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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第103話 突然の恩赦

 オレたちは、シュテナで一晩だけ寝た。


 その次の日の朝だった。


 馬のいななきと共に土煙を上げ、オレたちの前に立ち塞がった。

 騎士団長イネスは短く告げた。

 

「全員揃っているか?」


 サムライ・ディメンションと名乗った勇者たちの最前線。

 教育係である彼女が来てもおかしくなかった。


 オレ以外にとっては、だけど。


「ひ……」


 ただし、今回は事情が違っていた。


「イネス殿。 駆は」

「騎士団長。彼は」

「イネスさん。話したいことがあるの」


 皆がオレの前に立ち塞がった。オレに背を向けて。

 するとイネスは、ぶっきらぼうに紫の髪を掻き上げて、馬上で溜め息を吐いた。


「仲直りか」

「なか?……そ、そういうことだ」

「全く……。私は異邦人に振り回されてばかりだ。駆、あの時は追いかけて済まなかった」


 逃げ足発動しようとした足が止まった。

 馬上から降り、オレに頭を下げた。


「お前のように、あんな器用な言葉は言えないが、この通りだ」

「器用? ……じゃ、なくて。イネスさんは悪くないし。遠縁のセルノには世話になったし」

「全く。不思議な男だ。伝説の……。いや、それよりも、だ。駆もそのまま聞いて欲しい」

 

 オレも含めて。

 彼女は急いで馬上に乗って、こう告げた。


「今すぐ、リュテアへ来い」


 オレは隣に立つヴォルフを見上げた。

 元帝国軍人の男は「やれやれ」と肩をすくめた。

 背後のリーフも、肩をすくめると、そのまま持ち上げられた。

 蹴鞠に。


「……何かあったか」

「ヴァルシア王国、王都で話す」


 イネスの表情は怒っているわけじゃない。

 ただ、焦っていた。

 それから、感情の狭間で、『言いにくいこと』を抱え込んでいるような。

 そんな渋い表情だった。


「ヴァルシア王国……で?」

「ヴォルフ、またアレか?」

「なわけないだろ。 そのヴァルシア王国は北東部に都市が乱立している。一番越えやすいからだ」


 オレよりヴォルフの方が、圧倒的に詳しい。

 勿論、今までの勇者が辿った道が、それを物語っている。

 地政学的にも、交易にしろ、戦争にしろ、ここが要になったのだろう。


 確かに道も整備されていて、登りやすい。

 ただ、急げという事だったので、考える余裕は余りなかった。



 指定されたリュテアは、オレが想像以上に大きな街だった。

 栞チームと舞チームが解放したという、ヴァルシア王国の王都とその周辺地域。


「パリみたい!」


 つい言った。睨まれた。


 分厚い石造りの壁に守られた街並みは、帝国の支配下にあった頃の暗さを脱ぎ捨てつつあった。

 綺麗に整備された石畳の広場には活気が戻り、行き交う人々の足取りも軽い。

 どこからともなく、奏がリュート弾きとして広めたであろう讃美歌のメロディが風に乗って聞こえてくる気がした。


 イネスがオレを広場の端、噴水のある場所へと連れて行った。


「駆。お前は、ここで待て」

「オレだけ? それって」

「お前の逃げ足は知っている。罠などない」


 イネスは鋼のような口調で言い残した。

 迎えに来た騎士団の部下と、深刻そうに囁き合いながら離れていく。

 ヴォルフは面倒そうに噴水の縁に腰を下ろした。

 そこへ、豪奢なドレスを翻し、蹴鞠が現れた。


「わたくしたちも待機ですのよ」

「ん-。蹴鞠はこの街があってるよな」

「そんなことありませんわ」


 彼女はリーフを抱えたまま、首を振った。

 小さな体で大盾を背負うリーフは、抵抗するでもなく完全になすがままになっている。

 オレは、水しぶきを上げる噴水と石畳をぼんやりと眺めながら、手持ち無沙汰に立っていた。


「来たぞ」


 ヴォルフの声。

 そこへ、教会の修道服の裾を翻し、セルノが全速力で駆けてきた。

 ただ事ならぬ様子だった。

 息を大きく切らし、その褐色肌の顔色は青ざめている。

 手には三枚の真新しい羊皮紙が握られていた。


「駆さん……っ!」

「どした、そんな怖い顔して」

「これを、無表情でいられますか——」


 有無を言わさず、セルノが一枚目を差し出してきた。

 オレが受け取って文字を追う。

 ラテン語風の文字が自動翻訳され、脳内に意味を結ぶ。

 読む。もう一度読む。


 オレは声をあげそうに、いや上げた。


「マジかよっ! やったじゃん、セルノ。これ」

「はい」

「お前、偽じゃなくて、本物の司祭になってる! セルノンティウスじゃないのは残念だが」

「それは……。あの、忘れてもらっていいですか? 私の黒歴史なんで」

「いいじゃん。 オレは好きだったぞ。あの——。は?」


 オレがにやけた顔で茶化そうとした。

 すると、セルノが畳み掛けるように二枚目を差し出した。

 オレはそれを受け取り、読む。


 今度は、喜ぶというより戸惑いだった。


『速水駆の恩赦。過去の一切の罪を不問とし、名誉を回復する。フィニス王国女王ルシアの名において——』


「これ……オレのことじゃないか」

「そうです」

「は?」


 噴水の縁からヴォルフが立ち上がり、面白そうに覗き込んできた。

 蹴鞠もリーフの腕を引っ張りながら近づいてくる。

 無言で三枚目を受け取ったリーフが、それを読んで目を丸くした。


「でかいな」


 ヴォルフが口笛を吹くように言った。


「何が」

「フィニス王国がヴァルシア王国を飲み込んだ」


 オレは信じられない思いで、三枚の羊皮紙を順番に並べて見た。

 カルネ村のただの巡回修道士だった男の司祭叙任。

 指名手配犯の恩赦。そして、大国の吸収合併。


「これが全部、同じ日に出たのか?」

「同じ日に、です」


 セルノが重々しく頷いた。

 オレはしばらく黙り込んだ。頭の中で情報が渋滞を起こしている。


「なあ、セルノ」

「はい」

「……お前、司祭になってる」

「さっきも聞きました。でも、そうです。私が差し出した順番が」

「司祭だってさ。ってことは……」

「で、ですから。ルシア陛下が即位をされることでの恩赦という話で。私に関しても」


 真面目な顔で言うセルノ。

 その横で、蹴鞠が扇で口元を隠し、優雅に笑った。


「おめでとうございます、セルノ殿。それから速水殿も」

「ありがとうございます……って、え、オレも?」

「名誉回復ですもの。指名手配犯の汚名返上、喜ばしいことですわ」


 オレは恩赦の羊皮紙をもう一度見た。

 簒奪罪が、ここに来て取り消された。

 大手を振って、何処にでも行ける。


「ま……簒奪って、そもそもオレ。ヴァルシア王国に対しては、何一つしてないんだけどな」

「存じておりますわ」


 蹴鞠が、全てを見透かしたような涼しい顔で言った。

 リーフが小さく頷き、ヴォルフは「貴族のやり口なんてそんなもんだ」とでも言いたげに噴水に腰を戻した。


「セルノ様。順番は逆なのでしょう?」

「わ、私の口からはなんとも。アルンを任せる人材が不足しているとはいえ」

「えー、そこって気にすることか? 結果良ければ」


 その時だった。


「カペーーーッ!!」


 広場の向こうから、空気を震わせるような大声が飛んできた。


 オレは顔を上げた。

 その瞬間、見慣れた狩人姿のエヴァンが全速力で突進してくるのが見えた。

 その後ろを、精霊術士風の衣服の少女、シオンが小走りで追随している。

 セルノが慌てて


「エヴァン、街中で走らないでください!」


 と言いかけたが、全く間に合わなかった。

 ドンッ、と勢いよくぶつかるようにして、エヴァンがオレの両肩をがっしりと掴んだ。

 太陽に焼けた顔が、くしゃくしゃに歪んでいる。


「生きてたか!」

「そりゃ、生きてるだろ」

「もっと顔を見せろ」

「どう、もっとなんだよ」

「怪我はないか、無事か!」

「無事だって。ピンピンしてる」

「よかった——って、いや待て。お前、帝国にまで乗り込んだって聞いたぞ!? どうなってんだ!」

「まあ、成り行きでそうだな」

「まあ、じゃねぇ!」


 エヴァンが吠える。

 その横で、シオンがふわりと歩み寄り、静かにオレの横に立った。

 透き通るような白い肌と色素の薄い瞳が、柔らかく細められる。


「……おかえり」

「ただいま」


 言葉はそれだけだった。

 だが、彼女がまとう精霊の気配がふわりと暖かくなった。


 懐かしい、カルネの匂いがした。


 それだけで十分だった。


 ただ、再会の輪はさらに広がる。

 セルノの後ろから、金髪を揺らしてフィオナが飛び出してきた。

 そして、白髪を布で包んだヴェルナの修道女、イルマが杖をつきながらゆっくりと歩いてくる。


「フィオナ……はカルネに居たのか。で、なぞなぞ……」

「なぞなぞ?」

「なんでもーありません! イルマ様のおかげで、おコメ食べられましたっ!」


 フィオナがオレの姿を認めて、ぱぁっと花が咲いたように顔を輝かせた。

 一方のイルマさんは、表情筋をピクリとも動かさなかった。

 いや、違う。

 今のオレにはわかる。彼女の左の眉毛が、たった二ミリだけ上に動いた。


「コメはうまいからのぉ。炎が漲るぞい」

「そりゃあ、もう……って!」


 それは彼女にとって、最大限の「驚愕」と「喜び」の表現だ。


「イルマさん。靴、ありがとうございました」

「おや……役に、立ちましたか」

「ええ。めちゃくちゃ役に立ちました。助かりましたよ」


 オレが笑うと、イルマさんの眉毛がさらにもう一ミリ、ピクッと動いた。


「磨り減らないし。軽いし。それから服も!」

「ふむ。お主によう似合うておるの」

「オタク着だけどっ!……いや、オレらしいか」


 噴水前の広場は、あっという間にわちゃわちゃとした賑わいに包まれた。

 エヴァンがまだオレの肩を揺らしながら矢継ぎ早に質問を浴びせている。


「そうですわ……。ヴォルフ。それからリーフちゃん」

「……な、なんだよ」

「蹴鞠。何?」


 蹴鞠はいつの間にかヴォルフとリーフを捕まえて、何やら中世の貴族社会についての持論を展開し始めた。

 リーフはなすがまま、ヴォルフはあからさまに面倒そうな顔をしている。


「結局、この街があってんじゃん、蹴鞠……」


 ふと視線を外に向けると、広場の端で誠司と美咲が何やらコソコソと話しているのが見えた。

 追放前よりもやたらと距離が近い。


「そりゃ……そか」


 オレが認める、唯一のリア充の二人。

 岸本美咲の必死な懇願。なんでもすると言った彼女。

 本当に良かったと思った。


 そして、気になったのは舞の姿だった。

 相変わらず、露出度の高いアラビアン風の衣装。

 専用装備だから仕方ないが、目のやり場に困る。

 って、そうじゃなくて。


 誰かを探して落ち着きなく歩き回っていた。


「雄くん知らない? 村田くん見てない? 眼鏡と黒パーカーの勇者の」


 すれ違う騎士や仲間に聞いて回っている。

 オレは……何処に行ったかまでは知らないが、どっちに向かって行ったかくらいは知っている。


 でも、なんて言えばいいのか、分からなかった。


 そして、少し離れた場所。


 日向が一人、所在なげに広場の端を歩いていた。


 舞がそれに気づき、駆け寄っていく。


「凜ちゃん、心配だよね……」


 日向の弱々しい声が、風に乗って微かに聞こえた。


「え……うん。そうね。村田くんも、どこに行っちゃったのか」

「うん……」


 舞の快活な声が、目に見えて沈んだ。


「——駆。聞いてるか?」


 エヴァンがまだ何か熱く語っている。

 半分聞き流しながら、オレは広場をぼんやりと見渡した。


 その時、ふいに視線が交差した。


 ——如月栞だった。


 彼女は、チームドラゴニアの二人、玲と剛に挟まれるようにして立っていた。

 二人が、栞のメンタルを気遣うように話しかけている。


 栞はそれに小さく頷きながら——


 目が合った気がした。気がしただけ。オレの目線攻撃?


 オタク特有の視線攻撃……かもしれないけど。


(あれ? 違う……?)


 オレは少し考えた。

 そういえば、オレが追放された直接のキッカケは、栞の立てたトライアングル作戦の足を引っ張ったことだった。


 自分が帝国まで行って戻ってきたことで、謝りたいとでも思っているのだろうか。


 いや、どっちか分からない。


 オレの視線がキモいだけか、それとも本当に何か言いたいのか。


「おいカペー」


 シオンにぐいと腕を引っ張られ、栞との視線がふいに切れた。

 オレは慌てて、皆の方へ向き直った。


「聞いてる聞いてる」

「嘘つけ、絶対聞いてなかっただろ!」

「聞いてたってば」


 賑やかな声が響く。


 そんな中、広場の空気はどこか


 ——目に見えない糸が張り詰めていた。



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