第十八章 賭け
猪飼が再び会場を訪れたのは、Lot 0の存在を知ってから、一週間後のことだった。
桑原からの連絡は、招待状という形ではなく、一枚の短いメッセージだった。次回開催に先立ち、常連参加者向けの「事前説明会」が開かれるという。猪飼はまだ正式な会員ではなかったが、桑原の計らいで、末席に加わることを許された。
会場は前回とは別の場所だった。今度はもっと小規模な、会議室のような空間だった。集まっていたのは十人ほど。前回の大規模なオークションよりも、明らかに親密な、内輪の空気が漂っている。
猪飼は目立たない席に座り、周囲の会話に耳を澄ませた。
「――で、結局、誰が死ぬんだ」
その一言に、猪飼は思わず息を止めた。声の主は、恰幅の良い、初老の男だった。相手の男が、笑いながら答える。
「まだわからんさ。だが、前回のLot 0の登録内容を見る限り、対象はかなり公的な立場の人間らしい」
「懸野の件とは、また別なのか」
「もちろんだ。あれはもう終わった話だろう。次は次だ」
猪飼は、自分の耳を疑った。
彼らは、これから起きるかもしれない死について、まるで競馬の予想でも語るような口調で話していた。誰が死ぬのか。それがどんな立場の人間で、どんな騒動を引き起こすか。会話には、恐怖も、罪悪感も、微塵も感じられなかった。
「わたしは、政界関係者だと踏んでいる。前回の反応を見る限り、そっちの筋の人間が、かなり動いていたようだからな」
「賭け金は、いつ締め切りだ」
「次回開催の一週間前だ。今回は、規模が大きくなりそうだから、早めに動いておいたほうがいい」
猪飼は椅子の上で、拳を握りしめていた。
これは、単なる情報の売買ではなかった。
参加者たちは、これから起きる誰かの死そのものを、一種の娯楽として消費していた。誰が死ぬのか、どんな死に方をするのか、それによって何が起きるのか――そのすべてが、彼らにとっては賭け事の対象に過ぎない。
猪飼は、隣に座っていた桑原に、小声で尋ねた。
「これは、いつからこうなっているんですか」
桑原は、感情の読めない声で答えた。
「わたしが知る限り、ずっと前からです」
「あなたも、賭けに加わったことが?」
その問いに、桑原はわずかに視線を落とした。答えは返ってこなかった。その沈黙が、猪飼にとっては、どんな言葉よりも雄弁だった。
説明会が終わり、参加者たちが三々五々散っていく中、猪飼はしばらくその場に立ち尽くしていた。
これまで猪飼は、地下オークションを「情報を売買する場」として理解しようとしてきた。だが、この場で見たものは、それよりもはるかに歪んだ何かだった。
人間の生死そのものが、ここでは商品であり、同時に娯楽だった。
猪飼は会場を出ながら、頭の中で一つの言葉を、繰り返し噛みしめていた。
――このシステムを、止めなければならない。
だが、その決意がどれほどの重みを持つものなのか、この時点の猪飼は、まだ十分には理解していなかった。




