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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

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第92話 黒瀬凜は帰らない。

 窓の桟から転がり込んだオレは、まず床に膝をついた。


 部屋はとても広かった。

 天井が高く、壁には布が張られ、燭台が柔らかい光を落としている。

 テーブルの上には本が一冊、開いたまま置かれていた。

 豪華な部屋だ、とオレは思った。牢なんかじゃない。


「え……?」


 見上げると、凛が立っていた。

 黒いゴシックロリータのドレス。

 漆黒の瞳。いきなり窓から飛び込んできたオレを見て、目を丸くしている。


「……速水、どうして」

「り、凛……さん」


 オレは立ち上がった。


 そして、ビックリする事実に気が付いた。


 オレ、黒瀬凜と話したことなくね?


「えっと……頼まれて」

「頼まれて?」


 乗り込んでいきなりだけど、入った経緯もさておきだけど。


 異世界のとある帝国で、オレはコミュ障を思いだした。


「攫われたって……聞いて」


 頭の中が真っ白になった。

 黒瀬凜、ゴスロリ衣装。


 そして、なんだか。


 可愛い。


 凛は一瞬、何かを言いかけて、止まった。


「え……私を助けに……」


 彼女の言葉も途切れる。


「えっと」


 オレが凜を最後にみたのは、追放された時だ。

 その前だって、黒焔と銀弦は微妙な距離感で。

 その前なんて、前の世界だし、赤の他人だ。


 それでも、何となく思った。


 この子は、とっても可愛い、と。


 それから、こんな顔だった……っけとか、考えた。

 こんな衣装だったかな、とも考えた。

 すると彼女が、また止まった。


「助けに来てくれて……正直、嬉しい」


 いや……違う。

 そうじゃない。


 オレは、黒瀬凜を知っている筈だ。


「だったら、早く」


 オレは言いかけた。

 ちゃんと知ってる。

 黒瀬凜と柊日向が、二人で眺めていたのを知っている。

 そもそも今回の依頼主は、彼女たちの——


「でも、私は帰らない」

「は? いや、だって」

「ここにいたい」


 オレは目を剥いた。

 そして、また思った。


「なんでだよ」


 オレは眉をひそめた。


 黒瀬凜。こんなだっけ……


「ここ帝国だぞ。敵地だぞ」

「ルカ……その」


 凛は、視線を逸らした。


「とにかく、帰らない」

「とにかくって何だよ」


 オレは頭を抱えた。


「栞も助けないといけないのに——」

「栞……?」


 凛の表情が、一瞬止まった。


 今の人の名前?ルカ……?

 男?女?


 でも、オレの直感が正しければ


「……ここにいて」

「え、ここにって」


 返事も待たず、凛は部屋を出て行ってしまった。


 オレは知らない部屋に、一人、取り残された。

 机の上に開いたままあった本を見る。

 自動翻訳のお陰で、小説の本だと分かる。


 テーブルを見る。過ごした形跡が分かる。

 燭台を見る。暖かな場所だと分かる。


 何より、壁にかけられた細身剣を見る。


「凜の武器があるじゃん。マジッククローゼットだってあるし」


 この部屋は甘い香りがする。

 変な意味では……変な意味だって良い。


「どういうことだよ。そもそも……帝国ってなんだよ。ただの、いや豪華なお洒落部屋じゃん……」


 ロココ調? いや、可愛らしい女の子の部屋だ。


 つまりここは、黒瀬凜の為に用意された部屋だ。


 事情を聞きたいけど、彼女はいない。

 彼女が、どこに行ったのか分からない。

 何をしに行ったのか分からない。


「黒瀬……凜に何かがあった……」


 それくらいは分かった。


 黒瀬凜にこんな一面があることも分かった。


 単にイケメンを眺めているだけの、推し活少女ではないと分かった。


 ガチャ……


 しばらくして、凛が戻ってきた。


 オレは、ずっと立ったままだった。


「エレイナス山脈の中央砦に……いるって」

「え……?」


 オレは目を剥いた。


「大変かも……って」

「ゴメン。全然、ついていけない」

「栞は多分……、ううん。絶対に逃げたいって思ってるって」

「そう……か。でも、凜は……」


 リボンがついた黒い髪が揺れる。


 彼女の顔は、……そう。


 岸本美咲のソレだった。


「え……帰らないってマ?」

「うん……。折角来てくれたのに……ゴメン」

「あ……れ」


 そこで、オレは重大な事実に気づいた。

 爆速で回転する、オレの脳が描いていたのは


「……ちょっと待てよ」


 凛を見つめた。


「オレ……さ、凛のすげぇスキルで、ここから脱出しようと思ってたんだけど」


 外にいる……いた仲間だって、絶対にそう思って送り出した。

 皇帝陛下の別邸に、たった一人、男が乗り込んだのだ。


「え……?」

「だからさ。 オレのスキルって、戦闘用じゃないんだって。 凛の『突き刺すが吉』で壁でも壊して、二人で——って」


 指をさし、壁に掛けられたレイピアを示した。

 でも、彼女は


「…………」


 少し困った顔になっただけ。


「二人なら、助かると思ってたんだけど」

「…………」


 そんな顔をされたら、オレだってさ。

 何も言えなくなるわけで


「不味い! 助かってない! 結局オレ、どうやって出るんだよ! あの小窓からまた——」


 凛が笑った。


「駆……、アンタって」


 彼女は、声を出して笑った。

 恋する乙女は、知らない顔で笑った。


「何も言わないんだねっ!」


 こらえようとして、こらえきれなかったみたいだ。

 肩が揺れて、ドレスのフリルが揺れて、漆黒の瞳に光が宿っていた。


 オレは困惑顔のまま突っ立っていた。


「何笑ってんだよ。オレは戦えないから、追放された。知ってるだろ」


 凛はひとしきり笑って、目元を指で拭った。

 それから、オレが入ってきたのとは別の、大きい窓の前に立った。


「凜……さん? 凜……様?あの……」


 そのまま、拳で大きなガラスを割った。


「はぁ?!」


 ガラスが砕ける音が部屋に響いた。

 夜風が一気に流れ込んでくる。


「きゃぁぁぁぁぁあ! 誰か来て! 野盗よ!」

「ちょ——」


 凛の声は廊下に向いていた。


「駆は、逃げるが吉でしょ」


 表情は恐怖で染まっている。完璧な演技だった。


「ここから逃げて」


 凛がオレを逃がすために騒ぎを起こしている。

 オレはただの野盗として処理され、凛は残る。


 ……らしい。


「狂ってんのか!」


 オレは割れた窓から飛び出した。

 砕けたガラスの向こうで、落ちる。

 いや、ただ落ちたんじゃない。


 凜が知っていたのか、それとも偶然か。

 オレの敵であろう兵士が動いた。


 だったら、逃げるが吉。

 加速、そして着地した。


「もっとマシな方法がっ! あるだろがぃ!」


 気分は最悪たったけど。

 オレはそのまま走った。


 すると背後、上から。


「ルカ様が危ない!」


 という声がした。

 迫真の、恐怖の表情が想像できる声だった。


「あっちに」


 その声が遠のいていく。

 ルカという男が屋敷の中にいる……


 そういえば、リーフも言ってたっけ。反対側に誰かいるって。


 そのまま、オレは敷居を飛び出した。



 オレは外に出ても、猛スピードで走っていた。

 誰かに見つかったかもしれないし、見つかっていないかもしれない。

 とにかく路地を曲がり、また曲がり、更に曲がる。


 オレが逃げる後ろ姿を見て、凛はどう思っただろうか。


 追放された男の背中が、と?


「いや……見てないか」


 黒瀬凜は明確に、帰還を拒んだのだ。


 七人の勇者の依頼を、彼女は断ったのだ。

 そして凛は凜らしく、自分の道を選んだ。


「これって、失敗? オレ、失敗した?」


 誰が正しくて、誰が間違っているのか。


 三人目の救出が、本当に正しかったのか、オレには分からない。


「んで、何処に行けばいいんだよ」


 抉るような感情が、胸から湧き出る。


 何故だか、逃げろと訴えている。


「呑まれてんじゃん、凜も。……オレも」


 余りにも、情報が錯綜していた。

 頭を抱えて、路地を曲がって。


 その次の路地の角を曲がった時だった。


 にゅっと太い腕が、オレの首に巻き付く。


「ちょ」

「俺だ!」


 帝国人、元軍人ヴォルフの声だった。

 

 そのまま引き摺られて、オレは真っ暗な場所に連れ込まれた。


 そこで漸く、心臓が鐘を鳴らすのを止めた。


 実は待機していた全員がそこにいた。


 どうやらオレは逃げきったらしい。


 でも、気持ち的には逃げきっていない。


「駆、凜はどうした」


 オレは息を整えながら言った。


「いないよ。……ってか、どうなってるんだ」

「どうなってるって」

「黒瀬は帰らないってよ。 帝国に、あっちにいたいって」


 息は直ぐに整った。


 若しくは、長い沈黙があった。


 相沢誠司が、九条蹴鞠が、何も言わなかったからだ。


「……ただ、栞の居場所は、分かった」


 動き始めたのは、もう一つの、もう一人の話が出てからだった。


 しかも、今度は分かりやすい。


「凜の話だと、栞は絶対に逃げたいと思ってる……らしいけど」


 僅かに囚われていた二人の顔が緩んだ。


 その顔で、二人の境遇が分かった気がした。


「駆……。俺は」

「そういうのはいい。 ヴォルフ。エレイナス山脈の中央砦って何処だ」


 するとヴォルフが黙った。

 一拍。二拍。


「エレイナス山脈、中央砦……化け物の一人、マリアの家の敷地だ」


 マリアを知らないけれど。

 分かりやすい。今度こそ、分かる。


「エレイナスの真ん中ってこと?」

「ああ」


 ヴォルフは低い声で言った。


「マクシミリアン家はエレイナス山脈に広大な土地を持ってる。中央砦はその中にある」


 ただ、誠司が腕を組んだ。


「待て……その凛の言葉は本当なのか?」


 蹴鞠も続いた。


「黒瀬凜と同じく、取り込まれているかもしれないものね」

「あぁ。俺と同じように。黒瀬も、豪華な部屋だったんだろう?」


 帝国はスキルを重用する。

 異邦人の殺害命令は出ていない。


「そうだよ。ただ豪華なだけじゃなくて、凜の為に用意された部屋だった」


 その先に、黒瀬凜の姿が重なる。


 三人が三人とも、豪華な部屋が用意されたのなら……


「そこも別荘なのでしょう? わたくしたちのように」


 だが、ヴォルフは眉を顰めた。


「ちげぇよ」


 全員がヴォルフを見た。


 そう、確かに。


「そこは帝国の監獄だ」


 静かな声だった。だから余計に重かった。


「エレイナス山脈の中央は、帝国でも指折りの過酷な環境だ。冬は雪で閉ざされる。夏でも気温が低い。しかもだ。補給路は一本しかない。逃げようとしても山が壁になる」


 監獄。

 であれば、


「ルカ……。ヴォルフ。ルカって誰だ?」


 すると、ヴォルフは黙った。


 暫くして、首を傾げた。


「……知らねぇな。まぁ、ありそうな名前だが」

「多分、だけど。ルカって奴の言葉なんだ。栞を助けろっての」


 オレの口から、栞を助けろという言葉が出た。


 同時に、耳の奥で再生された。


 ——アタシたちもトロール行為で、失敗しかけたんです


 オレを追放した時の、栞の言葉が

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