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勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

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第88話 救出と逃亡と、復讐

 ユリウスは、俺様な笑みを消し、驚愕に目を剥いていた。


「動いた……。どういうことだ。」

「あれはぁ。たぶん、異邦人ですよぉ」


 ヴァルラが静かに、愉悦を込めて言った。

 キセルの煙が、阿鼻叫喚の騒乱の中で細く美しく伸びていた。

 選帝侯の子たちの目が、闘技場の駆を必死に追っていた。

 見たこともない異常な動きだった。


 ユリウスの重力場の中を、物理法則を無視したあり得ない速度で動いている。

 誰も、そこから目を離すことができなかった。


 ヴァルラはキセルを一口吸った。

 紫煙が細く上に伸びた。


「異邦人だと? そんな馬鹿な」

「あぁ、怖いですぅ」


 ゆったりとした、しかし確かな冷酷さを孕んだ声だった。


「チッ」

「何かがとても煩いですぅ」


 銀髪、ユリウスの舌打ち。

 それでも、彼女は優雅に手を動かした。

 鷹揚に、巨人たちへ向けて。ヨトゥンが再び地響きを立てて、砂を踏んで歩き出す。

 ヴァルラは隣へ視線を流した。


「風変わりな服装ですがぁ、ユリウス、あの子を知ってるぅ?」


 ユリウスは腕を組んだまま、冷淡に首を振った。


「知らないと言っている。異邦人は十一人。どれも該当しない」



 蹴鞠には、跳ぶという感覚があった。

 ここではなく、かつての世界で生まれた時からあった。


 物心ついた頃には既に、自分の体が羽のように軽いことを知っていた。

 どれだけ重いドレスを纏っても、フリルが何重に重なっても、パニエが膨らんでも、それは蹴鞠の体にとって重さではなかった。

 むしろ、それが彼女を守る鎧となった。


 そして、異世界で覚醒した。


 鋼に近い防御と重量を持ちながら、羽のように跳べた。重さがそのまま攻撃力になった。


 これは、悪くないと思った。

 だから誰かに傅くなど、考えたことがなかった。

 その気持ちは、前の世界からあった。


 だが、ユリウスの前では、全てが逆になった。

 羽のように軽かった体が、鉛になった。

 ドレスの重量が純粋な重さとして圧し掛かった。

 フリルが、パニエが、ただの布になった。跳べなかった。

 この九条蹴鞠が、砂の上に手をついたのだ。


 相性が、酷く、極端に悪かった。

 いや、アレに勝るものなど、前の世界はおろか、この世界にもないと思っていた。


 今日も同じ。

 そのまま、大地にめり込んでいく……と思った。


 蹴鞠は顔をあげると、パーカーの男が、駆がいた。


 蹴鞠ははっきりと、目を奪われた。

 黒焔の剣の足手まといだ、と思っていた。

 トロール行為で、追放された男だ、と思っていた。


 彼が口にしたのは、彼のスキルの名前、追放される前に一度だけ言った。


 逃げるが吉。


 結局、戦えない。逃げるだけだ、と思っていた。


 その彼が目の前にいる。蹴鞠を隠すように立っている。


 駆が助けに……駆様が……わたくしを


 このわたくしが、嬉しがっている……?


 そんなわけ——。


 蹴鞠の耳に、カチッという音が聞こえた。


 小さな音だった。

 金属の歯車が噛み合うような、硬く乾いた音。

 それが、どこから聞こえてくるのか分からなかった。

 ヨトゥンが近づいてくる。

 三体。小山のような巨体が砂を踏むたびに、闘技場全体が激しく揺れた。


 蹴鞠は顔を顰めた。


「……帝国は化け物だらけですのよ」


 カチッ。


 また聞こえた。

 今度は足元から、大地の底から直接響いてくるような奇妙な感覚だった。


「それにユリウス。あの選帝侯の子、重力を……」


 カチッ。


 蹴鞠は不快げに眉を寄せた。

 頭の奥で、微かな耳鳴りが鳴り始めている。


「嫌ですわ。耳鳴りまでしてきて」


 隣で、駆がブツブツと何かを呟いていた。


「なるほど。『ひだりため、みぎにゅうりょく』。ここは『画面端』……ってことか」


 意味が分からなかった。

 全く、一文字も分からなかった。

 異常な重力に縛られ、死を運ぶ巨人が三体も迫り、謎の耳鳴りまでするこの絶望的な状況で、この男は一体——


「何を、理由のわからないことを言ってますの」


 蹴鞠は苛立ちを込めて言った。

 膝が鉛のように重い。見えない巨大な手に、頭上から力任せに押さえつけられているような感覚がずっと続いていた。


「ダメ元で頭を下げるんですわよ」


 駆が蹴鞠を見た。


「頭を?」

「負けを認めれば、審判が止めるかもしれません。その後どうなるかは分かりませんけれど」


 助かる保証はどこにもない。

 ただ、このまま無惨に巨人に踏み潰されるよりは、まだ生還の目があるかもしれない。

 それだけの話だった。


 カチッ。


 また、幻聴のような音がした。

 駆が、不自然なほど深く身を屈めた。


「そうですわ。あとは愚かな群衆の判断に身を——」

「蹴鞠」


 駆が、静かに遮った。


「オレが気を引く……。多分、重力の中心がズレるから、その隙に逃げろ」

「駆、アナタ。一体、何を——」



 ——その瞬間だった。


 大地が、抉れた。

 すり鉢状の砂が爆ぜた。駆の姿が、完全に視界から消えた。

 蹴鞠は、信じられないものを見るように目を剥いた。


 次の瞬間、ヨトゥンの一体が、真横に吹き飛んだ。


 岩のように硬く巨大な体が、莫大な砂を巻き上げながら

 まるでおもちゃのように客席に向かって一直線に飛んでいったのだ。


 会場の時間が、一瞬完全に静止した。


 それから、爆発した。


 歓声ではなかった。


 悲鳴。怒鳴り声。逃げ惑う無数の足音。

 賭けの台がなぎ倒され、椅子が蹴り飛ばされる。


 一万を超えた帝国の観客たちが、パニックを起こして一斉に出口に向かって雪崩を打って動き出した。



 蹴鞠は、不意に軽くなったことに気づいた。

 あの屈辱的な重力が、ない。


「……え?」


 駆の読み通りだった。

 ユリウスの驚愕と意識が駆に完全に集中し、重力の中心が彼を追ったのだ。

 その分、蹴鞠を縛っていた見えない枷が綺麗に解けていた。


 足が、あの呪縛から離れた。ちゃんと動いた。


 跳ねるが吉が息を吹き返した。


 その時だった。


「蹴鞠、無事か?!」


 知っている声がした。

 蹴鞠は即座に、振り返った。

 逃げ惑うパニックの人波の中に、見覚えのある顔があった。

 なぜ、彼がそこにいるのか。

 居るのは知っていた。ヴァルラに飼われていたからだ。


 でも、なぜ


 いや、この大混乱の中だからこそ、ここまで紛れ込めたのだ。

 清く守るが吉である、誠司が立っていた。

 力強く、手を差し伸べていた。


「逃げる専門家が、俺たちの為に来てくれた」


 蹴鞠は、差し出された手を見つめ、いつものように気高く微笑んだ。


 そう……ですか


 蹴鞠は視線を切った。

 隣に、人が立っていた。手を差し伸べてくれた誠司だった。


「その……ようですわね」


 蹴鞠は立ち上がりながら言った。砂を払った。背筋を伸ばした。


「誠司さん」


 背筋を伸ばして、息を軽く吐いた。


「何処へ行けばよろしいのでしょうか」



 重力コントロールって、チートだろ!


 駆は心の中で叫んだ。

 声に出す余裕がなかった。

 カチッ、カチッと溜めながら、重力の膜を突き破るように駆け続けた。

 上から押さえつけられる感覚が常にあった。

 だが溜めれば溜めるほど、その重力ごと弾き飛ばせた。


 すると、前方にヨトゥンが立っていた。


 でかい。前より、でかくないか?


「トロルって! でかくない?!」


 叫びながら突撃した。


 ドン。


 ヨトゥンが横に吹き飛んだ。

 とっても吹き飛んだ。

 客席の方に向かって飛んでいった。

 着地地点で、観客が悲鳴を上げて逃げ散った。


 オレはまた、着地した。砂を踏んだ。

 すると地面が、また鳴った。


 オレの足下に亀裂が走った。

 今度は白く凍った。

 そして割れて、新たな腕が突き出てきた。


「重力の次はこれ? ヨトゥンマスターってこと?! いやいや、神かっ! 北欧神話か! ってか、フレイヤコスプレイヤーかっ! いや、フレイヤか……」


 オレは頭を抱えながら、またカチッと溜めた。

 やはり、重力が追いかけてきた。


 んと。重力って、こういう感じなんだっけ。

 足が重い。でも、僅かだが後退りは出来る。

 後退りしてる気がする。視線は全く動いてないけど。


 あと、なんか黒い気がする。

 ここは、やっぱり画面端だ。 

 動けないっていうか、後退りしても、動かないって言うか。


 後退りモーションが出来るんだから、画面端で間違いない。


 カチカチカチカチカチ……


 そして、オレはまた前に踏み出した。


「じゃなくて! フレイヤはヴァン神族だろっ! 北欧の神がヨトゥンを使役って、チート過ぎるだろっ」


 巨塊にぶつかって、またソレが飛んだ。

 気付いたら、ヨトゥンが客席に突き刺さった。


 だからっ、こんなの無理っ!


 叫ぶ間もなかった。

 次々に北欧がやってくる。

 黒いのが、範囲攻撃的な何かが、オレに覆いかぶさる。


 また、画面端だ。


 溜めろって言ってる。


 だから、また突っ込んだ。


 また吹き飛ばした。また出てきた。また溜めた。また弾けた。


 エインハラ宮殿が、揺れていた。


 どこかの支柱に亀裂が入った。


 なんか、アルンを思いだす。あの時はリーフを抱えて、巨大な斧で……


「あ……。繋がった! ヨトゥン! 北欧! リーフ! ワルキュ……なんとか!」


 アーチが軋んだ。

 石造りの巨大建築が、ヨトゥンの着弾のたびに悲鳴を上げた。

 観客席の石段が崩れた。欄干が落ちた。


「だから、って何? そこの銀髪! オレに画面端をくれ! あれ、溜めやすいんだよっ!」


 そんな中、ファラオが立ち上がってるのが見えた。

 なんか、喚いてる。


「闘技場が壊される! やめろ! やめさせろ!」


 この巨大建築物は絶対に世界遺産で、めちゃくちゃに壊れてて……


 えっと、ええ? オレのせい


「あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ!」



 来賓席の中で、ロベールただ一人が立ち上がっていた。

 闘技場の砂の上に突然現れたパーカーの男を指差して、叫んでいた。


「あいつ……! あいつですよランルフ殿! 丁度いい、巨人どもよ! そのまま踏みつぶせ! 踏みつぶしてしまえ!」


 ランルフは横目でロベールを見た。

 それから、前を向いた。


「うるさい」

「いや、しかしですね、あの男は——」

「うるさいと言ったぞ」


 ロベールは口を開けたまま、だらしなく閉じた。

 ランルフは腕を組み、砂の上に立つパーカーの男を静かに見下ろしていた。

 その猛禽類のような目が、僅かに細くなる。


 どんどん、目が開いていく。


 見たこともない、バグが発生していく。


 豪快な男の顔が、遂には青褪めた。

 来賓席に向かって怒鳴った。選帝侯の子供だろうが、関係なかった。


「これ以上ヨトゥンを出すな! ヴァルラ! 聞こえているか!!」


 ヴァルラはキセルを口から離した。


「あらぁ」


 煙が細く伸びた。


「辺境伯がお怒りですねぇ」


 それでも、急いでいる様子がなかった。


 ユリウスは腕を組んだまま、駆を目で追っていた。

 重力を操っているはずの男が、珍しく眉を寄せていた。


「……情報にない動きだ」


 人が逃げていた。

 一万を超えた観客が、出口に向かって波のように動いていた。

 怒鳴り声と悲鳴が混ざり合っていた。

 旗が踏みにじられた。屋台が倒れた。石段を転げ落ちる音がした。


 支柱が、また軋んだ。

 アーチの一角が崩れた。千年の石が、砂になって落ちてきた。


 来賓席は既に空だった。ランルフはとうにファラオの椅子を離れ、前の来賓席に移動していた。



 ロベールは一人、取り残されていた。

 逃げる人波の中で、立っていた。


「これだ」


 呟いた。


「この力だ。俺の砦も壊されたんだ」


 砂の上を駆け続けるパーカーの男を見ていた。

 あの力があれば。あの力を使えば。帝国への手土産になる。

 女王への交渉材料になる。何にでもなる。


「誰かアイツを——」


 振り返った。

 ランルフの椅子が、空だった。


「ぬ?」


 周囲を見回した。

 人波は逃げていった。


 ここには、誰もいなかった。


 その時、背後から声がした。


「みーつーけーたー」


 可愛らしい、少女の声がした。

 無邪気そうな高い声だった。


 だから、ロベールは振り返った。


 やはり、小柄な少女が立っていた。

 華奢な体。一見すると、どこにでもいる娘だった。

 ただ、手に持っているものだけが、違った。


 大きな斧だった。


 少女の体と、全く釣り合っていなかった。


「誰だ。俺はガキに構ってる暇は——」


 少女の目の奥で、何かが切れた……音がした。


 ブチっ。


「お前なんか——」


 華奢な腕が、斧の腹を薙いだ。


「吹き飛んじゃえ!」


 圧倒的なパワー!おぶパワー!


 勢いに雷鳴さえも逃げ出すほど、ぶん回しだった。


 そして、ロベールの体は、空に向かって飛んでいった。

 悲鳴が、遠ざかっていった。


 しばらくして、リーフは斧を下ろした。


「……安心して。みね打ちだから」


 数秒、沈黙があった。

 隣に立っていたヴォルフが、飛んでいった方角を見たまま言った。


「いや……でっかい鈍器だろ」

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