヴァンたちと、ただの人間として泥臭く生きていた。


「あれー? オレなんかやっちゃいま……痛っ! 蹴鞠、何すんだよ!」


 調子に乗った瞬間、蹴鞠の扇子がオレの頭をペチンと叩いた。


「わたくし、異世界モノ特有のその台詞、嫌いですの」

「今更かよ!」


 張り詰めていた空気が緩み、笑いが起きた。


「だったら、ウチたちも今から慈善活動でもする?」


 舞の軽い提案に、栞が首を振った。


「せっかく向こうからの、親切なお誘いよ。戦いだって立派な『関わり』だわ」

「……だから、彼奴ら。一対一の勝負にこだわっていたのか」


 玲が静かに呟いた。

 食堂が静まり返る。

 壁のライオンのマークが、朝の光を浴びて不気味に金色に光っていた。



 シュテナの朝は冷たかった。

 宿の窓から外を見ると、石畳に薄く霜が降りていた。

 北領の気候らしい。カルネ村とはまるで空気が違う。

 ひどく乾いていて、どこか錆びた金属の匂いがした。


「行くわよ」


 栞の短い号令だった。

 オレはリュックを背負って部屋を出た。

 廊下には全員が集まっている。

 玲、剛、舞、日向、凛。それと栞。七人。

 誠司と美咲と凜と奏と雄大がいない。


 とは言え、オレはこの勇者たちの並びに、まだ慣れない。


 一階に降りると、宿の主人が無言で黒パンを渡してきた。

 オレはそれをリュックに無造作に突っ込んで外に出た。

 広場に出ると、昨夜の落書きがまだそこにあった。


 壁に金色で描かれたライオンのマーク。

 その横に、踊るような文字。


 夜露死苦。


「……ヤカラかっ!」

「何がだ」


 隣に来た玲が怪訝そうに言った。


「なんていうか、やっぱフレンドリーじゃね?」


 オレは言った。

 栞が壁の前で立ち止まり、昨日と同様、ライオンのマークを見つめている。

 何かを考えている顔だ。

 オレには到底及ばない、遥か先の何かを。


「戦って、関係を作る戦いに行きましょう」


 栞が先に歩き出した。

 街の北側の広場に出ると、すぐに分かった。


 ——来ていた。


 広場の中央に、五人の影が立っていた。

 昨夜の話に出てきた通りの格好だ。

 黒のスーツの女、銀色の鎧の男、グレーのパーカーの男、アウトドアジャケットの男、花柄のワンピースの女。


「ほう。そいつが噂の」


 オレは、その中のグレーのパーカーの男から目を離せなかった。

 自分と同じ格好だ。

 向こうもオレに気づいているらしく、こちらをじっと見て、ニヤリと笑った。


「なるほど、つまり」


 パーカーの男が、滑らかに口を開いた。


「同志か……」

「いや、気まずいわっ! なんで色まで合わせてんだよ!」


 すると、オレの服装かぶりの男が笑った


 ——ように見えた。


「レベル4のままで来たわけですね」

「レベルが見えるのか。 ってか、グレイのパーカーはオレが先だ」

「地図を見るが吉。戦場全体を俯瞰して把握する力です。ステータスも、おおよそですがね」

「アナタが、マルコのようね」


 栞が小声で言った。昨夜教えてもらった参謀の名前だ。


「全員レベル5。金獅子の情報は王国軍から入っているわね。 帝国という巨大な交わりの塊の中で、特権階級として生きてきた連中よ」


 栞の声は静かだった。

 怖がっているわけじゃない。

 ただ、冷徹に事実を並べている。


 そして、オレは全然、聞かされていない。


「初物は私が頂こう」


 黒のスーツの女が、一歩前に出た。

 隊長のエルダだ。背が高く、肩幅が広い。

 完全に、クールビューティかつ、ボディラインが分かる。


「はつもの? いただく?」

「逃げるが吉だったか?」


 エルダが、短く言い放った。

 オレも黒スーツ女に言った。


「し……」

「し?」

「今の異世界下ネタ?」

「……? 貴様のは経験がないと言った。だから試したいだろう」


 そう言って、舌なめずりを下。

 なんか、すれ違っている気もするし、そうじゃない気もする。

 そして、オレは思いだした。


「しまった。これはマーラ様現象! マーラ様の時もマーラ様にオレの」

「待て。駆。マーラとはナニの話をしている?」

「マーラ様、ナニ、かける……何を?どこに?」


 剛が何故か、前に出ようとした。

 オレは手で制した。


「マーラ様はナニの話じゃないって!」

「は? ナニの話だ、駆」

「だから、違うって! この自動翻訳の誤解を解きたいんだ!」


 玲が昨夜言っていたことだ。

 金獅子が勝負の形にこだわるのはレベルを上げさせること。

 そして、異邦人のスキルを『見極める』ことを優先している。


 そして、オレは。


 初対面で下ネタを言う奴と見極められた。


 エルダがわずかに首を傾けた。


 やはり、呆れている。


「誤解? 初物を食うことがか」


 ゴクリ。OL系女子がなんか言うてる


「つまり……DT狩りのエルダ」


 オレは一歩、前に出た。


「お、オレが最初に行く。いくってそっちじゃないからな」

「駆っ」


 蹴鞠の声が鋭くなった。


「ち、違う。 断じて! ちゃんと学習済みだ。 通信教育でっ!」


 レベル5相手に何ができるか、全然分からない。

 でも、昨夜の栞の言葉が頭に残っていた。


『速水駆として尊敬されている。この違いで規模感を相殺できる筈よ』


「どうにかするしかない。オレは——」


 エルダが、感情のない声で静かに言った。


「では、相手をしよう」


 オレは深呼吸して、エルダを正面に見据えた。

 発動条件は分かっている。


「DTを舐めんなよ。 簡単には……」


 正面に見据えながら、前に出るか、後ろに下がるかを考える。


 すると、エルダが動いた。


 速い。

 剣を抜いた瞬間に、オレとの半分の距離を詰めていた。


 オレは慌てて後ろに一歩引いた。


 カチッ。


「え……じゃなくて。なんで剣をふる?」


 エルダの剣が空を切った。


 カチッ。


 エルダがピタリと止まった。

 オレの言葉に気づいた顔だ。


「なるほど」


 参謀のマルコが呟くのが聞こえた。


「面白いですね」


 エルダが再び踏み込んだ。

 今度は速い。本気に近い殺気だ。

 オレは一気に三歩引いた。


「DT狩りって、マジで狩るってこと? そんな……鬼畜かっ!」


 カチッ、カチッ、カチッ。


 エルダの剣が、オレの首元へ迫る。

 オレは、前へ踏み出した。


 爆発的な速度だった。

 エルダの横を、強風のように通り抜けた。

 剣が空気を切る鋭い音が耳元で鳴ったが、当たっていない。

 オレは広場の端まで一気に走り抜けて、石畳に足をついて反転した。


「話には聞いていたが、速いな」

「早いとか、遅いとか、ないんだよ。 最近のご時世はなぁ!」


 振り返ると、エルダが立っていた。

 剣を振り抜いた姿勢のまま、こちらを見ている。

 静寂が落ちた。


 最初に口を開いたのは、やはりマルコだった。


「なるほど、つまり」


 どこまでも静かな声だった。


「後退が『溜め』になる。踏み出した瞬間に放出する」

「それがあの加速か」

「おおよそは。ただ」


 マルコが笑った。

 目は全く笑っていない。


「レベル4の速度では、エルダには当たらない。それも分かりましたね」


 何を言ってるんだろう。


 オレは呆然とした。


 念の為に、あとずさりもしておく。


 カチッ。


「まだやるつもりですか」


 マルコが小馬鹿にするように言った。


「当たり前だろ。 DT狩りなら、剣を使うなっ!それからお前、溜まってるとか言うな!」


 すると背後から、蹴鞠の凜とした声が聞こえた。


「駆さん」

「なんだよ」

「わたくし、異世界モノ特有のその展開、嫌いですの」

「あぁ、言ってたな。知ってるし、今更」

「ですが」


 蹴鞠は一拍置いた。


「貴方が勘違い系なのはよく分かりましたわ」


 オレは目を剥いた。

 たぶん、すごく不恰好な顔になっていたと思う。


「そして……駆さん。下ネタと聞こえるのは、駆さんがど変態だからですわね」


 エルダが、再び剣を構えて突っ込んできた。

 今度は——さっきより、ずっと速かった。


「違うし! その理論だと、蹴鞠だって!」


 オレは慌てて、もう一歩、後退した。


 蹴鞠に言い訳をする為に。


 カチッ……


 踏み出した。

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