第二十八章 同じ指紋
多湖は、猪飼の依頼を受けて、事件の証拠として押収されたデータファイル一式を、改めてデジタル鑑識の専門家に見てもらうことにした。表向きの捜査ルートからは外れた、多湖個人のツテを使っての、非公式な依頼だった。
数日後、鑑識担当者から報告が届いた。
「ファイルのメタデータを見る限り、すべて同一の編集ソフトウェア、同一のバージョンで加工されています。それ自体は珍しいことではありませんが――生成時に残るタイムスタンプの誤差パターンが、非常に特徴的です」
「特徴的、というのは」
「通常、ファイルの生成時刻には、システムのクロックに基づいた誤差が生じます。ですが、この一連のファイルには、すべて共通して、同じ〇・三秒のずれが記録されています。これは、特定の環境――おそらく、同一の端末、あるいは同一の設定を施したシステム――で作られたことを示しています」
猪飼はその報告を、松尾から預かった、記事用に送られてきたデータファイルとも照合してもらった。
結果は同じだった。
進士柊真に関する、警察に流れた証拠のデータと、松尾のもとに届いた報道用の資料。表向きはまったく別のルートから届いたはずのこの二つが、同一の環境で作られていたことが、技術的に裏付けられた。
「これは、偶然では説明できません」多湖は言った。「同じ人間、あるいは同じチームが、両方を作っている」
猪飼は、この発見を胸に、再び香蓮に接触した。今回は、証拠となるデータそのものを見せることで、これ以上の否定を許さない構えだった。
香蓮は、猪飼が差し出した資料をしばらく見つめたあと、ようやく、重い口を開いた。
「――ここまで来られたのなら、もう隠しても意味がないのかもしれません」
「教えてください。誰が、これを作っているんですか」
「詳しい個人名は、わたしからは言えません。ただ、一つだけ、確かなことがあります」
香蓮は、猪飼をまっすぐに見た。
「表の情報も、裏の情報も、どちらも、同じ稲本さんのネットワークを通じて処理されています。表向きは別々の担当者が、別々の仕事をしているように見えますが――実際には、両方とも、稲本さんという一人の管理者に繋がっています」
猪飼は、その言葉を、静かに噛みしめた。
「つまり、稲本さんは、真実を売る市場と、嘘を売る市場、その両方を、自らの手で動かしている」
「そういうことに、なります」
「なぜ、そんなことを」
香蓮は、その問いには答えなかった。ただ、静かに首を振っただけだった。
猪飼の中で、これまで抱いていた稲本という人物への印象が、大きく塗り替えられていく感覚があった。単なる「上からの指示を受けているだけの管理者」ではない。稲本自身が、真実と嘘の両方を自在に操る、この歪んだシステムの、極めて重要な結節点だったのだ。




