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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

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第94話 懐かしい風景

 部屋の隅に、マジッククローゼットが置いてあった。

 昨夜、宿のスタッフに使い方を教わった。

 扉を開けると、自分の服が綺麗に畳まれて収まっていた。

 漆黒のパーカー。灰色のチノパン。


 疼く左手から放たれる魔力。

 昨日も相変わらず、左袖口は爆ぜたようにボロボロに焼け焦げていた。

 マジッククローゼットはその部位も綺麗に修復してくれる。


 村田はパーカーを手に取った。

 魔力痕が浮かぶ左腕を袖に通した。

 袖口から素肌が覗いた。紫と黒が混ざった痕が、朝の光の中で静かに脈打っている。

 これでいい、と村田は思った。これが僕だ。


 子供の頃から、魔法使いになりたかった。

 ファンタジーの本を読み漁り、呪文の体系を自分でノートに書き起こし、それをクラスメイトに笑われても捨てなかった。

 中学の頃は速水に見せた。あいつは笑わなかった。

「すげえな」と言って、真剣な顔でページをめくった。

 あの頃の話だ。


「僕たちは確実に進んでいる」


 昨日の戦闘の疲れより、興奮の方が勝っていた。

 シュテナを落とした。帝国の土を踏んだ。

 水瀬舞が言ってくれた——「雄くん、すごい」と。

 あの声が、まだ耳の奥に残っている。

 これが僕の場所だ。ようやく手に入れた場所だ。


「僕は間違いなく、夢に近づいている」


 だから、速水のことは考えない方がいい。

 あいつが言ったことは知っている。

 中学から知り合いだろ、ちゃんと召喚された、帝国のスパイじゃない——そう言っていた。

 でも、もし本当に召喚されたのなら、十二人全員が失敗したことになる。

 それは正義の無視だ。水瀬舞のためだけじゃない、みんなのためだ。

 だから、僕は間違っていない。


 間違っていない。


 でも、最近は眠れない。


 四人が攫われた。

 仲間たちは速水を頼った。

 逃げるだけのスキルを持つ男を。あの「逃げるが吉」を。


 僕に優しかった水瀬舞でさえ言った——駆ならやってくれる、と。


 その言葉が、どうしても頭から離れない。


 なぜ速水なんだ。


 帝国に乗り込んで、あの四人を取り戻すなら、僕の魔法の方がずっと確実だった。

 僕なら戦える。敵を薙ぎ払える。なのに誰も言わなかった。

 村田くんならやってくれる、とは。


 南で何か起きているらしい。帝国内部が混乱しているとか。

 でも、逃げることしかできないあいつに、そんな状況を切り抜けられるわけがない。

 中学の頃から、この左手は疼いていた。

 ずっと、ずっとだ。誰よりも早くから、この力と生きてきた。それなのに。


 村田は窓の外を見た。


 夜明けの光が、帝国の空をゆっくりと染めていく。きれいだと思った。そして、その美しさが少し腹立たしかった。


 僕はこの世界で輝かしい人生を送る。


 間違いなく。


 逃げるスキル。生きてるだろうとは思っていた。あいつは逃げることだけは得意だから。

 でも、なんだよ、あれ。

 異世界に召喚されて、カッコいい仲間を作って、可愛い女の子と肩を並べて、小さな村を解放して回って——立派に異世界を楽しんでいるじゃないか。

 誰も頼んでいない。僕たちの手が届かない場所を、あいつが勝手に動き回っているだけだ。それのどこが貢献なんだ。邪魔しかしていないじゃないか。

 それに、あの喋り方。

 なんだよ、あれ。もう飽きてんだろ、そういうの。中学の頃から変わってないのか。

 

 違う。

 

 僕は大魔法使いだ。ウィザードだ。子供の頃から夢見てきた、本物の魔法使いだ。


 異世界チートは——最初から、僕のものだったんだ。


 速水じゃない。僕だ。

 選ばれるべきだったのは、ずっと夢を持ち続けてきた僕の方だったんだ。


 それだけは、誰にも譲らない。

 だから眠れなくても構わない。

 夜が明けた。今日も進む。



 食堂に一番乗りのつもりで扉を開けた。

 他の客がいた。


 ……あれ。


 村田は入り口で少し止まった。

 高級宿屋名だけあって、広い食堂だった。

 天井が高く、窓から朝の光が差し込んでいる。

 清潔なテーブルクロスが掛けられた長いテーブルに、料理が並んでいる。

 スクランブルエッグ。焼いたパン。

 丸いオレンジ色の果物のジュース。湯気の立つスープ。


 どこかで見た並びだ、と村田は思った。


 どこで?


 コミケ近くのホテル、僕は夢を……


 考えかけて、やめた。


 奥のテーブルに人が座っていた。

 本か何かを広げて読んでいる男がいた。

 グレーのパーカーにジーンズ姿で、滑らかな黒髪を横に流している。

 よく見ると口元が微かに上がっている。

 笑っているのか考えているのか分からない顔だ。


 窓際には別の男がいた。

 ダークグリーンのアウトドアジャケットを着て、外を眺めている。

 いや、外の鳥を見ている。いや——鳥と何か話しているような気がする。気のせいか。

 壁際には、銀色の鎧を着た男が真剣な顔で座っていた。

 鎧でビュッフェ。コスプレの準備か何かだろうか。いや、朝から?

 スタッフだろうか、黒い女物のスーツを着た女性が窓の近くに立っていた。長身で、灰銀の髪を束ねている。笑わない顔をしている。


 そして。

 厨房の方から、料理を運んでくる女の子がいた。

 花柄のワンピース。赤みがかった茶髪。小柄で細い。


 あ、と村田は思った。

 昨日、広場に差し入れに来た子だ。可愛い子だった。確か宿の関係者だと言っていた。


 ……そういえば。


 駆の近くにいた、あの子に少し似ている。

 シオンとか言ったか。いや、それは関係ない。全然関係ない。


 村田は首を振った。


 僕はウィザードだ。中学の頃からずっと夢見ていた、魔法使いだ。

 左腕の魔力痕がその証拠だ。速水駆とは違う。逃げるだけの男とは、根本的に違う。


 トレーを取って、料理を選び始めた。

 スクランブルエッグをよそった。焼いたパンを取った。オレンジジュースを注いだ。


 ……。


 村田は手を止めた。

 トレーを見た。

 スクランブルエッグ。焼いたパン。オレンジジュース。


 ホテルの朝食だ。どこで見た? 見た。絶対に見た。家族旅行か、修学旅行か、どこかの——。


 卓の上に小さな紙が折り畳んで置いてあった。広げた。


 マジッククローゼットのご案内、と書いてあった。


 ご利用はフロントまで、と書いてあった。


 村田はゆっくりと顔を上げた。


 食堂を見渡した。

 朝の光。並んだ料理。新聞を読む男。鳥と話す男。鎧の男。黒スーツの女。花柄のワンピースの女の子。


 ……あれ。


 ここ、異世界だよな。


 ドミナス帝国。異邦人が作った国。だから——。


「おはようございます」


 花柄のワンピースの女の子


 ——ブリアが、村田の隣に立っていた。


 トレーに温かいスープを足してくれた。


「泊ってくださって、ありがとうございます! ぜひ、食べてください」


 にこりと笑った。笑うと別人のように柔らかくなる顔だった。

 村田は「あ、ありがとう」と言った。


 ビュッフェ形式でトレイに色々乗せた。

 そして、椅子を引いて座った。

 スープを一口飲んだ。


 暖かくて、色んな出汁が効いてて、美味しかった。


 ……やっぱり、前の世界?


 どこからが夢で、どこからが──


 パーカー姿の男が新聞を折った。


「また値上がりか」


 独り言のような声だった。目は笑っていない。


「職人ギルドの独占状態をどうにかしないとな。面白いですね、技術を囲い込むことで価値を維持しようとする構造は。合理的ではあるんですが」


 鎧姿の男がスープを一口飲んだ。一拍遅れて顔を上げた。


「……そうですね。ただ、あのクローゼットは確かに便利だ」

「便利どころじゃないですよ」


 男が続けた。


「入れるだけで綺麗になる。傷も消える。普通の職人には真似できない。異邦人のスキルですからね」


 勇者のコスプレ男が鎧の袖を撫でた。

 純粋に誇らしそうな顔だった。


「この勇者装備の金属疲労でさえ、直るんですから。初めて使った時は驚きました。……なるほど、では——」


 村田は黙って聞いていた。スクランブルエッグを口に運んだ。


 その時、食堂の扉が開いた。


 舞が入ってきた。続いて美咲。玲が後ろに続いた。

 剛が入ってきて、料理を見て、少し表情が和らいだ。


 ……良かった。ここはちゃんと異世界だ


 日向が最後に入ってきて、ブリアに「おはようございます」と言われて「おはようございます」と返した。


 全員がトレーを持って料理を選び始めた。

 奇妙な集団の会話は続いていた。


「初めて見た時にも思いましたよ」


 と知らない客が言った。


「向こうにはなかった。だから最初は驚いた」

「私もです」


 他の客が頷いた。


「この技術は帝国でしか見られないと思っていたので」

「……そうですね、確かに。異邦人が作った国ですから」

「異邦人が快適に過ごせるように、全部が設計されている。面白いですね」


 玲がトレーを持ったまま、固まった。

 剛の、トレイに料理を乗せる手が止まった。

 美咲が静かに口を閉じた。

 村田は新聞を読む男を見た。

 鎧の男を見た。窓際の男を見た。黒スーツの女を見た。


 舞がトレーを持ったまま、ぽつりと言った。


「ウチたちと同じこと言ってる」


 玲が低い声で言った。


「静かにしろ。ここは帝国だぞ」


「だって」と舞が続けた。


「速水を追い出したとき、帝国にも同じ技術があるって話が出たよね。マジッククローゼット。異邦人のスキルだって」

「それは、そうですが……」


 村田の声が小さくなった。

 食堂が静かだった。

 知らない客が新聞を置いた。

 口元が微かに上がっていた。


「だとしたら、味方だよ!」


 舞の声が食堂に響いた。


「み、味方と判明したわけでは——」


「雄くん」と舞が続けた。


「十二人も召喚できたんだよ? あの国が一人でできると思う?」

「そ、それは確かに」

「一緒に聞きに行こ!」


 舞がトレーを置いて立ち上がりかけた。

 玲が先に立ち上がっていた。

 ゆっくりと近づく。客たちは静かな動きだった。


 反応もなかった。


 そして村田は、舞と彼らのテーブルの間に、自然に立っていた。


 剛も気づいていた。


 ゆっくりと立ち上がって、玲の隣に並んだ。


 二人が壁になった。


 誰も喋らず、沈黙が一瞬流れた。


「どうされました?」


 背後から声がして、全員が振り返った。

 いつの間にか、彼らが立っていた。

 男がが笑っていない笑顔で首を傾けていた。


 もう一人の男が一拍遅れて「……何かお困りですか」と続けた。

 鳥を眺めていた男が窓から視線を戻し、「鳥が騒いでる」と短く呟いた。

 黒いスーツの女は何も言わなかった。

 ただ、彼女が立っているだけなのに、息が詰まるような静かな圧があった。


 ブリアがエプロンの端を握っていた。


 舞が明るく聞いた。


「もしかして、異邦人の方ですか?」


 男が目を細めた。口元が上がった。


「あれ? 実は私たちも気になっていたんです」


 もう一人が一拍遅れて頷いた。


「……その衣装」


 窓際の男が村田のパーカーを見た。


「見たことある服だ」と短く言った。


 女は何も言わない。ただ見ていた。


 ブリアが小さく笑った。笑うと別人のように柔らかくなる顔だった。


 場の空気が、奇妙な形で和んでいた。


 そんな中で。


「す、ステータスの羊皮紙……を」


 日向の声だった。俯いたまま、籠もった声だった。

 玲の瞳がギョロリと動き、日向を見た。

 全員が、一瞬止まった。

 それから、目の前の集団に向き直った。


「そうだ」


 低く、小さい声で、玲は知らない客に詰め寄った。


「ステータスの羊皮紙だ。お前たち、異邦人なら持っているんだろうな」

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