第十六章 切り出されたもの
翌週から、猪飼は多湖と手分けして、五つの証拠それぞれの「本当の出所」を、一つずつ確認していく作業に取りかかった。
まず、防犯カメラの映像。事件当夜、現場付近を通過していたとされる進士の車両の映像だ。猪飼は該当区域の映像管理会社に問い合わせ、映像そのものの生成経緯を確認した。映像自体は本物だった。だが、進士がその日、その時間帯にその道を通ったのは、単なる帰宅経路の一部に過ぎなかった。事件とは無関係な、日常の移動記録だったのだ。
次に、指紋。多湖の協力で、鑑識課の詳細な報告書を確認すると、ドアハンドルに付着していた進士の指紋は、三週間前――懸野の車を、業務上の話し合いで一時的に借りた際についたものだと判明した。二人のあいだには当時、まだ決定的な対立はなかった。ごく普通のビジネス上の接点に過ぎない。
三つ目、メールのやり取り。日付を精査すると、これは半年前、懸野と進士のあいだで起きた、事業投資を巡る意見の食い違いに関するものだった。感情的な文言はあったが、それは当時、双方が和解に至った案件の一部でしかなかった。
四つ目、目撃証言。猪飼は改めて、あの居酒屋の店員に話を聞きに行った。店員は今度ははっきりと、こう証言した。
「あの日、確かに怒っている人の声を聞きました。でも、それが進士さんだったかどうかは、正直わかりません。名前は誰も呼んでいなかったので」
五つ目、口座の動き。多湖が確認した会計士の証言通り、これは全く別件の投資トラブルに関するもので、懸野とは無関係だった。
一つ一つを突き合わせた結果、猪飼と多湖の見立ては、確信に近いものへと変わっていった。
――誰かが、進士柊真という人間の過去の記録を、時系列も文脈も無視して切り出し、事件発生後、絶妙なタイミングで一つの筋書きへと再構成した。
問題は、その「誰か」がどうやって、これほど多岐にわたる記録――映像管理会社のデータ、車の清掃記録、半年前の私的なメール、居酒屋での立ち話、別件の口座記録――に、これほどまでスムーズにアクセスできたのか、という点だった。
「これだけの情報を横断的に集めるのは、個人の手には余ります」多湖が言った。「よほど専門的な技術か、あるいは相応の権限を持つ人間が関わっているはずです」
猪飼はその言葉に頷きながら、頭の中で、これまでオークション会場で見た人々の顔を思い返していた。運営者らしき稲本。案内役の桑原。だが、それ以外にも、この場を支える誰かがいるはずだった。データを集め、加工し、それを一つの「商品」として仕立て上げる、技術的な役割を担う人間が。
猪飼はその夜、多湖に別れを告げたあと、一人で考え込んだ。
これほど多岐にわたる情報を、これほど手早く、正確に扱える人間。それは、政治や裏社会の人脈だけでは務まらない仕事だ。もっと若く、もっとシステムに精通した、猪飼がまだ会場で顔を合わせていない誰かが、この背後にいるのではないか。
その予感は、間もなく現実のものとなる。




