第四十五章 記録
最終開催は、これまでとはまったく異なる形で行われた。
会場の指定はなかった。代わりに、猪飼のもとには、一台の端末だけが届けられた。稲本からの短いメッセージが添えられていた。
これが、Lot 0です。あなたが、これまでの調査の中で辿り着いた場所――ご自宅で、一人、ご確認ください。
猪飼は、震える手で端末を起動した。
画面に現れたのは、膨大なデータベースだった。フォルダは、年代別に、そして人物別に、几帳面に整理されている。猪飼は、まず、これまでの調査で名前が挙がった人物たちのフォルダを、一つずつ開いていった。
懸野将基。進士柊真。葉山蓮。香蓮。稲本仁。眞弓茜。そして、十五年前の、名も残されていない「最初の売り手」に関する、断片的な記録。
猪飼は、これらの記録を読み込みながら、これまでの調査で得た理解が、次々と裏付けられていくのを感じた。だが、その作業の中で、猪飼はふと、検索欄に、自分自身の名前を打ち込んでみた。
――念のため、という程度の気持ちだった。
検索結果が表示された瞬間、猪飼は、息が止まるかと思った。
猪飼寛貴
一つのフォルダが、そこにあった。
猪飼は、震える指で、そのフォルダを開いた。
中には、猪飼自身に関する記録が、驚くほど詳細に保存されていた。五年前の記者時代の記録。その前の、大学時代の記録。そして――。
猪飼は、最も古い日付のファイルに、目を留めた。
日付は、猪飼が高校二年生だった頃のものだった。
猪飼は、震える手でそのファイルを開いた。そこには、当時の猪飼が通っていた高校の名前、所属していた新聞部での活動記録、当時書いた小さな学内新聞の記事の写し、そして――担当教師との、些細なやり取りの記録までもが、几帳面に記されていた。
猪飼は、しばらく、画面を見つめたまま、動けなくなった。
――なぜ、こんな時期からの記録が。
高校生の頃の猪飼は、ただの、少し正義感の強い新聞部員に過ぎなかった。地下オークションなど、その存在すら知らなかった。葉山蓮とも、まだ出会っていない。
それなのに、その頃から、誰かが猪飼を観察し、記録し続けていた。
猪飼は、フォルダの中身を、さらに遡って確認した。記録は、猪飼の大学時代の活動、就職、記者としての初期のキャリアへと、途切れることなく続いていた。まるで、猪飼という一人の人間の成長を、じっと見守り続けていたかのように。
そして、記録は、五年前の、葉山との出会いの時期で、ある種の「転換点」を迎えていた。それ以降の記録は、それまでとは明らかに密度が増していた。
猪飼は、震える手で端末を閉じた。
これまで猪飼は、自分が五年前、地下オークションの影響下に入ったのだと考えていた。だが、この記録が示しているのは、それよりもはるかに前――猪飼がまだ、ただの高校生だった頃から、自分がこのシステムの、何らかの視線の中に置かれていたという事実だった。
猪飼は、暗い部屋の中で、一人、長い沈黙に包まれた。
自分は、いったい、いつから、この物語の登場人物だったのか。
その問いに、猪飼は、まだ答えを出すことができなかった。ただ、これまで自分が「調査者」として、外側からこの事件を見てきたという前提そのものが、もはや成立しないことだけは、確かに理解していた。




