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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第104話 演説と裏切り者

 イネスが部下を連れて戻ってきた。


 再会のわちゃわちゃがひと段落し、日が傾き始めた頃だった。


 彼女は巨大な石門、凱旋門のような大きなアーチの真下に立った。

 先ほどの羊皮紙をバサリと広げると、周囲の空気が一変した。

 ざわめきが、波を引くように消える。

 手製の槍や鉄パイプを握った民兵も、石畳に跪いていた修道士たちも、自然と彼女を取り囲むように集まってくる。


「フィニス王国騎士団長、イネス・カルヴァリョの名において、女王陛下の御言葉を読み上げる!」


 よく通る、凛とした声が響く。

 誰かが小さく咳払いをしたのを最後に、広場は水を打ったように静まり返った。


「此度の帝国との戦いにおいて、我が正規軍は速やかに多くを救う必要があった。だが、どうしても手から溢れる地域もある。異邦人・速水駆は、我らの為に文字通り縦横無尽に戦ってくれた。全ては帝国の目を盗み、裏から戦線を支えるため――我々は速水駆に、指名手配犯という辛い重荷を背負わせていた」


 オレは、無表情のまま羊皮紙を見つめていた。


(なるほど。オレの追放が作戦だったってことにするのか。どっちでもいいけど)


 追放されたのも、森をうろついてたのも、カルネ村にいたのも、全部極秘作戦だった。

 そういうことにして、政治的に処理するらしい。


「ここに改めて、速水駆を『勇者』と認定する。並びに、先の指名手配を完全に取り消し、その名誉を回復する!」


 イネスがそう叫んだ瞬間、広場が爆発したような騒がしさに包まれた。


『あのグレーのパーカーのガキが、裏で動いてた極秘の勇者だったってのか!?』

『ざまあみろ、帝国の目ぇ掻い潜ってやってたんだな! よくやったぜ!』

『ネクトールも泡を吹いてんじゃねぇか?』


 煤で顔を汚した民兵たちが武器を突き上げて歓声を上げ、エヴァンが「お前すげえな!」とオレの背中をバシバシと叩いた。

 シオンがふっと息を吐き、フィオナが嬉しそうに笑う。


「続いて、カルネ在住の巡回修道士セルノを、正式な司祭として叙任する!」


 その言葉に、今度はセルノが石像のように固まった。

 それと同時に、周囲の宗教関係者たちから驚きと熱狂の混じった囁き声が漏れる。


『一介の巡回修道士が、飛び級で司祭に……!?』

『おお、地母神エレインの御心だ……! 大地の恵みあれ!』

『ラトン人の司祭の誕生だ!』


「セルノ」


 オレが横から肘で小突く。


「……なんか言えって」

「言いませんよ。駆殿だってリアクションなかったじゃないですか」


 セルノは前を見ながら言った。

 オレは半眼で睨みつつ、息を吐いた。


「イネス騎士団長も嬉しいんじゃないか」

「それは……」


 セルノの声は、少し震えていた。

 後ろでイルマさんが眉毛を三ミリ動かし、フィオナが袖を引っ張るが、セルノは硬直したまま動かない。


「ラトン人の誇り……だろ?」


 自分で言って、自分で耳を疑った。

 そんな筈はないのだ。

 カノープスでエレイン教は始まった。


「はい。じ、実はイネス様からも激励を頂きまして」


 フィニス王国の、勇者宣言の時と映像が重なる。

 場所もメンバーも違っているのに、既視感が生まれる。


 ──そして、祝祭の空気はそこまでだった。


 イネスが羊皮紙を一枚、パチンと音を立ててめくった。

 それだけで、広場に再び冷たい静寂が降りた。


「此度の戦いにおいて。一つ、重大な不手際があった」


 オレは顔を上げた。


 不手際。


 その単語を聞いた瞬間、寒気を覚えた。


 そもそも、勇者が誘拐されて、監禁されていた。

 闘技場で見世物にされていた。


 それから。


「速水駆とは対照的に──」


 頭の中で一人の顔が浮かんだ。

 村田雄大。

 左手の疼きを抑えられなかった男。

 パーカー男と言ってしまった男。正義の嘘をついた男。


(オレが追放されたのは、雄大が知らないでござるとか、嘘をついたからだし、オレと対照的に立ち去ったあいつ。こうなることを予期して……)


 それほど、村田雄大の離脱タイミングは完璧だった。

 オレが、速水駆が異邦人だという証明は完了した。


 なら、どうして嘘を吐いたのか、となる。


 オレは息を呑んだ。 


「我らが勇者たちの中に、一人、帝国に寝返った裏切り者が出てしまった」


 やっぱり、雄大だ。


 スキル使いになる為に、あっさりと離脱したんだし──


 そう確信しかけた、その時だった。


「――黒瀬、凜」


 時が、止まった。


 広場が、しんと静まり返った。


 え……


『おい……黒瀬って、あの黒いドレスの嬢ちゃんか?』

『勇者が、帝国に寝返った……!?』

『ふざけるな! またあいつらの支配下に逆戻りさせる気か!?』


 民兵たちの間に、一気に殺気と動揺が伝播していく。

 労働者たちが憎悪を剥き出しにして怒号を上げた。

 修道女たちは「主エレインよ、どうかお守りください……」と震える手で胸の前に十字を切った。


 そんなことは……


 オレは一瞬、自分の自動翻訳がバグを起こしたのかと思った。

 弾かれたように顔を上げ、もう一度イネスを見る。

 イネスは羊皮紙を持ったまま、まっすぐに前を見据えていた。


 だが、その表情が――歪んでいた。


 あの鉄面皮の騎士団長にしてはあり得ないほどの、苦渋に満ちた歪み方だった。


 黒瀬凜。

 帝国で捕まった。

 しかも、帰還を拒んだという事実は、基本的にオレが聞いたこと。


 話す人間くらい、ちゃんと考えていた。


 第一、仲間たちの中で、そういうことにしよう、とした話だった。


(間違ってはない。 選帝侯の一人についたのは、正しい……けど)


 伏せた情報が、明らかになっている。


 オレは周囲の連中を見回した。


 栞が血の気を失って固まっていた。

 玲と剛も固まっていた。

 蹴鞠が扇を持ったままピタリと動かない。

 誠司と美咲が顔を見合わせていた。


 そして、日向。


 オレは日向を見た。日向も固まっていた。

 だけど、日向の固まり方だけが、少し――


 違う気がした。


 ひどく怯えているように見えた。


 それも帝国への恐怖とかじゃなく、何か、別のことを考えて。


 舞が日向を見ていた。


 日向から目を逸らさず、ただ黙っていた。


(いや。流石に。あんなに仲良さそうだったし? それに……)


 オレにはわからなかった。


 凜は「帰らない」と言ったのは間違いない。

 帰らないと言ったから「裏切り」の扱いは間違っていない。


 だから、オレはもう一度、イネスを見た。


「今後、このようなことがないよう──」


 イネスはもう表情を戻していた。騎士団長の顔に戻っていた。

 夕闇に紛れる一瞬前、確かに歪んでいたが、次の言葉が無かった。


 帝国側から、通達があった、とか。


 そう言ってくれたら、仕方ないと思えたのに。



 宣言が終わり、広場がざわざわと暴動一歩手前の熱を帯びて動き出した。

 貴族への不信を叫ぶ民兵たちの怒号と、すがるような聖職者たちの祈りの声が混ざる。


 凱旋門の下は再び混沌と沸騰し始めている。


 エヴァンが、オレの腕を強く引っ張った。


「駆。良かったな」

「あ……あぁ」

「もしかして、黒瀬凜ってやつがお前のことを追放したのか?」


 オレは咄嗟の言葉に、反応が遅れた。


「いや」

「カペーが勇者認定。裏切り者が分かった?」

「じゃなくて、黒瀬凜は……」

「じゃなくてって。お前が追放されたのは事実だろ?」


 本当に、何もわからなかった。


『助けに来てくれて……正直、嬉しい』


 オレは、黒瀬凜を知っている。

 黒瀬凜と柊日向が、二人で眺めていたのを知っている。


 でも、あの日。嬉しいと言った寂しい笑顔しか、


『——私は帰らない』


 その時しか、オレと黒瀬凜は話をしていない。


 否定しようにも、黒瀬凜を知らな過ぎた。


 だからオレはもう一度、日向と舞が立っていた方へ視線をやった。


 舞はまだ日向のそばにいる。

 二人とも、口を閉ざしたまま黙っていた。


「エヴァン。シオン」


 わからないまま。

 狂騒と深い絶望が渦巻く広場の空。


 血のような夕暮れに染まりきろうとしていた。


「前にも言ったろ。オレが追い出されたのは、オレが使えなかったからだ」


 でも、


 ——栞は多分……、ううん。絶対に逃げたいって思ってるって


 そう言った彼女は、裏切ってなんか、ない。


「そもそも、ヴォルフとか居るだろ。上の方針とか気にするなって」


 如月栞は、よく分かんないけど、本当にギリギリだった。

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