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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

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第95話 異邦人のようで、異邦人ではない

 神宮寺玲が前のめりに突っかかった。


「そんなに凄まないで」


 滑らかな黒髪の男が手を軽く上げた。

 笑顔のままだが、目だけが笑っていない。


「同じ異邦人だと思ったんです。友好的にいきましょう。ステータスの羊皮紙を見せる前に、先に自己紹介してもいいですか」


 玲が黙って頷いた。

 すると、灰銀の髪を無造作に束ねた女が一歩前に出た。

 黒スーツのまま、笑わない顔のまま。


「エルダ。金獅子、隊長。アタッカーだ」


 それだけ言った。

 金獅子の理由も説明も何もなかった。

 銀色の鎧を着た屈強な男が一拍遅れて立ち上がった。

 鎧が低く鳴った。胸に手を当てた。真剣な顔だった。


「……エドガーと申します。職業は勇者……ではなく、タンク。副隊長も務めております。よろしくお願いします」


 一拍遅れてから、深く頭を下げた。

 グレーのパーカーを着た男が立ったまま、滑らかに続けた。


「マルコです。参謀——まあ、頭を使う係ですね。なるほど、噂には聞いてましたぁ。つまり皆さんが」


 笑いながら言った。

 でも、目が笑っていなかった。


 暗い金髪の男が窓の外から視線を戻した。


「ヴァーツラフ。斥候だ。犬が懐いた」


 短く言って、また窓の外を見た。

 昨日、差し入れの焼き菓子を持ってきた女。

 花柄のワンピースを着た小柄な少女がエプロンの端を両手で持った。

 少し俯いて、それから顔を上げた。


「……ブリアです。料理担当、で」


 少し間があった。


「食べてください」


 にこりと笑った。笑うと別人のように柔らかくなる顔だった。


 舞が手を挙げた。


「水瀬舞です!踊り子やってます!よろしく!」

「止めろ」


 玲の声が食堂に響いた。

 舞は訝しむが、一応止まった。


「茶番は止せ」


 玲は、自らを金獅子と名乗った五人を見た。


「とにかく羊皮紙だ。異邦人なら持っているんだろうな」


 パーカーの男が笑顔のまま懐に手を入れた。


「そうですね。なるほど、では——」


 折り畳まれた羊皮紙を取り出した。

 マルコと名乗った男が、懐から羊皮紙を取り出した。

 折り畳まれた、一見すると普通の羊皮紙だった。

 だが、広げられた中身を見て、六人の息が止まった。

 くねくねとした線が並んでいた。

 文字のようで文字ではない。落書きのようで落書きでもない。


「ちゃんと、持っていますよ」


 と言った。

 口元は相変わらず滑らかに上がっている。


「でも」


 エドガーが一拍遅れて、真面目な声で続けた。


「……互いに読めないから、意味ないですよね」


 玲が羊皮紙を見た。

 くねくねした線を見た。


 ——何も起きなかった。


 脳髄を直接書き換えられるような、あの気持ちの悪い『自動翻訳』の感覚がない。

 ただのインクの染みだった。


 玲は顔を上げた。

 村田が羊皮紙を見ていた。

 眼鏡の奥の目が、微かに細くなった。

 舞が羊皮紙を見ていた。呆けたように口が少し開いていた。

 美咲が羊皮紙を見ていた。静かに、細く息を吸い込んだ。

 剛が羊皮紙を見ていた。大きな手が、テーブルの上でピタリと止まった。

 日向が羊皮紙を見ていた。俯いたまま、長い睫毛が揺れた。


 六人の視線が、空中で交わった。


 言葉はなかった。


 あの感覚が、ない。

 つまり、目の前の連中が差し出したものは、異邦人の『ステータス』などではない。

 適当な落書きを書いた、ただの紙切れだった。


 マルコが六人の硬直した顔を見回した。

 口元が上がったまま、目だけが氷のように冷たくなった。


「へぇ」


 エドガーが一拍遅れて、感心したように深く頷いた。


「……なるほど。そうだったんですか」


 ヴァーツラフが短く言った。


「勉強になる。犬も納得してる」


 隊長のエルダは黙っていた。

 微動だにせず、静かな圧だけを放っていた。

 ブリアが、場違いなほど優しく静かに笑った。


「あら。そうだったのね」


 互いの腹を探り合う、ほんの数秒の無言の攻防。

 玲の「お前たち異邦人なら持っているだろう」というカマかけに対し、彼らは偽物を提示した。


 そして、それが偽物だと一瞬で見抜いた六人の反応を見て、マルコたちは本当の意味で、笑った。


「でも、聞いてください。中身はただの紙ですが、装備は本物ですよ」


 マルコが事も無げに言った。

 六人が、改めて目の前の五人を、——『金獅子』を見た。


 玲が目を細めた。

 確かに、ただの服ではない。何かが決定的に違う。

 エドガーの鎧は遠目にはただの安っぽいコスプレに見える。

 だが、近くで見ると素材の繊維が明らかに異質だ。

 ヴァーツラフのアウトドアジャケットもおかしい。

 この世界では絶対にあり得ない、精密な縫製と防水加工の痕跡がある。


 舞も確認し、そして首を傾けた。

 コスプレイヤー組は今、彼女しかいない。

 そして服飾は、水瀬舞の得意とするところだ。


「本物っぽい……よね」

「確かに……ぽい……ですね」


 美咲が静かに言った。


「それに普通の服とは、何か違います」


 村田が神経質に眼鏡を押し上げた。


「そ、そうですかね。素材が……新しいだけでは。そ、そうですよ。ここは科学が発展してるんです! きっと、紡績工場なんかもあって」


 フィニス王国は正に中世。

 ヴァルシア王国の服は中世後半から近世。


 帝国はもやは近代。ならば、ありそうではある。


「…………」


 日向は黙って、観察していた。

 マルコのパーカーを、射抜くように見ていた。


「……?」


 グレーの胸元。その右側に、小さなロゴが刺繍されている。

 見たことがある。間違いなく、見たことがあった。


「あれ……」


 最初は、声にならなかった。

 日向は隣に立つ玲の袖を、震える指で静かに引いた。


「どうした」


 玲が異変に気付き、日向を見た。

 そして、日向の視線を追った。

 視線の先に会ったのはマルコの胸元だった。


「あの……ロゴ……」


 胸元には、何処かで見たマークがあった。

 玲の目が、一瞬止まった。


 美咲が静かに口を開いた。


「この世界のモノじゃ……ない……」


 マルコのパーカーを見たまま、事実を一つずつ置くように言った。


「そっか……マジッククローゼット」


 村田も、大石も、口を開けた。

 開いた口が塞がらなかった。


 舞が眉を寄せて呟く。


「つまりあれは、かつての異邦人の装備ってこと?」


 マルコが黙って聞いていた。口元は上がったままだ。

 日向がそのまま続ける。


「ブランドのロゴ、十年前……くらいに流行ったものよね」


 一拍置いた。


「どうして」


 食堂が、しんと静まり返った。

 朝の光だけが変わらず差し込んでいた。


 日向が、震える声で言った。


「そんな……」


 それ以外は、しばらく誰も言葉を発せなかった。


 現代の服を修復し、大真面目に着込んでいる。

 彼らの正体に、巨大な絶望感が這い上がってくる。

 玲が、ゆっくりと腕を組んだ。


「つまり……異邦人じゃないと。そうだと思った」

「俺も……な」


 剛が低い声で同意した。


「ま、まあ……そんなこともあるかも……?」


 村田が震える手で眼鏡を押し上げた。


 村田がこんな調子だった。

 栞がいれば、もっと早くに気付けただろう。


 皆、そう思った。

 そして、日向はこう思った。奏はもっと早く、気付いていたのかも、と。


「帝国にその技術があって、十二人も召喚できるほどの魔法体系があるなら——」

「大昔に呼ばれた異邦人がいるってことじゃん!」


 舞の場違いに明るい声が、食堂に反響した。


「でも、すっごい前でしょ。何年? 五百年とか? 原始人じゃん!」


 マルコが笑った。

 今度は目も確かに笑っていた。


「はは……原始人」


 エドガーが一拍遅れて、「原始人って」と繰り返した。

 困惑しているのか、それとも納得しているのか。


 全く分からない、本当に真面目な顔だった。


 すると、ヴァーツラフが笑う。


「鳥もそう言ってるよ。これは古い血だと」


 スーツの女はただ、異邦人を観察していた。

 その隣、ブリアが、クスクスと肩を揺らして笑った。


「原始人ですって」

「うーん。何百年を原始と呼ぶかは人それぞれですかね」


 マルコが楽しげに繰り返した。


「でもまあ、否定はしませんよ。面白い解釈です」


 エドガーも、真剣な顔で頷いた。


「マジッククローゼットがありますからね。確かに……そうですね。歴史的に見れば」

「俺たちの血の大元はそこだ」


 ヴァーツラフが言った。


 そして、漸く彼女がスッと動いた。


「話を聞いていないのか? 大した話じゃない。それだけの話だ」


 エルダが、初めて重い口を開く。

 そして、ハッキリと言った。


「我らが主ドミナスは、エレインの子だ」


 地を這うような、静かな圧を伴った声だった。


「流石に、分かるよね」


 ラトン系の薄黒い肌の男、マルコが頷いた。


 五人、全員が頷いた。


「地母神エレインの使徒、異邦人たちなら、ね」


 玲が眉をひそめた。

 村田が眼鏡を押し上げた。

 剛が、日向が俯いた。

 舞だけが、首を傾けた。


「え、どういうこと?」

「舞殿。つ、つまり……これはですね……」


 村田が動揺している中、美咲が静かに口を開いた。


「ドミナスは、エレインの子……。エレインが生み出した」


 一つずつ、パズルのピースを繋げる。

 帝国は召喚術に詳しい。それはフィニスの宰相バルドも言っていた。

 そして、王国と帝国で大きく違うのは、宗教だった。


「大昔、その時に呼ばれた異邦人が……このドミナス帝国を作った……?」


 食堂が再び静まり返った。

 朝の光だけが変わらず差し込んでいた。

 舞が、まだきょとんと首を傾けていた。


「……え、そういうこと?」


 エルダが、音もなく立ち上がった。


「と、いうわけだ。我らが子孫ども」


 黒スーツのまま、全く笑わない冷徹な顔のまま言った。


「由緒正しい私たちが、直々に遊んでやろうと言っているのだ」


 舞が、学校の授業のように元気に手を挙げた。


「遊びってぇ、結局、戦うんでしょ?」


 エルダは答えなかった。

 答えないことが肯定だった。


「古来より伝わる、異邦の誇り高き流儀だ」


 マルコが立った。滑らかな動きだった。


「一対一」


 エドガーが一拍遅れて、横に並び立った。


「……そうですね。それが決闘の作法です」


 ヴァーツラフが窓から視線を戻した。

 ブリアが静かにエプロンを畳み、花柄のワンピース姿になった。


 そしてエルダが、六人を見渡して宣告した。


「先鋒、次鋒、中堅、副将、大将——」

「隊長。向こうは六人で、こっちは五人。人数合いませんけど」


 マルコが笑顔で指摘した。

 エルダが、ピタリと口を閉じた。

 奇妙な沈黙が流れた。


「細かいことは良いんだよ」


 ヴァーツラフが、溜め息交じりに打ち切った。

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