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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第107話 村田雄大の大冒険

 帝国に入ってから、僕は、ずっと一人だった。


 舞たちと別れて南へと向かう道すがら、正直なところ何度も後悔の念に襲われた。引き返そうかと、幾度も足を止めた。


 でも、今更戻れない。

 戻ったところで、また栞にあの冷たい論理で詰められるだけだ。

 玲には虫けらを見るような冷たい目を向けられ、剛には呆れられるだろう。


 そして何より——駆のことを、また考えてしまう。


『オレは、お前が何をしたって、お前を許してやるから』


 ふざけるな。

 あいつに許されるいわれなんてない。

 僕はただ、舞の隣に立つために最善を尽くしただけだ。


 だから、前に進むしかなかった。


 選帝侯シグルドの砦は、北領と中央領の境界、乾いた風が吹き抜ける岩山の上に建っていた。

 切り立った岩肌にへばりつくようにそびえる要塞は、近づくだけで肌が粟立つような威圧感を放っていた。

 でも、僕は意を決して門番に頭を下げた。


「皇帝陛下に、お取り次ぎ願えますか。僕は異邦人です」


 重武装の門番たちが、訝しげに顔を見合わせた。


 しばらくして、重厚な鉄格子の奥から出てきたのは、銀色の髪をした若い男だった。

 名乗られずとも、一目で分かった。

 情報は知ってる。選帝侯の子、シグルド。


 彼が纏う空気は、あのアラビアンな服を着た舞や、重装甲の剛たちとも全く違う。

 この世界の人間じゃない種類の、剥き出しの刃のような『強さ』を持っている目をしていた。


「……異邦人か」


 見下ろすような視線に、僕は唾を飲み込んだ。


「はい。僕は村田雄大。『唱えるが吉』のスキルを持っています。帝国は今、強力なスキル持ちを求めていると——」

「御託はいい。スキルを使ってみろ」


 冷ややかな命令だった。

 僕は息を吸い込み、詠唱を始めた。全力で。

 左腕の袖口から、紫と黒が混ざった魔力痕がどくどくと脈動を始める。

 痛みを堪え、魔力を練り上げる。

 禍々しくも圧倒的な光が、砦の前の広場を照らし出した。


 これなら、選帝侯相手でも不足はないはずだ。


 だが、シグルドは退屈そうに、ただ片手を上げた。


 それだけだった。


 フッ、と。

 僕が全力で練り上げたはずの魔法が、まるであたりの空気に溶けるように、音もなく消滅した。


 反動すらなく、ただ『無かったこと』にされた。


「……レベル4か」


 僕は目を剥いた。金獅子も同じことを言ったからだ。


 シグルドが、心底つまらなそうに踵を返した。


「話にならん。帰れ」


 重い扉が、無情にも閉ざされた。

 僕は、虚空に消えた自分の魔法の残滓を見つめながら、乾いた広場に一人残された。



 とぼとぼと、重い足取りで歩き続けた。


 帝国の農地は、異常なほど広かった。

 地平線の彼方まで、ただただ緑と茶色の畑が続いている。

 森がない。人が耕した土地だけが、パッチワークのように延々と広がっている。

 かつて異邦人が農業革命をもたらした結果がこれだと、最近になってやっと聞いた。

 フィニスのあの時間はなんだったのか。


 これだけでも、情報になるかも


 帰ろうか。


 そんな考えが、また頭をもたげる。


 でも、北には戻れない。

 戻って、栞に何を言えばいい。駆に何を言えばいい。

 あの夜、僕は確かに『そんな奴、知らない』と言ってしまった。

 栞はそれに気づいていた。

 でも、彼女はあえてそれを拾わなかった。


 チーム全体を守るために、駆を切り捨てたのだ。


 なら、駆に謝ろうか。


 脳裏に、駆の飄々とした顔が浮かんだ。


 ……ふざけるな。


 追放された後、駆はどうなっていた。

 シオン、リーフ、フィオナ。三人とも金髪や色素の薄い、可憐な美少女じゃないか。他にも男が何人かいた気もするが、よく覚えていない。

 苦労したみたいな顔をして恩赦を受けていたけど、あれのどこが苦労だ。

 異世界チートで美少女に囲まれて、辺境の村でぬくぬくハーレム生活を送っていただけじゃないか。


 僕だって、あんなふうになれるはずなのに。


 その時だった。


 農地の端に一本だけ残された、背の高い木。

 その枝に、誰かの帽子が風で飛ばされて引っかかっていた。

 木の下には、農作業着姿の村人たちが集まっていた。

 背が届かず、誰も取れないで困っているようだった。


 僕は、考えるより先に動いていた。

 近くに転がっていた木箱の台を無言で引っ張ってきて、その上に乗る。

 手を伸ばせば、ギリギリ届いた。

 枝から帽子を取り外し、下で見ていた少年に差し出す。


「おおおおおっ!」


 地鳴りのような歓声が上がった。


 僕は固まった。

 周りの人間たちが、まるで神でも見るかのような輝く目で、僕を見上げていた。


「す、すごい……!」

「あのお姿……まさか、噂に聞く……!」


 ……は?


 帽子を取っただけだ。

 そこら辺の台を使っただけだ。

 魔法なんて一ミリも使っていない。


 でも。


 あれ?


 これって——



 屋根の上から、村田雄大の姿を見下ろしていた。


 台に乗って帽子を取る。

 ただそれだけの物理的な動作で、農民たちが熱狂的に沸き立っている。


「面白いね」


 奏は、背負ったリュートの弦を一本、静かに弾いた。

 ぽろん、という音は風に溶けて消える。


 村田雄大のステータスレベルは、シグルドの砦を出た時より、ほんの少しだけ上がっていた。

 人々の歓声。畏敬の念。

 それが『信仰』という形の交わりになっている。

 本人は全く気づいていないだろうが。


(これが、前向き研究ってやつかな)


 奏は内心で微笑んだ。

 自分自身は、女王ルシアとの濃密な『交わり』によってレベル5へと至った。

 だがそれは、権力者という限られた対象を用いた、後ろ向きの臨床研究に過ぎない。一つの特異な症例だ。


 そして、今の村田雄大。


 奏は、新しい詩の一節を口の中で転がした。

 まだ誰にも聞かせていない、新しい旋律。

 明日にはこの街に広まるであろう、英雄の詩。


 村田雄大が台に乗って帽子を取ったという陳腐な出来事は、明日には『異邦人の英雄が、天に届く巨木から聖なる冠を取り戻した』という神話にすり替わっていることだろう。


 奏はリュートを背負い直し、軽やかな足取りで次の街へと向かった。



 それから、僕のまわりで同じようなことが何度も起きた。


 川に落ちた子供を助けようと水に飛び込んだら、僕より先に子供が自力で浅瀬に上がってきた。僕はただ水浸しになっただけだった。

 だが周りの大人たちは「異邦人の英雄が、水の精霊を退けて子を救い出した!」と口々に叫び始めた。


 泥濘で荷車が坂道で止まっていた。

 僕が後ろから押したら、馬が踏ん張って動いた。

 ただそれだけなのに、「英雄の無詠唱魔法で荷車が宙に浮いた!」と噂になった。


「い、異世界なのは分かってるけどさ」


 僕は、どこまでも続く農地を歩きながら呟いた。


「なんで、なんか、こう——チョロいっていうか」


 駆のやつ。

 あいつは、ずっとこんな感じだったんだ。

 なんだ。全然苦労なんかしてないじゃないか。

 ちょっと動くだけで勝手に英雄扱いされて、美少女からチヤホヤされて。


 北へ帰る気持ちが、あっという間に薄れていった。

 駆に謝ろうという殊勝な気持ちも、一緒に跡形もなく消え去った。



 歩き続けて辿り着いたのは、南領の都市ベラードだった。


 貴族の別邸が多いというその街は、帝国の豊かな南領の空気を象徴していた。

 綺麗に整備された石畳。見上げるほど大きなロマネスク風の建物。

 道を行き交う人々の服も、これまでの農村とは違ってやけに豪華だ。


 僕は、すっかり英雄気取りでその中を堂々と歩いていた。


 その時、ふと視線を感じた。

 目が合った。


 少女だった。

 周りの貴族たちがフリルやレースをふんだんに使った中世風の豪華なドレスを着ている中で、その子だけが——どこか今風の、地味目でシックな服を着ていた。


 僕が元いた世界の、ちょっとお洒落な女子大生のような雰囲気。


 少女が、小走りでこちらへ近づいてきた。


「あの……勇者様、ですよね」


 僕は、ピタリと固まった。


「僕を知って、るんですか」

「ええ。お噂は、かねがね聞いております」


 少女が、悪戯っぽく微笑んだ。


 ズッきゅん、と。

 僕の頭の中から、北へ帰ることも、栞の論理も、駆への劣等感も、全部綺麗さっぱり吹き飛んだ。


「今、辺境が荒れていて、とても困っているんです。父も頭を抱えていて」


 少女が上目遣いで言った。


「この程度なら」


 僕は、左腕の魔力痕をチラリと見下ろし、余裕の笑みを浮かべた。


「短い詠唱で、楽勝ですよ」



 ベラードの赤い屋根の上から、二人を見下ろしていた。


 村田雄大と、ランルフ・フォン・ズュートマルクの娘、イサベル。


「うん。うん。村田君、がんばれ」


 奏は、リュートの弦を静かに弾いた。


 イサベルは村田雄大を見つめ、「勇者様ですよね」と承認の言葉を投げかけた。



 イサベルに手を引かれるようにして、僕はズュートマルク領の奥深くへと足を踏み入れた。


 彼女の言う通り、辺境は荒れていた。

 野盗崩れの集団や、はぐれの魔物がうろつく、ほとんど無法地帯に近い場所。


 でも——


「この程度なら」


 僕の『唱えるが吉』の短い詠唱で、十分すぎるほどだった。

 紫の雷光が走るたびに、敵は吹き飛び、灰になる。


 鎮圧するたびに、領民たちの地鳴りのような歓声が上がった。

 鎮圧するたびに、どこからともなく僕を讃える新しい詩が広まっていった。

 鎮圧するたびに、イサベルが熱を帯びた瞳で「素敵です、勇者様」と僕の手を握った。


 僕は——最高に、悪くない気分だった。



「父に会ってください」


 イサベルの唐突な提案に、僕は少し戸惑った。


「き、気持ちが早すぎませぬか!? まだ出会って数日ですし、ご挨拶の手土産とか——」


 しかし、彼女にぐいぐいと手を引かれ、気づけば巨大な宮殿を思わせる、大広間の中央に立たされていた。


 玉座のような椅子に、一人の巨大な男が座っていた。

 まるで古代のファラオを思わせる、豪奢で威圧的な出で立ち。


「南領の覇者、ランルフ・フォン・ズュートマルク辺境伯。……って呼ばれてるけど、良い父なんです


 眼光が鋭かった。

 こちらの骨の髄まで値踏みするような、猛禽類の目だった。

 僕はゴクリと唾を飲み込み、深呼吸した。

 まずは礼儀正しく頭を下げようとした。


 その瞬間、横にいたイサベルが明るい声で叫んだ。


「ね、お父様!」


 つられて、僕の口から勝手に言葉が滑り出た。


「お、お、お父様!」


 広間が、水を打ったように静まり返った。

 護衛の兵士たちが一斉に槍を握り直し、殺気が膨れ上がる。


 ランルフが、玉座からゆっくりと立ち上がった。

 巨躯から発せられるプレッシャーに、僕は完全に死を覚悟した。

 魔法を唱える隙さえない。


 殺される。


「……気に入った」


 ランルフが、豪快に腹の底から笑った。



 ランルフの屋敷の巨大な窓。

 その外側の装飾に出窓のように座り、奏は広間の中を見ていた。


 村田雄大が緊張のあまり「お、お、お父様!」と叫んだ瞬間、奏は思わず吹き出しそうになり、必死に口を抑えて堪えた。


 ランルフ・フォン・ズュートマルクが何を考えているか、奏には手に取るように分かっていた。


 この世界のおそらくは、原初の異邦人。


 かつて大陸は、魔物が跋扈していて、そこに伝説の異邦人、田中まさるが現れた。


 その田中まさるはどうでもいい。


 今はグレート・マサルなんて呼ばれている。そこがいい。


 村田雄大は田中まさるの再来。それがいい。


 ランルフは、グレートまさるの血統を再び自領に根付かせ、カノープスのバラバラだった宗教を纏める。

 そして、帝都でふんぞり返る選帝侯たちの権威を、宗教的な正当性から根底から揺さぶる。


 巨大な政治の渦。

 だが、渦の中心にいる村田雄大本人は、そんなことに微塵も気づいていない。

 イサベルへの下心が本物だからこそ、余計に滑稽で、哀れだった。


 奏は、満足げにリュートを背負い直した。


 次の詩の題材は、もう決まった。

 ランルフに認められた新たな勇者の武勇伝。


 村田雄大のレベルは、そろそろ上がるだろう。


 ──レベルが上がれば、証明完了だ。

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