第三十一章 パターンのずれ
猪飼は、再構成したNの落札履歴を、時系列に沿って一枚の表にまとめ直した。
過去数年分、断片的にしか集まらなかった記録だったが、並べてみると、いくつかの傾向が見えてきた。Nが落札する出品物には、大まかに三つの系統があった。
一つ目は、政治家や官僚に関する、権力構造そのものに関わる情報。二つ目は、企業間の内部抗争や、経営者の私生活に関する情報。三つ目は――比較的最近になって増えてきた、個人の技術的な記録、たとえばデータの生成経路や、匿名化された取引履歴に関する情報だった。
猪飼は最初、これらすべてが、一人の人物の一貫した関心の表れだと考えていた。だが、詳しく見ていくうちに、その考えに疑問を持ち始めた。
一つ目の系統――政治家や権力構造に関する落札は、いずれも、極めて冷静で、計算高い判断のもとに行われているように見えた。落札の直後、しばらく時間を置いてから、その情報が慎重に「活用」された形跡がある。
二つ目の系統――企業間の内部抗争に関する落札は、対照的に、感情的な色合いが強かった。落札のタイミングが、特定の人物への私怨を思わせるような、衝動的な動きに見えることが多かった。
三つ目の系統――技術的な記録に関する落札は、さらに毛色が違った。冷静でも感情的でもなく、むしろ、事務的で、機能的な目的のためだけに動いているような印象を受けた。
猪飼は、これら三つの系統を、それぞれ別の紙に書き出し、壁に並べて貼ってみた。
離れて眺めると、それぞれの「N」が、まるで違う人格を持っているように見えた。
――同一人物が、これほど極端に異なる行動パターンを、一貫して使い分けられるものだろうか。
猪飼の中に、これまで漠然と抱いていた違和感が、次第に明確な形を取り始めていた。
政治的な落札を行うN。私怨に基づいて動くN。事務的に技術的な記録だけを扱うN。
もし、これが一人の人間の行動だとすれば、あまりにも一貫性がない。だが、もし――。
猪飼は、その先の考えを、あえて言葉にしなかった。まだ確証と呼べるほどの材料が揃っていない。だが、頭の片隅では、すでに一つの仮説が、静かに形を成しつつあった。
翌日、猪飼は多湖に、まとめた表を見せた。
多湖はしばらく無言でそれを眺めたあと、静かに言った。
「これ、別人の可能性を疑っていますか」
「まだ、確信はありません。ただ――」
猪飼は、三つの系統をもう一度、指でなぞった。
「一人の人間が持つには、あまりにも矛盾した行動パターンです」
多湖は、猪飼の表情を見て、小さく頷いた。
「調べる価値は、ありそうですね」
その日から、猪飼は「N」という一つの符牒の裏に、複数の人間が隠れている可能性を、本格的に追い始めることになった。




