第2話
あれはそう、二年前の春のことである。
***
――その時、少年の声を聞いたんだ。
「トおおおおお」
――必死で、切実で、体の底から湧き上がる苦しみに耐えるような悲痛な声を。
「トイいいいいい」
――俺は、どうしたらこの少年を守れるだろうか。
「トイレどこですか?」
「あ、はい。そこ右に行くと、食堂あるのでその近くあります。多分行けば分かると思います。」
「ごめん、心配だから案内して。」
「分かりました。」
どうやらこの少年は付属校からエスカレータ進学した自分とは違い、この春から学園に入学するようである。
付属校の生徒は同じ敷地内にある守矢市立桜ヶ丘学園の校舎にはたまに出入りする機会があるので、校舎の構造は大体把握できている。
「あれが食堂です。わかりにくいのですがあの奥の階段の近くにあります。」
しかし、生理現象とは難しいものである。特に初めての場所だと化粧室の位置を見つけるまでは怖い。膀胱は場所を選ばず。
「膀胱も場所の誤り。」
気が合うな。考えてることが結構近い。話も合いそうだ。ん、いやまてよ、このセリフが意味することは。
「ごめん、諦める。」
「ま、まて、早まるなあああああ。」
***
事の顛末はというと、結果的にはどうにかはなった。必死な説得及び懸命な励ましにより、無事、便器に辿り着くことができたのだ。それでも、あまり思い出したい記憶ではないことは確かだ。まあ、とにかく恒一を守れてよかった。
学年が上がるごとに教室のフロアは下がり、教室へ行きやすくなる。三年生の教室は2階である。わっはっは、我こそが三年生だ。階段が少なくていいぞぉ。
「そういえば、お前の大きな声を聞いたのはあれが最初で最後だったな。」
階段を上り終えて少し歩いたところで、恒一がニヤニヤしながらそんなことを言い出した。
なんか嫌な予感がするな……。
「こちょこちょでもしてやるか。」
予感は当たったようだ。
「やめろ、俺はスキンシップは好きじゃない。」
こちらに手を伸ばしてくる恒一に抵抗の意を示す。
「ま、まって、あ、あそこに何か聞きたいことがありそうな子が――」
「ウォホホ、ホホゥ☆。ヘウヘウ、ホホゥ☆。^2」
抵抗もむなしく、俺の真の姿がさらされてしまったようだ。そう、私、柊結人はこちょこちょに弱いのである。
「相変わらず独特な声出すなぁ。お前は。あと☆がきもいな、今後は減らすように努力しな。」
「そんな、殺生な。」
理不尽である。そんなことより、さっきの子はどうしたんだろう。あ、律儀に待っていたらしい。気を遣ってくれたんだろうか。いや、むしろ気を遣っていないような気もするが。
「あの、すみません。道を聞きたいのですが。」
目の前の銀髪の少女が、おずおずと声を出す。
あらゆる可能性を考え、女性用化粧室までの経路を脳内でシミュレート。最寄りの化粧室は女性用が男性用の奥。そしてその先は行き止まり。案内したら完全に不審者だ。これはまずいな。
「三年生の教室ってこちらであっていますか?」
「あってますよ。そこに見えるのが一組の教室で、その先に二組三組と続きます。」
杞憂だったようだ。あの日以来、どこにいても最短経路で化粧室に案内する準備は出来ている。
それにしてもどういうことだろうか。三年のフロアに用事があるのは基本的に三年だけだ。そもそも今日はオリエンテーションしかないし、普通に考えると今年度から三年生になる学生だ。
昨年度一つ上のフロアにいたはずの二年生が、三年生の教室の場所がわからないのは不自然であろう。一年生は別棟なので、わからないこともありうるが。
「やばっ。さっきの子めっちゃ可愛い。」
「ごめん、あの子知ってる?多分今年から三年生になる方だよね?俺見たことないんだけど。」
「いや、見たことないって。あんなにかわいい子を俺が見逃すはずがないだろう。」
なるほど。そうなるとさらに謎が深まる。転校生かな。
「あれ、でもどっかで見たことがあるような気もするなあ。でも少なくとも俺たちと同じ学年にはいなかった。」
しばらくして恒一がそう言った。ちょっと気にはなるが、今はとりあえず教室にいかないとな。
「あ、ごめん、自販機よっていい?」
「あ、うん。んじゃ俺もなんか買おう。」
自分も自販機によっていくことにする。何にしようかな。やっぱ眠いしコーヒーにしよう。
「お前、よくブラック飲めるな。」
「おいしいよ。今度恒一も飲んでみたら。」
「いや、この前飲んだんだけど無理だった。あとカフェイン取りすぎるなよ、お前。裏で「致死量」って呼ばれてるぞ。」
「え、なに、そのあだ名。こわ。」
せめてブラックとかカフェインとかじゃないのだろうか。いやブラックは自分にはかっこよすぎるか。
そんなこんなで教室に到着。するとそこには先ほどの少女の姿が。
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後書きを追加いたしました。(2026年4月25日)




