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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第五章 このスキルにレベルアップを

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第102話 違いが分かる男

 重厚な木製の扉を開けると、フィニスの女王は窓の外を見ていた。

 夜の闇に沈む王都を見下ろす細い背中。

 豪奢な燭台の灯りが、彼女のうなじにかかる金色の髪をゆらゆらと照らしている。

 執務机の上には、大陸の勢力図を描いた羊皮紙の地図も、前線からの急報を示す書類も、手つかずのまま広げられていた。


 待っていたのだ、とボクにはすぐに分かった。

 戦果でも、建前でもない。

 次の盤面を動かすための、確かな『情報』。


 それだけを。


 ボクは部屋の中ほどで音もなく足を止め、和服の襟をすっと正した。

 そして、静かに片膝をつく。


「楽にしなさい」


 窓から振り返ったルシア女王の翠の瞳。

 それは、忠臣の旅の無事を喜んでいるわけでも、久しぶりの再会を懐かしんでいるわけでもなかった。

 ただ、純粋に『欲しいものがある』という、酷薄なまでの支配者の顔をしていた。


「話を聞かせて」


 ボクは立ち上がり、淡々と報告を始めた。

 帝国の選帝侯たちが不気味な沈黙を保ったまま動いていること。

 栞たちのパーティが、帝国南部のアルン砦に軟禁されていること。

 そして。


 ——エインハラ宮殿の巨大な闘技場が、規格外の力によって半壊させられた騒動のこと。


 ボクは一切の感情を交えず、事実だけを順番に並べた。

 女王は、完璧な彫像のように黙って聞いていた。

 あの強欲な俗物、ロベール・ド・マルシエの名前が出た時も、表情の筋肉一つ動かなかった。

 動かさなかった、と言う方が正確かもしれない。


 報告が終わりかけた時。

 ボクは意図的に声のトーンを落として付け加えた。


「——ヴァルシア王国王位継承者であるルイス殿下が、帝国の『聖女』マリア様の傍いるとか」


 その瞬間、机の上のペーパーナイフに触れようとしていた女王の白い手が、ピタリと一瞬だけ止まった。


「……教皇猊下は、その事実をご存知かしら」

「報告は、既に届いているはずです」


 ボクはそれ以上は言わなかった。

 女王も、それ以上は聞かなかった。

 二国間の政治的なパワーバランスの揺らぎは、互いの頭の中で一瞬にして処理された。


 しばらく、重い沈黙もあった。


「一つ、ボクからお聞きしてもいいですか」


 ボクが言うと、女王は言葉を発さず、目だけで続きを促した。


「彼です。速水駆」


 一拍置いた。

 彼女の脳を整理させるためだ。


「ご存知だったのでは?」


 陛下は答えない。

 でも、ボクは続ける。


「何のスキルも持たないただの無能ではないと、薄々知っていたはずなのに。なぜ、彼を追放することを止めなかったのですか?」


 召喚しておいて、気付かない。

 それは間違いなく、嘘だ。


「……追放したのは、あなたがた勇者のパーティでしょう?」


 淀みない即答だった。

 ボクを責めているわけではない。

 ただの事実として言っている。

 だから、ボクも核心を突くように続けた。


「読み解く力を持つ。栞という存在さえいれば、彼らには関係なかった?」

「ええ」


 女王は、再び窓の外の暗闇へ視線を戻した。


「帝国は、それで満足よ。そして私も、ね」

「——なるほど。ボクがいれば、ドミナスの教典なんて要らない、と」


 返事はなかった。

 女王がゆっくりとこちらを見た。

 氷のように冷たい翠の瞳が、ボクをまっすぐに捉える。

 肯定でも否定でもない。

 だが、その沈黙こそが絶対的な答えだった。


 ボクは立ち上がりながら、ふと思ったことを口にした。


「……運がいい」

「何が?」

「あの追放された速水駆が、予想外に帝国をド派手に困らせてくれているので」


 少し、意地悪な間を置いた。


「まぁ、ボクたちには全く関係ない話ですけどね」


 女王は何も言わなかった。

 ボクも何も言わなかった。


 お互いに、それで十分だった。


 それからボクは、本題に入った。

 今は、ヴァルシア王国とドミナス帝国の『聖戦』を大義名分として前面に出す局面だ。

 速水駆という個人の指名手配書をこれ以上バラ撒くのは、その美しい構図を乱すノイズになる。

 街の裏社会では既に、この追放劇の裏で糸を引いた男の不穏な噂が広まり始めている。

 ボクの耳にも入っているくらいだ。

 これ以上、手配を続けておく合理的な理由がない。


 女王は、少し考えるように美しい睫毛を伏せた。それから、こちらを見た。


「……アナタが、そういうならそうしましょう。手配は取り下げます」


 女王が小さく鈴を鳴らすと、控えていた宰相バルドが呼ばれた。

 底知れない老宰相は音もなく静かに部屋に入ってきて、女王の前で深く頭を下げた。


「辺境の村カルネにいる、セルノというしがない修道士。……彼を、異例ではありますが正式な司祭として取り立てます」


 バルドがしわがれた声でそう言った時、ボクは思わず彼の横顔を見た。


「そうすれば、あの速水駆も恩義を感じ、喜んで陛下に膝をつくことでしょう。彼の手綱を握るには、これが最善かと」

「……流石ですね、宰相殿」


 ボクが素直に感嘆を漏らすと、バルドはただ静かに微笑んだ。

 その隙のない老獪な笑みを確認して視線を戻すと、女王は既に次の書類に目を落とし、羽ペンを走らせていた。


 用は済んだ。バルドが一礼して下がる。

 ボクも踵を返し、重厚な扉が閉まりかけた時。


 背後から、女王の透き通るような声がした。


「それから、奏」

「はい」

「……レベルを上げる方法は、分かりましたか?」


 ボクは、扉の取っ手に手をかけたまま、口元だけで少し笑った。


「勿論。——これも全て、陛下のお陰……ですね」


 返事はなかった。

 豪華な執務室の中。


 燭台の炎だけが、欲望を映し出すように静かに揺れていた。

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