表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が十二人ならクソスキルはバレない2〜異世界召喚帝国編〜  作者: 乙女座の一等星
第四章 神聖ドミナス帝国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/51

第87話 コロッセオの、砂の上に立つ男

 ランルフは背もたれに深く身を沈めていた。

 ファラオを思わせる出で立ちで、楕円形の闘技場を見下ろしていた。

 その隣に、ロベールが座っていた。

 愛想笑いを浮かべたまま、身代金の話を続けていた。


「いや、だからですね、身代金はいつでも貰えるんですよ」


 ロベール・ド・マルシェ。

 かつてはヴァルシア国王に膝を突き、今はドミナス皇帝に膝を突く。


「俺に即金で渡してくれれば、その分上乗せすりゃいいだけじゃないですか。帝国側だってそれくらい——」


 七人の選帝侯は、異邦人の扱いを保留にした。

 理由なんてちょっと調べれば分かる。

 だのに、この男は無心に勤しむ。


「うるさいぞ」


 ランルフは短く言った。

 ロベールは口を閉じた。


「そもそも、だ」


 ランルフは前を向いたまま、鬱陶しそうに腕を組んだ。

 その視線が、前列の来賓席に流れた。

 銀色の髪のユリウス。白い髪のユノ。

 帝国の作法通りに、整然と座っている。


 ランルフは鼻を鳴らした。

 聞こえるように、言った。


「帝国議会は踊るんだとよ」


 前列の肩が、僅かに動いた。


「舞踏会やら、晩餐会やら、くるくる、くるくると」


 ランルフは続けた。

 声のトーンは変わらない。

 ロベールに語るでもなく、独り言のような口調で。


「まぁ、それに比べりゃ。コロッセオはまだマシだがな。何より、民の笑顔を見よ」


 目の前の選帝侯の子らから声はない。

 ロベールも愛想笑いを貼り付けたまま、黙っていた。



 砂の上に、二体目が這い出てきた。

 また、ヨトゥンだった。


「あの女……」


 一体目は膝を砕かれながらも、ゆっくりと立ち上がった。

 蹴鞠の一撃を受けて、壊れた膝をついていたが、立っていた。

 そこに、無傷の二体目が加わったのだ。


 すると、また会場が沸いた。

 何度も、帝国の旗が揺れた。

 下賤な連中の、賭けの声が飛び交った。

 今来たばかりの観客が前に出て、前の席の者が立ち上がり、その後ろの人間も立ち上がる。

 人間の頭越しに見ようと、みんなが身を乗り出した。


「あの姉ちゃん、やるぞ」


 蹴鞠は砂の上で、二体を正面に見据えていた。

 見世物になろうとも、背筋を伸ばしていた。

 優雅に、団扇を構えていた。

 彼女は足元を、一瞬だけ見た。


 チッ


 このには、砂しかなかった。

 眉が、僅かに寄った。


 九条蹴鞠『跳ねるが吉』、レベル4


 跳躍攻撃時のみ威力75%アップ

 連続跳躍で威力が累積アップ

 足場が体重10%まで跳躍可能


 羊皮紙の文字はそこで、固定されたままだった。


 今までなら、体重10%の足場があった。

 更なる高みに登るための、踏み台があった。

 だがここには何もない。砂と、這い出てくる巨人だけだった。


 一体だけなら……。


 呟きは、声にならなかった。


 ズズズと地鳴りがする。


「……っ!」


 異変を感じて、大地を蹴って、距離をとる。


 捕らえられた日の記憶が脳裏に過る。


 大地が、瞬く間に分厚い氷の塊へと変貌する。

 氷床が、内部からの圧力によってメキメキと音を立てる。


 既に割られた大地だ。今回は時間が掛からなかった。

 地面から三体目の上半身が、突き出ていた。


 ヴァルシアでは在り得ない光景だ。

 帝国もそうだったらしい。会場が、総立ちになった。


「あらぁ」


 来賓席から、ヴァルラの声が降ってきた。

 キセルの甘い煙が、風に乗って流れてきた。


「勇者様は、その程度でしたのかしらぁ」


 蹴鞠の眉が、僅かに動いた。

 蹴鞠自身も気付いている。


「力を温存してるだけですわ」


 努めて、静かな声を出す。

 会場が、期待に胸を膨らませて、どよめいた。


「あらぁ、そうですのぉ。でも跳んだところで、空中では無防備になりますわねぇ」

「その隙を突かれないように跳ぶのが、わたくしですわ」

「ふぅん……。では、もう少し見せていただきましょうかぁ」

「えぇ、望むところですわ」


 ふんわりとした口調と、ですわ口調の応酬に、観客が笑い声を上げた。

 賭けの声がまた飛んだ。

 立ち上がった観客が拳を振り上げた。

 押し合いへし合い、隣の人間と怒鳴り合った。

 通路にまで、多くの人が溢れ出した。


 皆が湧く、ふんわり口調と、ですわ口調。


 ヴァルラは、心の底からふんわりと出す。

 蹴鞠は、努めて、演技をして、余裕に見せる。


 そこには、眩暈と吐き気をもよおすほどの、大きな差があった。


「もっと、もぉっと! 跳ねて、飛んでみせてくださいねぇ」


 跳ねる。ただそれだけ。

 蹴鞠は、己のスキルを、呪った。


 神話レベルの巨人を呼ぶスキル。それは一体、何ていう吉?


「逃げ……られない。 本気を見せて宜しいかしら、……栞さま」


 三体のヨトゥンが、じわりじわりと距離を詰めていた。



 ヴォルフは目を奪われていた。


 神話球の大巨人が三体も目の前に出現した。

 対して、華やかに着飾る異邦人が一人。

 どう見ても、スキルが違う。格が違う。


 ——圧倒的な差を、伝説の勇者なら覆せるのか。


 そこまでする価値が、あの異邦人にはあるのか。


 ヴォルフは考えて、隣を振り返った。


「なあ、駆。あいつら、どうする」


 腕が空振りした。

 そこから、返事がなかった。


「……かけ」

「ちょ、止めろよ」

「あ……、済まない」


 隣に居たのは知らない男だった。

 だが、つい先程までは、ここにいた。


 立ち上がった彼の肩を掴んで座らせた。


 とは言え、


 立たなければ見えないから、ヴォルフも立ち上がっていた。


「リーフ」


 リーフはいる。

 彼女は括った金の髪の束を横に振った。


 速水駆が、いなかった。

 忽然と、異邦人は姿を消していた。


 ヴォルフは、急いで周囲を見回した。

 立ち上がった観客が、波のように揺れていて、周囲が見えなかった。

 怒鳴り声と歓声が混ざり合って、あのシューズの音が聞こえない。


 普段は見つけるのが容易い筈の、速水駆だった。

 ヴァルシア王国では、比較的見つけやすい黒髪。

 だが、この辺りの住民は、ラトン系で黒系の髪。


 だから、隣にいた男を速水駆だと空目していた。


「チッ……」


 ヴォルフは舌打ちし、すぐに周囲へ視線を走らせた。

 通路。階段。出入口。グレーのパーカーがどこにもいない。


「あたしもさっきまで見てた……」


 リーフが立ち上がって首を伸ばした。

 総立ちの観客の波に阻まれながらも、目を細めた。


 そこでリーフの瞳が止まる


「……あっち」


 少女が指差す闘技場を見て、


 ヴォルフは大きく目を剥いた。



 それは真ん中にいた。

 砂の上、パーカーの男が立っていた。


 いつの間にか、そこにいた。

 総立ちの観客が波打つ中で、男が闘技場の砂の上に、ただ居た。

 グレーのパーカーに、チノパン。

 ただの男。何の変哲もない格好だった。

 一万の観客の目にも、こう映っていた。


 ——気付いたら、知らない人間が立っていた。


 会場が静止した。

 一瞬だけ、止まった。


 それから割れた。


 何事だという声、誰だという声。

 笑い声。怒声。賭けの声。全部が一度に溢れ出した。


 蹴鞠は目を剥いた。


 三体のヨトゥンが、新たな侵入者に視線を向けた。


「……駆?」


 蹴鞠は咄嗟に言った。


「何をしてますの」


 すると駆は、駆の瞳だけが、ゆっくりと蹴鞠に向けられた。


 この言葉は、あの日と全く、同じ。


 蹴鞠は、ギルドの掲示板の前で、同じ言葉を、同じ人間に言った。


 アナタは何をしてますの、と。


 あの時、彼は上手く答えられていなかった。

 だけど今日の彼は、今の彼は——


 明確な意味を持って、蹴鞠に告げた。


「オレは、オレの役目をしてる」


 速水駆は容易く言った。


「だって、オレは逃げるが吉だ」


 蹴鞠の瞳が、僅かに揺れた。


「蹴鞠、ここから逃げるぞ」


 会場が、また沸いた。

 逃げる、という言葉に笑い声が混じった。

 パーカーの男が逃げると言った。


 ——その瞬間だった。


 空気が、重くなった。

 膝に、下からではなく上から力がかかった。

 駆は思わず膝を折りかけた。

 ただ、彼はこらえた。でも、立っているだけで、精一杯だった。


「何だ、これ……」


 駆は顔を上げた。

 蹴鞠は唇を噛んでいた。

 膝が、僅かに折れていた。


「く……」


 蹴鞠は駆に、残酷な事実を告げた。


「無理よ。これがあるから逃げられない」


 来賓席から、銀色の髪の男が立ち上がっていた。

 この無慈悲で、理不尽なスキルの持ち主、ユリウスだ。


「あの男のスキルは、わたくしたちの遥か上……」


 ここではない、あっちは重力の蚊帳の外。


 髪を靡かせ、鷹揚に手を掲げて、侯爵嫡男は言った。


「何者かは知らないが」


 砂がまた沈んだ。


「ルールとは守るために存在する」



 誠司は、来賓席の端に座っていた。


 武道会に連れてこられたのは、今日が初めてではない。

 だが毎回、この場所が好きになれなかった。

 熱狂する一万の観客。吹き上がる歓声。賭けの怒号。

 その全てが、誰かの痛みの上に成り立っている。


 そして今日は、蹴鞠が出る。

 誠司はそれを、直前に聞かされた。

 ヴァルラが、甘い煙をくゆらせながら、何でもないことのように告げた。


「今日はね、あの貴族風のお嬢さんの番ですのよぉ」


 それだけだった。

 誠司は今、闘技場の砂の上を見下ろしていた。

 三体のヨトゥンが、じわりじわりと距離を詰めている。


 蹴鞠は動じていなかった。背筋を伸ばして、団扇を構えたまま、あの口調で何かをヴァルラと言い合っている。


 強い、とは思った。


 あの状況で、あの落ち着きは本物だ。


 だが、一体が二体になり、二体が三体になった。

 誠司の拳が、膝の上で固まった。


 やばい。冷静に見れば分かる。


 踏み台がない。あの技は、地面か壁かを踏まないと連続跳躍が続かないはずだ。

 砂の上では、加速が削がれる。三体は多すぎる。


 何かしなければ、と思った。

 だが何もできなかった。


 隣には武装した帝国兵が控えていた。

 誠司は奥歯を噛み締めた。


 その時だった。


 会場が、一瞬だけ静止した。


 静止したのは音だけではなかった。

 一万の人間が、同時に息を呑んだ。

 誠司も呑んだ。


 砂の上に、グレーのパーカーが立っていたのだ。


 ただ、誠司には見えていた。


 相沢誠司が知らない、速水駆の姿だった。


 彼はいつの間にかフェンスの上にいた。

 そして、そこから飛び降りた。

 ただ、それだけだった。


 すると、会場が割れた。

 怒声と笑い声と歓声が、全部一度に溢れ出した。


 ただ、今の誠司には、聞こえなかった。

 砂の上の男が、蹴鞠に向かって何かを言った。

 距離があって聞こえない。

 でも、蹴鞠の唇が動いた。


 駆、と。


 そして男が、また何かを言った。


 蹴鞠の瞳が、僅かに揺れた。

 あの九条蹴鞠の瞳が、揺れた。


 誠司は、気づいたら立ち上がっていた。


 隣の帝国兵が「お座りください」と言った。


 聞こえなかった。


 あいつは、追放されたはずだった。

 カルディナ山脈の向こうで死んでいるはずだった。

 それがなぜ、今、帝国のど真ん中で、一万の観客の前で、砂の上に立っている。


 しかも。


「蹴鞠、ここから逃げるぞ」


 フードの奥に見えた口は、間違いなくそう紡いでいた。


 会場に笑い声が混じった。

 観客が笑った。誠司は笑えなかった。


 あいつのスキルを、名前だけは知っていた。


 ——逃げるが吉。


 あの言葉は、嘘じゃない。

 あいつは本気だ。


 その瞬間、重力が増した。

 ユリウスが立ち上がっていた。


「あれが蹴鞠を追い詰めるグラビティコントロール……か」


 砂が沈んだ。


「アイツも化け物……か」


 誠司は、砂の上の男を見た。

 膝を折りかけながら、こらえていた。

 立っているだけで精一杯のはずだった。

 それでも、立っていた。


「美咲……」


 美咲はここにいない。

 分かっていたが、声に出ていた。


「俺は……」


 誠司が走り出した瞬間、グレーのパーカーの男は前方に飛び出した。


 清く守るが吉の男は、砂の上に現れた男に、自分の人生を賭けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ