第14話
「あ、お風呂掃除ありがとね。パジャマ持ってこよっと。」
***
ピピピッ。ピピピッ。
お風呂の通話ボタンが押されたようだ。シャンプーでも忘れたのかな。
「はい。お電話代わりました。柊です。」
「はい。お電話しました。こちらも柊です。って、じゃなくて。ごめん、お兄ちゃん。シャンプー取ってきてくれない?リビングの端っこにあるやつ。」
「あ、あれかな。ちょっと待ってて。」
「たぶんぱっと見でわかると思う。ごめん持ってくの忘れてた。」
「見つけた。今から行く。」
お風呂場に向かう。洗面所に入る前に一応ノックする。
いないか。まあ、まだ中にいるよな。
「もってきたよー。どこにおけばいい?」
「あ、ありがとー。ごめん。扉の近くに置いておいてー。」
「了解。」
ふん。ふふーん。
中断していた鼻歌が再開する。今日はちょっとご機嫌なのかな。
***
リビングに置きっぱなしだった今日のオリエンテーションの配布物を手に取る。
「はあ。3年生か。」
何の成果も出せないままここまで来てしまった。なんというか無力感、喪失感があるな。
「はあ。」
ため息が多い。駄目だな。今日はちょっと疲れた。環境が変わると変な緊張がある。初めての人とのコミュニケーションやちょっとした変化で、思ったよりも疲労していたらしい。
「飛び級か。すごいな。」
朝に話した銀髪の少女、白石さんのことを思い出す。才能の差は残酷だ。
なんというか、漠然とした不安を覚える。強くなるために学園に入ったはずなのに、今のところ微々たる成長しかできていない。
「できることはやってきたんだけどな。」
ぺらぺら。プリントを一枚ずつ確認していく。オリエンテーション次第。災害時の対応についてのプリント。生活指導に関わる注意喚起。保健室案内。部活動の勧誘のチラシ。そして進路案内と進路実績が記載された冊子、年間スケジュールがのっているプリントを確認する。
「夏には三者面談か。」
プリントを片付け、荷物をまとめ、二階にある自分の部屋へ向かう。ネガティブになっても仕方ない。明日も学校あるし頑張らないと。
「はあ。」
そろそろ、真由がお風呂をあがる頃か。自分もパジャマの用意をしないとな。
***
お風呂を済ませて、自分の部屋に戻る。
「はあ。」
「ひどい。お兄ちゃん、わたしをみてため息ついたー。」
何故か部屋には先客がいた。てかなんでいんの。
「なんでいんのとはいわないけど、なんでいんの?」
「いってるじゃん!」
「んで、なんでいるの?」
「お兄ちゃん、前、部屋に自由に入っていいって言ったじゃん。」
「まあ、言ったけど。」
たまに遊びに来ることはあったけど、いや、たまにでもないな。割と頻繁に来るな。それでもこのタイミングで部屋に入っているのはさすがに不自然だ。
「わたしがお兄ちゃんと一緒にいたい、それだけで理由としては十分でしょ。」
「はあ。」
「あっ。またため息ついた。」
すると真由はこちらを向き直り、少し間を開けてから口を開いた。
「お兄ちゃん、ちょっとブルーでしょ。」
「なぜそう思う?」
図星だったが、一応理由を聞く。
「全体的にキレがないし、ため息ついてたし。」
「キレがないのはいつものことでは?」
「たしかに。」
「……。」
肯定されちゃった。私の心はブルーベリーよりも深い、ベリーブルーだ。……。
「まあ、とにかく、何となくわかったの。わたしがどれだけお兄ちゃんを観察してきたと思ってるの。」
「観察なのか。」
「今日、お墓参り行ってきたでしょ。それで自分は強くなれてないって落ち込んでたでしょ。三年生になって進路関係のことでちょっと不安になってるでしょ。」
「こわっ。どこでその情報を。」
完全に当たりすぎていて怖い。流石に怖い。
「盗聴器。あなたの心に盗聴器!」
「いや、それふつーにこえーわ。」
「まあさ。わたしお兄ちゃんみたいにはあんまりちゃんと考えられないから、わからないことも多いけど。でも、元気出してよ。な、なんていうのかな、お兄ちゃんにはいつも笑っていてほしいの。」
自分で言いながらちょっと照れてるな。最後のほうちょっと目が逸れてたし小声になってた。
でもありがとう。真由。
「落ち込む暇もないな。ありがとう、真由。ちょっと元気出たわ。」
「ふふ。よかったっ。」
「んじゃ。明日に向かって頑張りますか。もう予習始めちゃおう。んじゃまたね。真由。ありがと。」
机の上に魔法理論の本を広げる。この本には魔法と各侵食体に対する実践的な対処法が載っている。演習問題が豊富でいい本だ。魔法の能力は先天:後天=7:3ぐらいで決まると言われている。限界はあるかもしれないが、自分にもまだできることはある。頑張ろう。
じー。
筆記用具を取り出す。自分は問題演習ベースで勉強するタイプだ。勉強も演繹と帰納のバランスが大切だ。早速ノートを広げ、ペンを走らせる。
じー。
「お嬢様、いつまでいらっしゃるのですか?」
「ええと、一緒に先ほどのゲームの続きをしませんこと?」
「さっきの?」
「中途半端だったからさ。続きやりたい。無理にとは言わないけど。……。」
「いいよ。よしやろう。」
「やたっ!」
真由の顔に笑顔が浮かぶ。相手に笑顔でいてほしいのは俺も真由も同じだったというわけか。でも妹を心配させてしまうのはよくないな、兄としてもっとしっかりしないと。おかげさまで元気が出た。これからも頑張ろう。
でも、まずは目の前のゲームからだな。
階段を下りてリビングにあるテレビの前へ。真由は携帯電話の充電器を取りいった。今のうちにゲーム機を起動しておこう。
確かに中途半端なところで止まっていた。あれ、これ俺、数フレーム後に確定で落下するな。
***
遠ざかる足音。そこには1人だけが残される。
「お兄ちゃん、わたしはもう大丈夫だから。だから――」
主のいない部屋に、少女の声が静かに響いた。
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