第十五章 出品された殺人
第十五章 Lot 0
猪飼は翌日、桑原に連絡を取る手段を探した。招待状のとき以来、直接の連絡先を知らされてはいなかったが、稲本が最後に言っていた「次回開催は招待状にて」という言葉を頼りに、以前受け取った封筒に記載されていた座標付近を再び訪ねてみることにした。
雑居ビルの前で待つこと二時間、猪飼が半ば諦めかけた頃、桑原が現れた。
「また会場に来られますか」
「今日は違います。稲本さんに、確認したいことがあります」
桑原は少し間を置いてから、猪飼をビルの中へ案内した。エレベーターで上がった先の応接スペースに、稲本がすでに待っていた。まるで猪飼が来ることを、あらかじめ知っていたかのような様子だった。
「何かご不明な点が?」
猪飼は単刀直入に切り出した。
「懸野将基さんが亡くなりました。ニュースはご存知ですよね」
稲本の表情は、わずかも動かなかった。
「存じております」
「あの夜、彼が落札した身辺調査記録について、教えていただけませんか」
「規約により、それは今もお答えできません」
「では、質問を変えます」猪飼は間を置かず続けた。「次回オークションの、出品予定リストを見せていただけますか」
稲本は初めて、猪飼の顔をまじまじと見つめた。表情の変化はほとんどなかったが、猪飼にはその視線の中に、わずかな警戒の色が見えた気がした。
「なぜ、それをお知りになりたいのですか」
「答えられないなら、それで結構です。ただ――」
猪飼は言葉を選びながら、続けた。
「もし、まだ起きていない事件が、事前に出品リストに登録されるようなことがあるとすれば、それは俺にとって、看過できないことです」
稲本はしばらく黙っていた。やがて、内ポケットから一枚のタブレット端末を取り出し、猪飼の前に差し出した。
「これは、次回開催の予告リストです。参加希望者にのみ、事前に一部が開示されます」
猪飼は画面に表示されたリストに目を走らせた。番号と、ごく短い概要が並んでいる。その中の、最上部に近い一項目で、猪飼の視線が止まった。
Lot 0――ある殺人事件の真相
猪飼は息を呑んだ。
「この番号は、いつ登録されたものですか」
「予告リストの更新日時は、システム上で記録されています」
稲本はタブレットを操作し、更新履歴を表示させた。
日付が表示された瞬間、猪飼の背筋が凍りついた。
Lot 0が予告リストに登録されたのは、懸野将基が死亡する、十日以上前のことだった。
「――これは」
猪飼の声がかすれた。
「懸野さんが亡くなったのは、この登録の後です」
稲本は、感情の読めない声で言った。
「猪飼さん。あなたが今知りたいのは、こういうことではありませんか」
「これは、すでに起きた殺人の証拠を売ろうとしているのか。それとも――」
稲本は、猪飼の言葉を先取りするように、静かに言った。
「殺人そのものが、最初から出品されていたのか」
猪飼は言葉を失った。目の前の男は、猪飼が抱いていた問いを、まるで自分自身の言葉のように口にした。それは肯定とも否定とも取れる、ひどく曖昧な返答だった。
「答えてください」
「わたしにも、そこまでは把握しかねます」稲本は静かに首を振った。「わたしは、上から届いたリストを、そのまま管理しているだけの人間ですので」
猪飼は、その言葉を、もはや額面通りに受け取ることはできなかった。だが、この場でこれ以上稲本を問い詰めたところで、答えが引き出せるとは思えなかった。
猪飼はタブレットの画面を、もう一度見つめた。
Lot 0――ある殺人事件の真相。
その番号は、懸野将基の死が、単なる個人的な怨恨や事故ではなく、この地下オークションというシステムの中で、あらかじめ組み込まれていた出来事であることを、静かに、しかし確実に示していた。




