第三十八章 最初の出品物
進士の無実が事実上証明されたあとも、猪飼の中には、まだ解けていない謎が残っていた。
Lot 31――十五年前の未解決事件に関する証拠。
第一回のオークションで、あれほど会場をざわつかせた番号でありながら、猪飼はいまだに、その具体的な内容を知らないままだった。値段の法則にも当てはまらない、あの異様な反応の理由を、猪飼はどうしても突き止めたかった。
猪飼は、香蓮に尋ねてみた。
「Lot 31について、何か知っていますか」
香蓮は、これまでのどの質問に対する反応とも違う、遠い目をした。
「わたしがこの世界に入ったときには、すでに『特別な番号』として扱われていました。詳しい経緯を知る人は、もう、ほとんど残っていないはずです」
「誰か、知っている人はいませんか」
香蓮はしばらく考えたあと、一人の名前を挙げた。
「オークションの、最も古株の参加者の一人です。着物姿の、ご高齢の女性でした。第一回のあの夜、猪飼さんも、お見かけになっているはずです」
猪飼の記憶に、あの日ホールで見た、着物姿の老婦人の姿が蘇った。
香蓮の仲介で、猪飼はその女性――名は明かされなかったが――と、都内の静かな料亭で会うことができた。
女性は、猪飼の質問に、最初は曖昧な笑みで応じるだけだった。だが、猪飼が「Lot 31」という番号を口にした瞬間、その笑みが、初めてわずかに翳った。
「――懐かしい番号ですね」
「何が出品されていたんですか」
女性は、しばらく黙って茶をすすっていた。
「わたくしが最初にこのオークションに参加したのは、もう二十年近く前のことです。当時は、今のような大がかりなものではありませんでした。ごく少人数の、内輪の集まりのようなものでしたよ」
「その頃から、Lot 31は存在していたんですか」
「Lot 31、という番号そのものは、後から付けられたものです。ですが、その番号が示している出来事――十五年前のあの事件は、このシステムの、いわば始まりの出来事だったと、古くからいる者のあいだでは、そう言われています」
猪飼は、身を乗り出した。
「始まり、というのは」
女性は、静かに湯呑みを置いた。
「このオークションが、いつ、誰によって始まったのか。正確に知る者は、もう誰もいません。ただ――」
女性は、猪飼の目を、まっすぐに見た。
「十五年前のあの事件が、すべての、最初の一滴だったということだけは、確かなようです」
その言葉を最後に、女性はそれ以上、詳しくは語らなかった。ただ、席を立つ間際、こう付け加えた。
「猪飼さん。もし本当に知りたいのなら、稲本さんに聞いてみるといい。彼は、この場では珍しく、あの頃のことを、少しだけ知っている人間の一人ですから」
猪飼は、女性を見送りながら、頭の中で、これまでの調査を一つの流れとして繋ぎ直した。
Nが、複数の人間による、偶然の符合だったように。
このシステムの「起源」もまた、猪飼が想像していたような、明確な意志を持った創始者の物語ではないのかもしれない。
その予感を胸に、猪飼は次の機会、稲本に、十五年前の真相を尋ねる決意を固めた。




