第十七章 断片
依頼は、いつも同じ形式で届く。
暗号化されたメッセージアプリに、一つのファイルと、短い指示文だけが送られてくる。差出人の名前は表示されない。眞弓茜は、それがいつも同じ相手からのものなのか、それとも複数の相手からのものなのか、正確には知らなかった。知ろうとしたこともなかった。
その夜の指示文は、いつもより少しだけ長かった。
対象:進士柊真
以下のデータベースから、対象に関する記録を可能な限り収集し、時系列を無視して再構成すること。テーマは「金銭トラブル」「私怨」「不審な行動」の三点に絞ること。
納期:三日以内。
眞弓は、ノートパソコンを開き、いつものように作業を始めた。防犯カメラの映像管理システム、金融機関の内部データベース、地方裁判所の記録アーカイブ、そして各種SNSや通話記録の断片――アクセス権限は、眞弓自身にもすべての出所がわかっているわけではなかった。稲本経由で提供される、専用の抜け道のようなものを使っているということだけは、なんとなく察している。
眞弓の仕事は、単純に言えば「編集」だった。素材そのものは、どこかから与えられる。それを、依頼された通りのテーマに沿って、時系列を無視して並べ直し、一つの筋書きに見えるように整える。
今回の対象、進士柊真については、驚くほど素材が豊富だった。過去の投資トラブル、離婚訴訟、業務上の接点、居酒屋での立ち話の断片的な録音データ――どこから集められたものか、眞弓は深く考えないようにしていた。
作業を進めながら、眞弓はふと、画面の隅に表示された対象の写真に目を留めた。四十代の男。疲れた表情。何の変哲もない、ごく普通の会社員という印象だった。
――この人が、何をしたんだろう。
その疑問が頭をよぎるたびに、眞弓は意識的にそれを打ち消した。
これが何に使われるか聞くな、と言われている。
それが、眞弓がこの仕事を始めたときに、稲本から最初に告げられたルールだった。理由も、目的も、聞いてはいけない。ただ、与えられた素材を、与えられたテーマに沿って組み上げること。それだけが眞弓の役割だった。
作業は深夜まで続いた。時系列をあえて崩し、感情的な文言を含むメールを目立つ位置に配置し、日常的な行動記録を「事件性のある行動」として読めるように順序を組み替える。技術的には、決して難しい作業ではなかった。ただ、素材の量が多い分、丁寧さが求められた。
三日目の朝、眞弓は完成したデータパッケージを、指定されたアドレスへ送信した。
納品完了。
短い返信が届いた。
確認しました。次の指示は追って連絡します。
それだけだった。眞弓は画面を閉じ、ノートパソコンをそのまま鞄にしまった。窓の外は、すでに白み始めている。
眞弓はベッドに倒れ込みながら、ぼんやりと考えた。
自分が組み上げたあの「筋書き」が、これから誰かの人生を、具体的にどう動かすことになるのか。
その答えを、眞弓はまだ知らない。知ろうとも思っていなかった。
数日後、懸野将基の死がニュースで報じられたとき、眞弓は最初、その名前に何の反応も示さなかった。自分が組み上げた「筋書き」の対象は、進士柊真という男だった。懸野将基という名前が、そこにどう関わっているのか、眞弓にはまだ、繋がっていなかった。
ただ、その日の夜、眞弓のもとに新しい指示が届いた。
次の作業に移ります。対象の情報は追って送付します。
いつもと変わらない、事務的な一文だった。眞弓はいつものように、それを何の疑問も持たずに受け取った。




