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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

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第101話 駆の帰還

 冷たい風が吹きすさぶエレイナス山脈。

 東側へ下る道は、最初は岩肌が剥き出しで足元も覚束ないほど険しかった。

 少し歩くと嘘のようになだらかな傾斜へと変わっていった。

 空を覆っていた分厚い雲が切れ、眼下に広がる荒野を薄日が照らし出す。

 これが、帝国と王国を隔てるエレイナス山脈の東側の風景だった。


「そういえば、奏は」


 先頭を歩く栞が、振り返らずに淡々と言った。


「アタシたちを助けるために、舞たちへ助けを呼びに行った、と聞いた。でも、どうして駆と……彼らが一緒にいるの?」

「あ、えっと。こっちの強面がヴォルフな」


 オレは隣を歩く獣使いの人の男を指した。


「で、その蹴鞠に完全に『おもちゃ』にされてるのがリーフだ」


 オレが指差した先には蹴鞠がいる。

 リーフは、蹴鞠に背後からぎゅっと抱きしめられたまま、一応の会釈をしていた。

 華奢で小柄なリーフは、何重にも重なる蹴鞠のドレスのフリルにすっぽりと埋もれ、顔だけをひょっこりと出している。

 抵抗する様子は微塵もなく、完全にされるがままだった。


 栞は、足を止めてその奇妙な三人を見つめた。


「……元々は、オレが舞たちから依頼されたんだ。『逃げる専門家』として、栞たちを助けてほしいって」


 オレは、これまでの経緯をかいつまんで説明した。


「でも、合流する前にカルネがヴァルシアのエレイン教会に押さえられちゃってさ。追っ手から逃げて、逃げて、気づいたら南の帝国領まで突っ走ってて……で、こうなった」

「こうなった?」


 栞は首を傾げた。


「その元・帝国軍人のヴォルフは、なぜ駆に協力しているの?」


 栞の氷のような視線が、ヴォルフへ向けられた。


「俺は、駆に命を救われた恩がある」


 ヴォルフは、栞の視線を真っ直ぐに受け止めて短く答えた。


「……それだけだ」

「命を……」

「いやいや。オレだってヴォルフのお陰で、アルンの砦から脱出できたんだし」


 栞は静かに頷き、それ以上は何も聞かなかった。


 そして、再び歩き出す。

 山沿いの獣道は狭く、吹き下ろす風が肌を刺すように冷たかった。

 蹴鞠は、相変わらず。

 いや、それ以上に。

 新しいぬいぐるみでも手に入れたかのように、リーフを大事そうに抱えながらご機嫌で歩いていた。


「ところで」


 蹴鞠がふと思い出したように言った。


「栞様、このリーフのことはご存じでして?」

「いいえ」

「実はですね——」


 蹴鞠が、嬉々として話し始めた。

 リーフという少女のこと。

 自分たちを王都から追放し、闘技場へ売り飛ばしたあの俗物領主ロベールのこと。

 そして、アルン砦で起きた顛末。


 つい先ほど聞いたばかりの痛快な武勇伝を、蹴鞠は芝居がかった手振りを交えながら、べらべらと饒舌に語った。


 栞は、黙って聞いていた。

 相槌も打たず、表情も変えず、ただ静かに歩きながらその顛末を脳内で処理していく。


 全部を聞き終えてから、栞は歩みを止め、フリルの中に埋もれるリーフをじっと見た。

 蹴鞠に抱えられたまま、リーフの淡い緑の瞳が、栞の冷たい瞳を真っ直ぐに見返した。


「……あの忌々しいロベールを倒してくれて、ありがとう」


 栞の口から出たのは、計算のない純粋な感謝だった。

 リーフは少しだけ考えてから、抑揚のない声で答えた。


「おかあさんの、かたき」


 これはオレの予想だが……


 ロベール、絶対に死んでる……


 ひゅるり、と風が吹いた。

 山沿いの細い道に、ただ冷たい空気だけが重く流れていった。


 突然、栞が口を開いた。


「山沿いに、このまま北へ向かいましょう」


 オレは、ギョッとして足を止めた。

 何故、北に?


 凜の件か……。蹴鞠、誠司、栞。やっぱり?


「ちょ、ちょっと待って。 仕事、終わったんだよな? 南から戻って、海沿いで待たせてるヴォルフのシャチに乗れば、安全に——」

「舞たちは、北の要塞都市シュテナまで進軍してきているはずよ」

「あー、そうなんだっけ?」


 オレはヴォルフに確認した。

 ヴォルフは頷きこう言った。


「表向きには勇者は北側を攻めさせる」

「あーーそうだった。でも、南の海路から帰った方が絶対に——」

「速水駆」


 栞が、鋭く振り返った。

 その瞳には、盤面を俯瞰する絶対的な自信が宿っていた。


「勇者パーティが北で派手に動いている。当然、帝国の主力と警戒の目は北に強く向いているわね」


 目の前にディスプレイが浮かび上がった。

 そういえば、そんな力もあった。


「対して、アタシたちがエインハラの闘技場をド派手に崩落させた南は、今頃蜂の巣をつついたような大騒ぎで、血眼になって犯人を捜すための厳戒態勢が敷かれているはず」

「……あ」


 目で見たわけではない栞が、ピタリと言い当てた。

 ランフルとかいうファラオのオジサンが、大激怒していた。


 栞は見透かしたような目で、オレを覗いた。


「北の国境ルートへ向かえば、北を向いている帝国軍の『警戒の背後』を突くことができる。逆に南へ戻れば、こちらを捜索している軍勢と正面衝突する。……どちらが安全か、盤面を見れば分かるでしょう」


 オレは、反論しようと開きかけた口を、すぐに閉じた。

 完璧なロジックだった。

 逃げることばかり考えていたオレの思考より、遥かに大局を見据えた「ゲーマー」の思考。


「た……確かに」

「流石はゲーマーってやつだな」


 ヴォルフが、感心したように鼻を鳴らした。


「そうかもしれないわね」


 栞は、一拍置いた。


「——それが、倫理的に良いことかは別として」


 オレは首を傾げたが、

 誰も彼女の自嘲気味な言葉に異議を発しなかった。


「北か。もう、倫理も何もない気がするけど」


 六人は迷うことなく、山沿いの険しい道を北へと向かった。


 とはいえ。


 数日の過酷な行軍だった。


「……だから! 目立つなって!」

「仕方ありませんわ。この服は装備なんですから」

「もしかして、ずっとこんな感じ……に」

「あぁ。そういうことだ。 駆はマジで強い」

「誠司が、そういうこと言うから! 蹴鞠がリーフにおもちゃ買うとかするんだからっ」


 山沿いの道をついに抜けると、荒野の向こうに大きな街の輪郭が見えてきた。

 分厚い石造りの建物が規則正しく並び、北の国境を塞ぐようにそびえ立つ堅牢な要塞都市。


「——シュテナね」


 栞が言った。

 冷たい風に髪を揺らしながら、前を真っ直ぐに見たまま言った。


「どうやら、無事に北へ抜けられそうね」



 屋上は静かだった。


 岸本美咲は南を見ていた。

 ずっと見ていた。

 マルコの「逃げたらしいよ」という言葉を聞いてから、ずっと。

 無事かは分からないという冷酷な響きも、ずっと頭の中にこびりついて離れなかった。


 不意に、風が吹いた。

 街の向こう、山沿いの道に、人影が見えた。

 一人、二人、三人——六人。


 美咲は目を細めた。

 見えた。端正な顔立ち。爽やかな茶髪。


「誠——」


 声が出なかった。

 美咲は、屋上の縁から躊躇いなく飛び降りた。


 窓から外を見ていた舞が、目を剥いた。


「え゛」


 女の人が、いきなり屋上から飛び降りたのだ。


 食堂にいた玲が弾かれたように立ち上がった。

 剛が扉を蹴破らんばかりの勢いで開けた。

 村田が「み、美咲殿!」と叫びながら走り、日向が「美咲ちゃん!」と窓から身を乗り出した。

 舞が「ちょっ、あぶな!」と悲鳴を上げた。


 全員が、慌てて外に飛び出した。


「どしたの!」

「あぶないでござる!」

「美咲!」


 誰の声にも、彼女は答えなかった。

 美咲は走っていた。

 その先に、六人が見えた。


 駆のグレーのパーカーが見えた。

 蹴鞠の豪奢なドレスが見えた。


 見知らぬ武人の男が見えた。見知らぬ小柄な少女が見えた。


 そして——


 誠司が見えた。


 誠司も彼女に気づき、駆け寄ってきた。

 美咲は走った勢いのまま、崩れ落ちるように飛び込んだ。

 誠司がその体をしっかりと受け止め、美咲の顔が彼の胸に埋まる。


 ——ゴッ。


 勢い余った美咲のメイスが、誠司の頬を思い切り掠めた。


「……っ」

「ご、ごめん! 私の……」

「いいよ」


 誠司は文句一つ言わず、美咲の背中に優しく手を回した。

 頬から、細い血が一筋ツーッと流れている。

 誠司は「痛っ」と小さく言ってから、優しく笑った。


「この通り、無傷だ」

「ご、ごめんね。私の——」

「いいよ。……それより」


 誠司は、一拍置いた。


「ただいま」


 美咲が顔を上げた。

 その目は、真っ赤に泣きはらしていた。


「うん! おかえり!」



 ついに、全員が揃った。


「えっと、凜は?」


 舞が周囲を見回して聞いた。


「それは、またあとで話す」


 オレは少し顔を曇らせて答えた。


 次の瞬間、舞がオレに勢いよく飛びついた。


「駆、ほんっとにありがとう!」

「わ、ちょっ——」


 玲が前に出た。

 腕を組んだまま、静かに、だが深く頭を下げた。


「見事だ。心から感謝する」


 剛が続いた。

 岩のように大きな手が、オレの肩に置かれた。


「感謝してもしきれない。ドラグノフに迎えたいくらいだ」

「ど、ドラグノフって」


 栞が「重い」と呟きながらも、剛の腕を避けなかった。


 次は、日向がオレを見た。


「駆くん……ありがとう」

「いや、オレはただ逃げただけだ」


 ヴォルフが鼻を鳴らした。


「十分だろ。お前がいなけりゃ全滅してた」


 リーフが蹴鞠のフリルの中から顔だけを出して、うんうんと小さく頷いた。


 蹴鞠が、優雅に扇子を開いた。


「さて。宿に戻りましょう。立ち話もなんですし、ブリアの作ったスープが完全に冷めてしまいますわ」


 舞が「あ、そうだ!」と声を上げた。


「あの宿、使っていいって言ってたよね!」

「言ってない」


 玲が即座に否定した。


「でも使っていいよね!」


 誰も、舞の言葉を否定しなかった。

 十一人が、シュテナの高級宿へ向かって歩き出した。

 石畳の上を、十一人分の足音が重なって鳴る。

 久しぶりに、全員が同じ方向を向いて歩いていた。



 オレは歩きながら、二人のことが気になっていた。


 一人は、村田だった。


 笑っていた。


 顔に張り付いたような、不自然な笑みだった。

 駆は不気味に思いながらも、肩をすくめた。


 もう一人は、日向だった。


 彼女は、落ち込んでいなかった。

 凜がいないというのに。

 オレは日向の横顔をじっと見ていた。


 流石に聞くことは出来なかったけれど、ちょっと変だった。


 だが、それが何なのか、うまく言葉にならなかった。


 オレは、深く考えるのをやめて前を向いた。


 勝手に使ってよいらしい、シュテナの宿が近づいていた。


 なんと、マジッククローゼットが完備されているらしい。



 村田雄大は、集団から少し遅れて歩いていた。

 左手が、疼いた。

 魔力痕が、じくりと脈打っていた。

 紫と黒が混ざった禍々しい痕が、夕暮れの赤い光の中で静かに浮かび上がっている。

 村田はその手を、もう片方の手で大切に抱え込んだ。


 村田は、逃げるように歩いた。

 そして、自分の左手だけをじっと見つめた。


 裏道は静かだった。

 角を曲がろうとした時。速水駆が、壁に寄りかかって立っていた。


 待っていたのだと、村田はすぐにわかった。


 あいつは昔からそういうやつだ。

 鈍感なふりをして、肝心なことには気づいている。


「言っとくけど、ムカついてるからな」


 駆が、静かに言った。


「でも、許してやる」


 その瞬間——村田の中で、何かが決定的に音を立てて崩れた。


 許す。


 許してやる?


 この、選ばれし僕を。


 謝罪なら良かった。胸ぐらを掴まれて怒鳴られても良かった。


 でも、この言葉だけは——無能な『逃げる専門家』からの許しだけは、絶対に受け取れなかった。


 許しを受け取った瞬間、あの日の惨めな自分が確定してしまうからだ。

 知らないふりをした自分が。嘘をついた自分が。逃げただけの自分が。


「駆」


 声が出た。

 自分でも驚くくらい、冷たく静かな声だった。


「逃げるしかない駆には、ここがお似合いだ」

「雄大、お前何を言って——」

「でも、僕は違う!」


 言葉が溢れた。もう、止まらなかった。


「馬鹿じゃないの? 異邦人同士で馴れ合って。お前たちはそれでいい。逃げて、隠れて、小さな村で喜んでればいい。でも僕は違う。ずっと前から言ってたはずだよ!」


 左手が激しく疼いた。

 紫と黒の痕が、暗がりの中でドクン、ドクンと脈打つ。


「僕のこの左手は——世界を破滅させるんだってな!」


 魔力が、弾けた。

 咄嗟に、駆は逃げた。

 当然だ。あいつは逃げることしかできない。


「駆、お前は逃げるしかない」


 村田は、背を向けて歩き出した。

 貴族街の煌びやかな灯りが、遠くに見えた。


「でも、僕は違う。この世界は……僕のためにあるんだ」


 誰も聞いていなかった。

 それでよかった。



 村田の背中が、貴族街の眩しい灯りの中に完全に消えた。

 オレは角に立ったまま、しばらく動けなかった。

 魔力が弾けた場所の石畳が、黒く焦げていた。


 心配だった。

 怒鳴られても良かった。

 殴りかかってきても良かった。

 でも村田は、狂ったように笑いながら去った。

 あの顔に張り付いたような、空虚な笑みで。

 それが何よりも一番、怖かった。


 さっき合流した時に聞いた話が、頭の中で何度も繰り返された。

 金獅子との戦いで、村田の左手から規格外の大魔法が炸裂したのだと。


『グランデ・テラム・カエルム・イグニス』


 ——帝国の誇る金獅子をまともに吹き飛ばした、あの絶大な魔法。


 もしも。


 オレの左手が疼いていたとしたら。


 もしも、オレにそんな圧倒的な力があったとしたら。


 オレも——


 オレは、ゆっくりと自分の右手を見た。


 グレーのパーカーの袖から出た、何の変哲もない手だった。


 魔力痕もない。特別な痕跡もない。


 ただの、逃げ回るだけの凡人の手だった。


 この手に力が宿っていたら……


「力を、求めてた……かも」


 オレも。


 ……そう。


 同じようにした……かも。


 石畳の焦げた跡を、オレはしばらく黙って見つめていた。


(第四章完)

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