第四十八章 全貌
猪飼は、多湖と松尾を、自室に呼んだ。
これまで、それぞれ別の角度から事件に関わってきた二人に、猪飼はここで初めて、これまでに解き明かしたすべてを、一つの物語として語ることにした。
「これから話すことは、証拠として提出できるものではありません」猪飼は前置きした。「ですが、少なくとも、俺たちが辿り着いた真実です」
猪飼は、テーブルの上に、これまで集めてきた資料を、時系列に沿って並べていった。
「事の起こりは、十五年前です。名も知られていない一人の人間が、個人的な恨みから、ある秘密を金で売った。それを見た誰かが真似をした。真似を見た、また別の誰かが真似をした。誰も設計していないのに、それが少しずつ制度になっていった。それが、このシステムの、本当の始まりでした」
多湖は、無言で頷いた。松尾は、手元のノートに、猪飼の言葉を書き留めていた。
「五年前、俺は、当時勤めていた企業の不正を追っていました。ですが、俺があの企業に目をつけたきっかけそのものが、実は、このシステムによって仕組まれたものでした。俺は、内部告発者だった葉山蓮さんと接触するよう、意図的に誘導されていたんです」
猪飼は、当時の記録の写しを、テーブルに置いた。
「葉山さんは、俺への情報提供と並行して、地下オークションにも、証拠を持ち込もうとしていました。その動きを危険視した何者か――企業側の意を受けた懸野将基が、香蓮さんを通じて葉山さんの居場所を突き止め、彼を消しました」
猪飼は、続けて、懸野の死について語った。
「今回、懸野将基が死んだ事件には、単一の犯人がいません。誰が死ぬかを決めたのは香蓮さん。彼女の動機には、懸野への正当な怒りと、五年前、自分が葉山さんを裏切ったことへの、消えない罪悪感が、分かちがたく混ざっていました」
「いつ死ぬかを決めたのは、稲本さん。政治的な均衡を保つための、いわば調整業務でした」
「証拠として使われた記録を組み上げたのは、眞弓茜さんという技術者です。彼女は、対象が誰で、その結果何が起きるのか、詳しくは知らされないまま、与えられた仕事を、機械的にこなしていました」
「そして――誰が疑われるかを仕込んだのは、被害者である懸野将基、本人でした。彼は、自分がいずれ消されることを予感し、生前から、進士柊真さんを巻き込むための証拠を、周到に用意していたんです」
猪飼は、話し終えると、深く息を吐いた。
「一人の悪人がいたわけじゃない。それぞれが、それぞれの理由を持って、一つの死に、部分的に関わっていた。誰か一人を裁けば済む話じゃないんです」
多湖は、しばらく沈黙していた。やがて、静かに口を開いた。
「猪飼さん。これを、どうするつもりですか」
「まだ、決めていません」猪飼は正直に答えた。「ただ、このシステムをこのまま放置することだけは、できないと思っています」
松尾が、ノートから顔を上げた。
「わたしは、ジャーナリストとして、これを世に出すべきだと思います。ただ――」
松尾は、言葉を選びながら続けた。
「これを公開すれば、無関係な人々の人生も、大きく揺さぶられることになります。それでも、公開すべきだと、猪飼さんは思いますか」
猪飼は、その問いに、すぐには答えられなかった。
これまでの調査の全貌を、一つの物語として語り終えた今、猪飼の中には、深い達成感と同時に、これから下さなければならない決断の重さが、ずしりとのしかかっていた。
真実を、世に出すべきか。
それとも、この闇を、そのまま闇に留めておくべきか。
その答えは、もはや、猪飼一人だけの問題ではなくなっていた。だが、最終的な決断を下すのが、猪飼自身であることも、また、動かしがたい事実だった。




