第四章 会場
扉の向こうに広がっていたのは、想像していたような薄暗い密室ではなかった。
天井の高いホールだった。照明は落とされているが、暗いというほどではない。壁際には、美術館のような間接照明が並び、その光が、床に敷かれた重厚な絨毯に反射している。中央には演壇のようなものがあり、その前に、間隔を空けてゆったりと配置された椅子が並んでいた。
猪飼は入り口で立ち止まり、室内をゆっくりと見渡した。
すでに二十人ほどの人間が集まっていた。誰もが一人で、あるいは二人一組で、口数少なく座っている。会話をしている者はほとんどいない。時折、囁くような声が聞こえるだけだ。
服装はまちまちだった。仕立ての良いスーツを着た初老の男。着物姿の老婦人。カジュアルな装いだが、身のこなしにどこか堅気ではない気配を漂わせる若い男。誰一人として、猪飼のような部外者に興味を示す様子はない。全員が、それぞれの思惑を胸に抱えたまま、静かに開始を待っている。そういう空気だった。
猪飼は椅子の一つに腰を下ろした。すぐ隣に座っていた恰幅の良い男が、ちらりとこちらを一瞥したが、それだけだった。値踏みするような一瞥。猪飼が新参者であることは、見た目だけでわかってしまうのだろう。
演壇の脇に、一人の男が立っていた。年齢は四十代半ばだろうか。仕立ての良いスーツに、高級そうな腕時計。表情はほとんど動かない。周囲の緊張した空気の中で、その男だけが、まるで日常の延長のような穏やかさを漂わせていた。
「初めての方は、少し緊張されますね」
低く抑えた声が、猪飼のすぐ横から聞こえた。桑原がいつの間にか隣に立っていた。
「あの人が、運営を?」
「稲本と申します。何かご不明な点があれば、後ほど彼にお尋ねください。今は――」
桑原の言葉は途中で止まった。ホールの照明が、さらにわずかに落ちたからだ。
会場の空気が変わった。囁き声が消え、誰もが姿勢を正す。猪飼は自分の心臓の音が、思いのほか速くなっていることに気づいた。
演壇の上に、一枚のスクリーンが浮かび上がった。
数字が一つ、映し出される。
Lot 1
猪飼は椅子の肘掛けを、無意識に強く握りしめていた。




