第100話 北の六人の勇者
エドガーが前に出た。
一見すると安っぽい銀色のコスプレ鎧。
だが、食堂の窓から差し込む朝の光とは違う。
血生臭い戦場の光を受けて鈍く輝いた。
「さぁ、来い!」
盾を構え、槍を低く据える。
その洗練された無駄のない構えは、遠目には本物の勇者にしか見えなかった。
「やらないでかぁ!」
剛が、分厚い壁のように前に出た。
緑と黒の重装甲。
元の世界から持ち込んだ機材を組み込んだ。
稼働を示す緑色のLEDを不気味に明滅させている。
彼もまた、巨大な盾を構えた。
そして、ぶつかった。
ドォォン!
建物を揺るがす轟音がした。
足元の石畳がひび割れ、砕けた。
巨大な質量と質量の衝突。二人が一歩も引かずに押し合う。
その瞬間だった。
剛の巨大な背中の死角から、紅と漆黒の影が弾丸のように飛んだ。
玲だった。
必殺の光刃が、エドガーの首筋に向かって無音で走る。
だが、ヴァーツラフが横っ飛びに割り込んだ。
「見えてる。犬がそう言ってる」
短く言って、玲の軌道にアウトドアジャケットの身を滑り込ませた。
硬質な金属音が鳴り、玲が弾き返されて石畳を転がった。
舞が、信じられないものを見るように口を開いた。
「ちょっと! 一対一って言ってるじゃん!」
村田が、オタク特有の早足で舞の隣に駆け寄った。
「ま、舞殿! ここは抑えるで御座る。時間をかけて。その間、僕が究極の詠唱をするから……!」
「え、雄くん? 何言ってんの?」
「頼むでござる……!」
舞は呆れたように一拍置いてから、渋々頷いた。
これで、完全に五対五の乱戦になった。
「一騎打ちじゃないんじゃん……」
◇
村田は壁際まで後退した。
左腕の魔力痕が、共鳴するようにじくりと疼き始めている。
最前線では、エドガーと剛が未だに盾を押し合っていた。
剛の盾が防壁の光を帯びる。
エドガーの槍が弾き返される。
その一瞬の隙を突き、またしても玲の光刃が死角から走った。
ガィィン!
黒いタイトスカートを翻し、エルダが手首のスナップだけでそれを弾き落とした。
そのままエルダの冷徹な刃が剛の急所に向かう。
剛の盾が間一髪でそれを受ける。
反撃とばかりに、また玲が走る。
「……なるほど。見事な連携だ」
エドガーが一拍遅れて言った。
「だが、一対一の流儀に反する。卑怯だぞ」
玲が、好戦的に口の端を上げた。
「誉め言葉と受け取っておこう」
エルダが無表情のまま、肩をすくめた。
「あぁ。悪くない。実際に褒めている。続けろ」
静かな圧を伴った声だった。
一方、舞とヴァーツラフが向かい合っていた。
ヴァーツラフが、油断なく距離を詰めた。
「踊り子、名前は」
「水瀬舞でーす」
「……猫みたいで、可愛い名前だ」
「ありがとー」
舞の鮮やかなスカートが翻り、鋭い蹴りが放たれる。
ヴァーツラフが紙一重で後退した。
「強いな。野生の勘だ」
「そりゃどうも」
ヴァーツラフが再び距離を詰めた。また距離を詰めた。
「俺と来ないか。鳥も歓迎してる」
「ありがとー。でも、おさわりはNGだから」
舞が、アイドル顔負けのにっこりとした笑顔を作った。
「ツーショット、一枚10金貨ね!」
ヴァーツラフがピタリと固まった。
「……高い。俺の給料じゃ無理だ」
その横では、日向とブリアが向かい合っていた。
ブリアは先ほどのエプロンを外し、花柄のワンピースのまま、武器も構えずに静かに立っていた。
日向が、杖を握りしめたまま口を開いた。
「……気に入らない」
ブリアが不思議そうに小首を傾げた。
「騙してないですよ。お泊りは、ちゃんとあちらの宿でしたよね」
「そ、そうじゃなくて」
日向の亜麻色の髪が揺れた。
鳶色の瞳孔の奥で、光る十字の紋様がチカチカと瞬いている。
「あ、あんた。も……モテそうだし」
ブリアがふわりと笑った。
笑うと、嘘のように、別人のように柔らかくなる顔だった。
日向は、思わず顔を真っ赤にして杖を構え直した。
美咲とマルコが向かい合っていた。
美咲の重いメイスが空を切って唸った。マルコが最小限の滑らかな動きで躱す。
「どうしてこんなことするんですか」
悍ましいメイスが振られた。
マルコが素早く躱した。
「どうして、と言われても。立場というものがありまして」
満面の笑顔のまま言った。
だが、目は全く笑っていなかった。
「なるほど、つまり力任せですね。面白い——」
メイスが唸った。マルコが躱した。
戦いが続いた。
しばらくして、美咲のメイスを振るう声が変わった。悲痛な響きが混ざった。
「誠司を返してっ!」
マルコが、ピタリと動きを止めた。
一拍置いた。
「誠司? ああ、もしかしてあの聖騎士の?」
美咲がメイスを構えたまま、強く頷いた。
「そういえば、君も彼と同じエレイン教の聖騎士の紋章だね。なるほど、そういう関係ですか」
「だから何。誠司を」
「あー、彼なら無事かは分かりませんが」
マルコが、冷酷な笑顔のまま言った。
「南の闘技場を破壊して、逃げたらしいですよ」
美咲の目が、大きく揺れた。
——その時だった。
村田の左腕が、燃えるように熱くなっていた。
魔力痕がどくどくと脈打っていた。
紫と黒が混ざった禍々しい痕が、まるで網の目のように腕全体に浮かび上がっている。
詠唱が、ついに完成に近づいていた。
村田は、禍々しく光る左手で顔を半分隠し、中二病の極みのようなポーズを取った。
「くっくっくっく……」
抑えきれない狂気の笑い声が漏れた。
「そうか、暴れたいか。僕の『手』よ」
左腕が、制御不能になったかのように大袈裟に震えた。
「世界を、壊したいか……!」
異常な魔力溜まりを感知し、金獅子の五人が同時に大きく後退した。
村田の左腕が、真っ直ぐに空に向かって伸びた。
「グランデ・テラム・カエルム・イグニス・グランデ・テラム・エクスプロドゥス・マグナ・カエルム・イグニス・エクスプロドゥス・グランデェェェェ——ッ!!」
空が割れた。
大地が激しく揺れた。
特大の業火が、天から食堂を突き破って降り注いだ。
凄まじい爆発。強烈な熱波と土煙が、一瞬にして視界の全てを覆い尽くした。
誰も動かなかった。
しばらくして、焦げ臭い土煙の中から音がした。
ケホッ。
窓から吹き込んだ風が、ゆっくりと土煙を晴らしていく。
金獅子の五人が、そこに立っていた。
装備はボロボロだった。
エドガーのコスプレ鎧に致命的な亀裂が走り、マルコのグレーのパーカーは黒焦げになり、ヴァーツラフのアウトドアジャケットは半分消し飛んでいた。
普通なら即死級のダメージだ。
だが、五人は平然と立っていた。
「……凄い。本物の魔法だ」
エドガーが一拍遅れて感心したように言った。
「やりすぎだ。鳥が全部逃げた」
ヴァーツラフが言った。
エルダが、自分の黒スーツを見た。
袖が千切れ、スカートが焦げている。
「……これは高出力だな」
無機質な声で、ただ事実だけを告げた。
「でも、流石はレベル5の異邦人装備ですねぇ」
マルコが笑顔で言った。相変わらず目は笑っていないが。
「防御力は完璧だ。うーん。まだローンが残ってますが」
「……そうですね。私のも、家を売ったくらいじゃ返せません」
エドガーが一拍遅れて、真面目な顔で固まった。
すると
ブリアが静かに、不思議そうに言った。
「あの、マジッククローゼットに入れたら、全部綺麗に直る気がします」
エルダが、冷たい目でブリアを見た。
「ブリア。アイツらなりのボケだ。殺してやるな」
「……はい」
金獅子の五人が、すっと踵を返した。
エルダが歩きながら、忌々しげに舌打ちをした。
「チッ。強力だが、まだレベル4か」
マルコが滑らかに続いた。
「温室育ちの姫様プレイも考えものですね。実戦経験が足りていない」
玲が、瓦礫を蹴り飛ばして叫んだ。
「逃げる気か!」
舞が、呆然としながら玲の隣に立った。
「ウチたちも帰ろ。……ていうか、あの宿、まだ使っていいんだよね?」
誰も答えなかった。
美咲が、崩れたテーブルの傍で力なく呟いた。
「誠ちゃんが逃げた……。今、どこに」
日向が、焦げた床を見つめて俯いた。
「奏くん……今、どこに」
去り際。
ブリアが一度だけ、振り返った。
花柄のワンピースを風に揺らし、静かに、ぽつりと言った。
「……少しだけ、幻滅した気がします」
それだけ言って、金獅子の後を追って消えた。
朝の光が差し込む瓦礫の石畳の上に、焦げ臭い土煙だけが虚しく残っていた。




