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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第106話 再び、帝国へ

 翌朝、リュテアの冷たい空気がまだ街を覆っている頃。

 誠司と美咲が、オレの前に立って深く、丁寧に頭を下げた。


 オレは、何も言えなかった。

 昨日、昨夜のことだから、ちゃんと覚えている。

 改めて朝の光の中で頭を下げられると、気の利いた言葉が一つも出てこなかった。


「お世話になりました」


 美咲の声が、少しだけ震えていた。

 誠司は黙って頭を下げたままだった。


 オレが浮かんだ言葉は、せいぜいこれくらいだった。


「今生の別れじゃないし」


 異世界に来て、ソレ? とオレは自分でツッコみかけた。

 それとこうも思った。


「逃げるはお前の十八番なのに、な」

「それはそう! でも、二人は逃げてないじゃん」


 自分たちの身の丈と限界を正しく知り、守れるものを守るための決断だ。


 あと、正直。オレは、本当に。


 ——帰るビジョンが全く浮かばなかった。


「……」

「それにしても……仲良いよなぁ……」


 二人が顔を上げ、小さく微笑んでから背を向ける。


「えっと……ほら。なんていうか。ここはスマホもないし」

「誠ちゃん!」


 彼らが正規軍に加わる。

 フィニス王国の騎士団の列に加わる。


「ん……それって」

「な、なんでもないって」

「ま。エレイン聖騎士団のエリートだし、あと。ちゃんとサポートはしたいからな」

「そっか。助かる」


 そして、オレは二人を見送った。


 スマホは栞が持ってるな、なんて思いながら。


 ま、ネットがないんだけど、ね。



 振り返ると、そこには残った面々が顔を揃えていた。

 玲が気難しそうに腕を組み、剛がその隣でどっしりと立っている。

 舞は少し疲れた様子で長い髪をかき上げ、日向はどこか落ち着かない様子で俯いていた。

 蹴鞠は扇を持ったまま黙り、栞が噂のスマホでデータを流し見ている。


 何から話せばいいのか。オレが返答に困っていると、玲が一つ咳払いをして口を開いた。


「——お帰りと、言っておこう!」


 どこか芝居がかった、少し恥ずかしそうな言い回しだった。

 でも、この重い空気を吹き飛ばすように、わざと大きな声で言ってくれたのがわかった。


「おう。ただいま」


 オレが短く返すと、剛がニッと笑った。


「なんだかんだ、第一隊『黒焰の剣』は勢ぞろいね」

「ほんとじゃん! あの時は成績とか方針とかで色々あったけど、黒焰ってやっぱり凄かったんだね」


 舞がいつもの調子で元気よく言った。

 ここにいないメンバー。

 第二隊『暁光の槍』の村田雄大、相沢誠司、岸本美咲の三人。

 第三隊『銀弦の星』の黒瀬凜と……、なんだか付き合いの悪い天野奏の二人。

 そして我らが第一隊『黒焔の剣』は四人全員が揃っている。


 オレは追放されて、復帰したからだけど。


「当然だ。俺たちの連携は完璧だった」

「よく言えたな! オレが足引っ張ったから追放したって、お前ら言ったじゃねぇか!」

「そ、それは複雑な事情が……」

「実際オレが足引っ張ってたのは事実よ。『逃げるが吉』の使い方、オレ自身が全然分かってなかったから」


 オレが自嘲気味に言うと、硬かった空気がふっと緩み、小さな笑いが起きた。

 笑いが落ち着いた頃、玲が再び咳払いをして、真面目な顔つきに戻った。


「さっそく本題に入る。俺たちが戦った『金獅子』というのは——」


 玲が、帝国軍の独立騎士団についての説明を始めた。

 常に命令形を使う隊長のエルダ。

 真面目すぎる副隊長のエドガー。

 笑いながら分析する参謀のマルコ。

 それぞれの特徴を順番に話しているところで、剛が突然バンッと手を叩いた。


「あ、そうそう! ってか! あいつら、異邦人の装備してたんだよ!」

「な……それは……。話には順序というものが……。俺が言いたかったのに」

「え、そうだったの? ごめんごめん」


 前に追放された。

 でも、そんな気がしなかった。


 あぁ、村田雄大は別だけど、な。


「と、とにかく。大変だった」


 玲が頭を抱える横で、オレは自分の足元の靴を見た。

 昨日、イルマさんに言われたばかりの事実。

 これは過去の異邦人のもの。

 彼らもまた、マジッククローゼットで修復された異邦人の服を身に纏っているという。


「選帝侯のユリウスも、そうでしたわ。そういう服が、帝国の上層部にまで渡っているということですわね」


 蹴鞠が扇で口元を隠しながら言った。


「そ、そうか……。し……しっていたのか」

「玲ぃ。残念だったねー」

「う、うるさい」


 神宮寺玲は頬を染めた。

 これは……!ってか。水瀬舞。お前は分かっていないっ!玲も立派に、こっち側だっ!


 あ……でも。オレ的には、あの萌え袖的セーターのしお……

 オレ、あのセーターを、あの体を……

 ひ、卑怯だ。踊り子の露出タップリより。

 萌え袖、ロングセーターとか卑怯かよ。

 しかも黒い靴下と眺めのセーターの間の何とかゾーン……


 う……、睨まれた。


「この世界は、何百年も異邦人を呼び続けている。残っていて当然ね」


 その栞が、淡々と事実を述べる。

 ふたたび、重い静寂が落ちた。


「帰れなかった異邦人のものか。それとも、帰ったあとの異邦人のものか……」


 オレがぽつりとこぼした疑問に、誰も答えなかった。

 栞が少し口を開きかけて、すぐに閉じた。


 沈黙を破ったのは、舞だった。

 さっきとは違って、少し戸惑うような、震える声だった。


「村田くんの……大詠唱を、雄くんの全力魔法でも、金獅子には勝てなかった」

「恐らく装備だ。俺たちの防具と、そもそもの強度が違った」


 剛が悔しげに言うと、栞が冷静に分析を付け加えた。


「その装備の元々の持ち主。過去の異邦人が、すでにレベル5に達していたのだろうと推測できるわ」


 また、静かになった。

 全員が同じことを考えているはずだった。

 オレたちはまだ、レベル4だ。

 レベル5の壁の向こう側を知らない。


「あの……奏くんは」


 すると日向が、脈絡なしに、おずおずと小さく口を開いた。


「彼なら、王国関係の任務で呼ばれているらしいわよ」


 栞が答えると、日向は「そっか」と小さく頷いた。

 それ以上は何も言わなかった。


 だが、舞がその日向の横顔を、じっと、ちらりと冷たい目で見ていた。

 何も言わなかったが、その視線には明らかな温度差があった。


 栞が、ふうっと小さく息を吐いて立ち上がった。


「向こうの準備もできたみたいね。行きましょう」


 向こう?



 外に出ると、これから別ルートで動くことになる面々が待っていた。


「え? 軍隊……」

「駆さん。アナタは追放されていましたものね」

「ってか。海越えてって、マジヤバいし」

「追われてたし。でも、それは。アレ? 誠司と美咲さん? それに」


 別動隊の中に知ったメンツがいた。

 誠司と美咲だけでなく、エヴァン、シオン、リーフそしてフィオナ

 それから、腕を組んだヴォルフの姿まであった。


「後ろは俺たちに任せろ。前だけ見て走れよ、カペー」

「精霊はどこにでもいる。ずっと見てるから」

「駆様っ! お怪我をされたら私が!」


 エヴァンとシオンが、力強く言ってくれる。

 フィオナも気合が入っている。

 イルマはさておき、セルノの姿はなかった。


 カルネやカッセの司祭は戻った。

 手つかずだったアルンを、しかも結構広いアルンをボンと任されたのだ。

 顔を青くしながら、真面目に机に向き合っている姿が容易に想像できる。


「……ああ、頼む」


 オレは頷き、ヴォルフの方を見た。


「あ、でも。妹の件は?」

「セルノのおかげで、どうにかなりそうなんだ」


 手紙を全部返す。全部読む。ほぼ休憩なしに。

 仕事が出来るから、また別件が机の上に並べられる。


 うん。頑張れ。


「お母さんと一緒に、後ろを守りますから」


 リーフが自身の背丈よりでかい大盾を叩いて胸を張った。

 仇を討った。それから彼女はカノープスで嬉しそうに何かを拾っていた。

 多分、宗教的な意味。

 オレはただ深く頷いて、前を向き、歩き出した。

 

 栞たちがその後に続く。

 すると、巨大な山が、前方に見えていた。



 エレイナス山脈は、とにかくでかかった。

 フィニス側から見上げていた時とは違う。

 世界の裏側である帝国を知った上で登ると、この山そのものの意味が変わってくるような気がした。


 木々が途切れ、風の強い稜線に出た時。

 オレは思わず立ち止まり、後ろを振り返った。


 右の方角を見ると、巨大な背骨のような稜線が南の端まで延々と続いていた。

 森の国ヴァルシア。かつて大国だったその地には、刺々しい教会の尖塔が、ゴシックの灰色の空に突き刺さっている。


 さらにその後ろ。ここから見れば子供のような高さだが、召喚された直後にオレたちを苦しめたカルディス山脈が見える。

 その向こうにはフィニス王国。ロマネスク様式の丸みを帯びた建物が並ぶ王都の街並みが、遠く霞んで見えた。

 今はどちらの国も、女王ルシア一人が君臨している。


「帝国から見たら、どっちも過去の遺物なんだよな……」

「そう。まるで、作られたステージのように見える。いえアタシたちには……そう見えていたのよ」


 いつの間にか、栞が隣に立っていた。

 オレと同じ方向を、青い瞳でじっと見つめている。


 表の勇者は、ゲームのメインミッションとサブミッション。


 確かに——


 オレは、カノープスの遺跡を思い出した。

 海辺に残されていた、廃墟になった七十二の神殿。

 三百年かけて壊されたという歴史。

 石材は帝都の建設に運ばれて、彫刻は削り落とされ、司祭たちの記録は意図的に途絶えさせられた。


 それでも、それは確かにそこにあったのだ。


「でも、ここはちゃんと世界だ。ちゃんと、歴史がある」

「……そうね。恐らく、歴史があるんでしょう」


 恐らく。

 その言葉の響きに、オレは少し苛立った。


「恐らくじゃないだろ。アレか? ここはゲームの設定で用意されただけの書き割りだ、みたいな」

「いえ。……そうね。混乱させるようなことを言ってごめんなさい」


 栞はそれ以上言わなかった。

 オレも、これ以上は聞かなかった。

 前を向くと、今度は帝国側へと続く険しい稜線が待っていた。


 その時だった。


「お前ら、いつまで後ろを向いてるんだ」


 玲の鋭い声が飛んできた。


「この先に金獅子の待ち伏せがあるかもしれないんだぞ」

「そうだぜ、油断すんなよ」


 剛がそれに続く。

 オレが前を向こうとした瞬間、今度は舞が息を切らして駆け上がってきた。


「駆! 一緒に、村田くん探してくれない?」


 オレは、隣に立つ栞を見た。

 栞は何も言わなかった。

 ただ、少し目を伏せて、前を向いた。


「呼ばれてるわよ。……行ってきたら」

「村田……か。そうだな」


 オレは前を向いた。

 舞の隣に並んで、険しい山道を歩き出した。


 舞の隣を歩きながら、オレは自分の足元を見た。


 誰かの靴だった。

 この世界に来て、どこかへ行ってしまった誰かの。

 でも、リーフには愛する両親がいた。

 ヴォルフには生き別れた妹がいる。

 フィオナの両親は、南側の山で娘を抱えながら力尽きた。

 カルネ村の修道士だったセルノは司祭になり、エヴァンとシオンには、あの村で待っている家族がいる。


 ここはゲームなんかじゃない。


 過去の異邦人たちがどうなったかは知らない。

 でも、今ここにいる現地の人間たちは、ちゃんと皆、前に向かって生きている。

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