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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

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第93話 北の七人の勇者

 北の勇者の皆さん。

 サムライディメンションたち。

 ヴァルシア王国の東端。レムスは既に攻略し、山越えも果たした。

 エレイナス山脈は北端と南端が、山越えをしやすい。


 その登り切った先にあるが、帝国要塞シュテナだった。


「エレイナス山脈の東側。奏の言う通り、別世界だな」


 背骨と言われる山脈の向こうは、左右対称でもなんでもない。

 アルプス山脈が意地悪をして、片方だけにヨーロッパ平原を差し出したカタチをしていた。


「そういうことさ。 ボクが砦を山の上から見たのも間違いじゃなかったでしょう?」


 シュテナの陥落は、拍子抜けするほどあっけなかった。


 先ず森がかなり少ない。

 稜線に立てば、国境の砦の様子が分かる。


「僕の魔法も冴えてたでござるな」

「ああ。あの大魔法が突然砦に現れたのは、流石に卑怯と思ったがな」


 大石剛が盛大に笑った。

 だが、背後に控える女、美咲は1mmも笑っていない。


「卑怯なのは抵抗です。 エレイン教会にだって、何の連絡も寄越さない」

「その方が俺たち的には都合がいいだろう」

「何がですか」

「ウチたちは、十一人で戦ってるんだよ。 こっちに気を散らして、南を少しでも」


 とは言え、北の要塞都市は、あまりにも守りが薄すぎた。


 勇者が攻めてくるというのは、山を越えて伝わっていた筈だ。


「か……奏くんはどう思う?」

「そうだね。 急襲できたとはいえ、柔らかすぎかな」

「駆が捕まった……とかあるかもしれませんぞ」

「駆なら逃げるんじゃない?」


 帝国の主力は北ではなく南に集中していたのか。

 それとも単純にヴァルシア王国側の反攻を想定していなかったのか。


 堅牢に見えた石造りの門はたやすく開き、翻っていた帝国の旗はあっさりと地に落とされた。


 日向たちは、ほとんど無傷のまま市街へと足を踏み入れた。


「雄くん。駆と本当は友達だったんでしょ」

「とと、友達じゃないでござる。あんなパーカー、何処にでもあるで御座る」

「パーカーが何処にもねぇ。そりゃ、似たような服はリュテアでも見かけたけど」

「そもそも、僕が行ってたら、さっきみたいに。帝国人を……」

「村田君。治療の続き」

「か、かたじけないで御座る」


 広場には、武装解除された捕虜が数人、力なく座らされていた。

 日向は負傷した味方への治癒魔法をかけながら、彼らの口から漏れる絶望の声を聞いた。


「くそ……。主力が南にいるから、こっちからは来ねぇって思ってたのによぉ……」


 帝国兵の一人が、膝を抱えたまま虚ろな目で呟いていた。

 村田の声が大きくて、詳細には聞こえなかったけれど。


「南のエインハラまでやられて、なんで北のシュテナまで……」


 エインハラ?


 日向は、治癒の光を放つ手を止めかけて、なんとか動かし続けた。

 すぐ隣では奏が、リュートの弦を指で押さえたまま。

 その捕虜の声を、静かに聞いていた。


 彼の表情は穏やかだ。いつもと全く変わらない、優しげな顔だった。


 やがて、サムライ・ディメンションの七人が、広場の隅に集まった。


「ふぅ」


 奏が息を吐き、リュートを背中に回した。


「なにはともあれ、完全勝利に御座る。 北の要塞都市シュテナは無事に押さえたな」


 村田は、捲し立てたからか汗ばんでいて、喋り終わったからか額の汗を拭った。


「ああ。あっさりしすぎて怖いくらいだよな」

「これで、帝国への確かな足がかりが出来た」


 奏では対称的に、優雅に歩き続ける。

 そしてポツリと言った。


「ボクは一度、ルシア陛下に報告してくるよ」


 玲が、訝しげに眉をひそめた。


「なぜ、今だ。まだ制圧したばかりだぞ」

「でも、ここは帝国、敵地だよ」


 奏は笑った。

 穏やかな、いつもの完璧な笑顔だった。


「ちゃんとした兵站を確保してもらわないと、ボクたち飢え死にするよ。シュテナの箱を取ったのはいいけど、王国からの補給路が繋がらなければ意味がない」

「それは……そうだけど」


 村田が言い淀んだ。

 

「帝国は一枚岩じゃないし」

「何故分かる」

「これだけ大きな国だよ。南がどうとか話してたし。美咲ちゃんが言ってたことも気になるし」

「え……でも」

「ちゃんと聞いてくる。勿論、気付かれないようにね。 音はボクの味方だから。事務仕事は任せてよ」


 もっともらしかった。

 彼が口にしたのは、戦術的に全部本当のことだった。

 玲も村田も、誰も反論できなかった。

 奏は背中のリュートを軽く叩いて、踵を返した。


 日向は、遠ざかっていくその背中をじっと見ていた。


 ——また、あの人、女王ルシア様に会いに行くんだ。


 胸の奥が、ざわついた。

 何がざわついているのか、自分でもうまく言葉にできない。

 奏が嘘をついているわけじゃない。

 彼の言っていることは、部隊を生かすために全部正しい。


 でも。


 捕虜が『エインハラ』と言った瞬間の、奏の指先。

 リュートの弦を、一瞬だけ、音が鳴らないほど強く、白くなるほど強く押さえていたのを、日向は見てしまった。



 奏が去り、広場の隅には六人が残された。

 捕虜の帝国兵たちは、すでに王国の兵士たちによって別の場所に移送されている。

 シュテナの街は不気味なほど静かだった。

 重厚な石造りの建物が並び、乾いた風だけが通り抜けていく。


「エインハラ、か」と玲が、考え込むように言った。


 奏がいなくなった後も、捕虜の言葉は続いていて、皆も耳にもそれが入ってきた。

 地図を広げて、確認すると、それは帝国の遥か南の街の名だった。


「辺境伯領。帝国南部の要衝だ。あそこの闘技場が崩落した、ってことは」


 剛が腕を組む。


「駆しかいないじゃん」


 舞が言った。

 あっさりとした、日常会話のような口調だった。


「南に行ったの、ウチらの中で駆だけだし」

「あんなのに、そんなことできる訳ない」


 村田の声は、感情を押し殺したように平坦だった。


「逃げるだけだよ、あいつは。ただ逃げるだけのスキルで、石造りの巨大な砦を崩落させるって、一体どういう理屈だよ。魔法も使えない、戦う力もない、ただ逃げ回るだけの——」

「でもっ!……駆くんなら、やりかねないと思う」


 美咲が、静かに、だがはっきりと遮った。

 村田が苛立った顔を向けた。

 美咲は、その視線を一切逸らさなかった。


「根拠は……ないけど」


 ただ、それだけ言った。

 村田は何かを激しく言い返そうとして、奥歯を噛み締めて止めた。


「根拠はないな。 規模感がおかしいのは確かだ」


 玲が冷静に分析を続けた。


「逃げるが吉のスキルで、どうやって砦を物理的に崩落させる? 何か別の要素が絡んでいるはずだ。あいつ一人でやったんじゃないかもしれない」

「現地で、強い仲間を作ったとか?」


 と舞。


「あり得るじゃん。駆って、なんか気づいたら勝手に仲間が増えてるタイプっぽいし」

「そういう問題じゃ——」


 村田が再び声を荒げようとした。


「——なら、栞は」


 剛の声だった。

 全員が、弾かれたように剛を見た。


「栞は、無事に助かった……のか?」


 静まり返った広場に、冷たい風が通り抜けた。

 

 日向は、壁に寄りかかったまま、ずっと黙って聞いていた。

 南のエインハラが崩落したこと。

 あの駆がやったかもしれないこと。

 

 そういうことは、全部どうでも良かった。



 広場に、冷たい風が吹き抜けた。

 これからどうするか、と六人は黙り込んでいた。


 栞は無事か、という剛の絞り出すような言葉が、見えない重りとなってまだ空気に残っていた。


 そこにふと、微かな足音が響いた。


 小柄な女の子が、エプロン姿で広場に入ってきた。

 赤みがかった茶髪を緩く編んで前に垂らしている。

 淡い緑色の瞳。

 エプロンの下からは、この重々しい石造りの街には少し場違いな、花柄のワンピースの裾が微かに覗いていた。


「あの……」


 華奢な両腕で、四角い木の箱を大事そうに抱えている。

 武装した六人を見て、彼女は少しだけ足を止めた。

 それでも、読めない表情のまま、真っ直ぐにこちらへ近づいてきた。


「もしかして……」


 ひどく小さな、静かな声だった。


「勇者様、ですか」


 六人が、鋭く顔を見合わせた。


 ここは帝国だ。

 つい先ほどシュテナを落としたばかりだ。

 まごうことなき敵地の中枢への入り口である。

 誰かが罠を仕掛けている可能性は十分にあった。


「待て、貴様……」


 毒か、爆発物か。

 得体の知れない女の子が差し入れを持って突然現れるなど——。


「あ、あの」


 警戒する六人の前に、ブリアがすっと木の箱を差し出した。


「お口に合うか、分かりませんが」


 箱の中には、素朴な焼き菓子が並んでいた。

 蜂蜜とバターの、ふわりと温かい匂いがした。


 ぐぅぅぅ……


 極度の緊張状態にある彼らの胃袋を、無意識に刺激するような暴力的なまでの良い匂いだった。


「私、ブリアと言います。 その……おひとつ、如何ですか?」


 それでも、全員が黙ったまま、警戒の目を解かずにその箱を見た。

 ブリアと自らを名乗った女。

 彼女は淡い緑の瞳で六人の顔を静かに見回した。


 それから、そっと箱を引っ込めた。


「です……よね。……すみません」


 感情の読めない顔のまま、小さく言った。

 それから、広場の外れを指し示した。


「あの、その。……お泊りは、あちらに」


 指さした先には、立派な石造りの建物があった。

 それはとても大きい。

 窓枠には帝国の伝統的な彫刻が深く入っており、入り口には長旅の疲れを癒やすような温かい光が灯っている。


 どう見ても、街で一番の高級宿屋だった。

 玲が鋭く目を細めた。村田が神経質に眼鏡を押し上げた。


 その時、日向がブリアの着ているエプロンを見た。


「あ」


 日向は小さく声を上げた。

 ブリアのエプロンの胸元に、小さな刺繍が入っていたのだ。

 それは、先ほどの高級宿屋の看板に描かれていたものと同じ紋章だった。


「ほんとですね。こういうことがあるかも分からないけど。……もしかしてお店の、呼び込み」


 するとブリアは破顔した。

 美咲が納得したように頷いた。


「確かに、上の戦いは庶民には関係ありませんし。為政者が変わっても、商売は続きますよね」

「帝国も一枚岩ではないか」


 玲は、奏の言葉を思い出し、組んでいた腕を解いた。

 剛が、張り詰めていた肩の力をふっと抜いた。

 村田が小さく、安堵の息をついた。

 極度の緊張で張り詰めていた空気が、一瞬にして日常へと引き戻される。

 舞が、ブリアの抱える木の箱の焼き菓子をじっと見た。


「あ、えっと。ウチ、それ食べていい?」


 ブリアが、伏せていた顔を上げた。

 淡い緑の瞳が瞬き——にこりと、笑った。


 それは、先ほどまでの無表情な少女と同一人物とは思えないほど、別人のように柔らかく、心に染み入るような温かい笑顔だった。


「どうぞ。……食べてください」


 ブリアは焼き菓子の箱を再び差し出し、満面の笑みで言った。


「お泊りは、あちらに!」

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