第四十章 地続き
稲本と別れたあと、猪飼は一人、夜の街を歩きながら、これまでの調査のすべてを、頭の中でもう一度、俯瞰しようと試みた。
十五年前、たった一人の人間の、個人的な恨みから始まった取引。それが模倣され、連鎖し、いつの間にか制度として自立したシステム。
誰も設計していない。それでも、確かに存在している。
猪飼は、その事実の不気味さを、改めて噛みしめていた。もしこれが、一人の悪人が作り上げたシステムだったなら、猪飼はきっと、単純な怒りをもって、それに立ち向かうことができただろう。だが、悪意なき模倣の連鎖という真相は、猪飼から、その単純な怒りの矛先を奪っていった。
誰を憎めばいいのか、猪飼にはもう、わからなくなっていた。
そして、稲本が最後に残した、あの意味深な一言。
十五年前の一件が、今回のLot 0と、無関係ではないかもしれない。
猪飼は、その言葉を、何度も頭の中で反芻した。
Lot 31――十五年前の未解決事件。Lot 0――懸野将基の死。この二つが、もし本当に繋がっているとすれば、そこにはどんな糸があるのか。
猪飼は、自室に戻り、これまで集めてきたすべての資料を、壁一面に貼り出した。五年前の葉山蓮の失踪。懸野将基の死。証拠の再構成。二つのオークション。N。そして、十五年前の起源。
猪飼は、それぞれの出来事を結ぶ、赤い糸を、一本ずつ、壁に張り巡らせていった。
作業を進めるうちに、猪飼はあることに気づいた。
自分がこれまで「別々の事件」として扱ってきたもの――五年前の葉山の一件と、今回の懸野の死――は、実は最初から、同じ一つのシステムの、異なる時期の断面に過ぎなかった。
そして、そのシステムの起源にあたる十五年前の出来事もまた、無関係な過去の話ではなく、今この瞬間まで続く、一つの長い連鎖の、最初の輪だったのかもしれない。
猪飼は、壁に貼られた相関図を見つめながら、静かな戦慄を覚えた。
――自分は、この連鎖の、いったいどの位置にいるのだろう。
五年前、猪飼は葉山と出会い、記事を書こうとし、そして情報源を失った。その経験が、猪飼をフリーの調査記者へと変え、そして今、地下オークションの真相を追う、この場所へと導いた。
もし、この一連の流れそのものが、あの十五年前の最初の一滴から始まった、大きな水の流れの一部だったとしたら。
猪飼は、自分がこれまで、部外者として、外側からこの事件を調査していると信じてきた。だが、その前提そのものが、根底から揺らぎ始めていた。
自分もまた、このシステムが生み出した、一つの結果に過ぎないのではないか。
その疑念は、この夜、猪飼の中で、これまでのどんな発見よりも深く、静かに根を張り始めていた。




