EP.044
「…て。……おきて、お姉ちゃんおきて!」
「っぇ……ここ、」
「お姉ちゃん、起きてよー」
周りから聞こえる可愛らしい声達に重い瞼を開けると、城の中庭とは程遠い薄暗い殺風景の部屋にいた。
おそらく、どこかの倉庫などだろうか。
そして、可愛らしい声の主は、周りに座る手足を縛られた子供達だったようだ。
「あなたたちは…」
「わかんない。急にね、ここに連れてこられたの」
少し震えた声。服装や見た目から、孤児か、身寄りのない子供なのだろうか。
彼らに、売られてしまったのか。
締め付けられる思いに、ふと自分の手足に視線を落とすと、私にも同じく縄でしっかりと手足が縛られていた。
やるべきことは沢山あるが、まずはどうにかこの子達の縄だけでも解いてあげられないか…体を捩り、手を動かして何ができるのかを試そうとしたその時。
ギイ、と重い音をたてながら開かれた扉の先には、この風景には似合わない可愛らしい服装をしたサラ様が立っていた。
「サラ様…」
「逃げようとしても無駄ですよ」
「…なぜ?」
「船の上ですもの、ここ」
ニコっと笑ったサラ様が、私の前に歩いてくる。
その笑顔は、あの日見た笑顔とはまったくの別人のようで。
彼女は、まるで庭を歩いているような足取りで、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる。足元にいる子供達は、初めからまるで視界に入っていないかのようだった。
「はぁ…いやだわこんなところ、汚くて。ちょっと、近寄らないで!」
「も〜本当にはやく帰りたい!でも、私からロゼリア様に声をかけましたしね。一度は話さないとと思いまして」
「…先程も言いましたけど、私達、あの商会で会った以外に面識はありませんよね?なぜ、こんなことを?」
「ムカつくから…と言えばご納得いただけます?」
まるで不思議なものを見るようにクスクスと笑い出す。
「私、お父様に、レオナルド様と婚約するためにこの侯爵家に引き取られたんです。でも…周りは皆あなたがいたら無理だと言う。それでも、父のおかげでやっとあなたがいなくなったから、私がレオナルド様と結婚で来て、家にも恩返しできると思ってたのに…また戻ってきて!どうして邪魔ばかりするんですか!」
「そんなこと言われても…全て、私には知ったことじゃないわ」
「そうかもしれないですね。でも、父が言ってたんです。あなたが…あなた達一家がいなければ、私達一家はもっと裕福に、色んなことができると!だから私には…後は、あなたと、あなたの兄だけが邪魔なんです」
「私は…あなたにも、あなた達家族にも何もしてないわ。勝手にそんなことを言われても」
「ええ、そうですね。私が、勝手に嫌いなだけかもしれません。でも、父と母のためにもたくさん頑張って、レオナルド様とも結婚できるっていうときに私から奪っていくから…だったら、だったら、いなくなってもらうしかないですよね?」
スッと、胸の奥が冷たくなっていく感覚がした。
こんな身勝手な言いがかり、黙って聞いておけと言うのが難しかった。
「それだけのためにこんなことをしたの?──私の両親を殺したのも、そんなことのためだったの?」
「…"それだけ"?私にとってはそれだけなんてものじゃない!あなたにとっては、お金も、かっこいい婚約者も、最初からあったものかもしれないけれど。私には全て父が私に手を差し伸べてくれて、ようやく手に入れたものなの!」
「だから、私が頑張って、父の希望は叶えてあげたい。レオナルド様とも、結婚したいの」
信じ難い内容に、呆気に取られてばかりだった。
全部、彼らの、自分たちの願望のためだったのか。そのためなら、なんでもするというのか。
「…そう、そうだったのね」
「なに?何か言いたいことでもあるの?」
「いえ、何もないわ。私からはなにもない。…だから、残りの話は彼らにしてちょうだい!」
その瞬間。
外から激しい足音が響き、部屋の扉が破られ、一気に人が雪崩込んでくる。
「ロゼリア!」
「なにごと…えっ!?レオナルド様っ、ちょ、やだ、勝手に掴まないで!あんたたち誰なの!」
私の合図にレオン様と一緒に飛び込んできた騎士達が、サラ様を取り押さえる。
「…フラテリーニ侯爵令嬢。悪いけど、話は全て聞いていたし、君の…いや、君たち家族の悪事は、先程侯爵が全部吐いたよ」
「…え?お父様が?まってレオナルド様、私、悪事なんて」
「全部聞いてたって言ったの、聞こえなかった?あと、悪いけど君のことを好きだと思ったことは一度もない。馴れ馴れしく名前で呼ばないでもらえる?」
「それに──僕の一番大事な女性と…その家族を傷つけたんだ。傷つけたなんて言葉じゃ済まされないけど…せいぜい、牢の中で罪を償うことだな。連れて行け」
怒りの滲む声に、サラ様も事態を把握したようだった。
「あんたが騙したのね!私の邪魔ばかりして…!レオナルド様も騙されてます!私は何もしていない!」
「騙したのは君だろ?いいから、黙って行ってくれ」
「…」
騎士に連れられたあとも、サラ様はずっと何かを叫んでいたが、その声は次第に遠ざかっていった。




