第十九章 四つの買い物
その夜、猪飼は多湖を呼び出し、これまでに集まった情報のすべてを、一つのテーブルの上に並べ直した。
「整理させてください」猪飼はノートを開きながら言った。「懸野将基の死には、少なくとも四つの要素があります」
多湖は黙って耳を傾けた。
「一つ目――誰が死ぬか。これは、あらかじめ決められていた可能性があります。Lot 0が登録されたのは、懸野さんが亡くなる十日以上前です。つまり、対象は事前に特定されていた」
「二つ目は?」
「いつ死ぬか、というタイミングです。事件が起きたのは、政局的にも、企業的にも、微妙な時期でした。あの時期に懸野さんが亡くなったことで、いくつかの政治的な動きが止まったり、逆に動き出したりしているという噂を、複数の関係者から聞いています」
猪飼は、参加者たちの賭けの会話を思い出しながら、続けた。
「三つ目――誰が疑われるか。これは、もう明らかです。進士さんの過去の記録が、事件前から準備されていた。犯人として名指しされる人間が、あらかじめ選ばれていた」
「四つ目は」
「どんな証拠が残るか、です。指紋も、映像も、メールも、すべて本物だった。ただし、それらは事件とは無関係な過去の記録から、意図的に切り出されたものだった。この加工作業を担当した人間が、どこかにいるはずです」
多湖は、テーブルの上に並べられたノートを見つめながら、しばらく黙り込んでいた。
「つまり、あなたが言いたいのは――」
「一人の人間が、これら全部を計画したわけではないかもしれない、ということです」
猪飼は、頭の中でようやく形になった仮説を、言葉にした。
「誰が死ぬかを決めた人間。いつ死ぬかを決めた人間。誰が疑われるかを仕込んだ人間。そして、証拠を作り上げた人間。もしかしたら、それぞれが別々の思惑で、それぞれ別々のタイミングで、この事件の一部分だけを、オークションを通じて“買った”のかもしれない」
その言葉を口にした瞬間、猪飼自身、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
もしこの仮説が正しければ、懸野将基の死は、一人の犯人による計画的な犯罪ではない。
複数の、互いに繋がりのない人間たちが、それぞれ自分の欲しい部分だけを買い、その結果として、一つの完成された殺人が、まるでパズルのように組み上がった――ということになる。
「誰が主犯だったのか、という問い自体が、成立しないかもしれません」
猪飼の言葉に、多湖は長い沈黙のあと、ようやく口を開いた。
「もしそれが本当なら――わたしたちが追うべきものは、一人の犯人じゃない」
「ええ」
「もっと大きな、何かの仕組みそのものです」
二人は、しばらくのあいだ、言葉を交わさなかった。ただ、テーブルの上に並んだ四つの要素――誰が、いつ、誰が疑われ、どんな証拠が残るか――を、それぞれ無言で見つめていた。
この仮説が、まだ猪飼の中では確信に至っていないことを、猪飼自身、よくわかっていた。だが、この夜を境に、猪飼の追う対象は、明確に変わった。
一人の犯人ではなく、犯人を生み出すシステムそのものへと。




